第10話・コヨーテとの闘い。


「来たぞ」

 キクラどのが鋭い声を発した。

 洞窟の前の広場の向こうに、コヨーテの群れが並んでいる。その先頭に他のコヨーテより背がひとつ高い、大きな灰色のコヨーテがいる。


「あいつがハランザね」

 ミキタは思わずつばを飲み込んだ。

「奴も決着をつけるつもりだ。よし出よう」

 タケイル様は入り口を開けて外へ出た。手槍を手にして腰には短剣を差している。並んだコヨーテの群れはざっと三〇匹はいた。


「洞窟を背にして離れるな。キクラは右に、源五郎殿は左を頼む。その位置で闘うのだ」

 タケイル様が前に出て、キクラどの・甚五郎師で洞窟を背にして三角形の防御態勢を作った。


「私は?」

「三人の背を守ってくれ。三人の間を抜けて入り込む奴がいる筈だ、そいつを頼む。そうすることで、私達は背を気にせずに戦える。又、誰かやられたら交代してくれ」

「解った。背に入った奴は任せて」


 コヨーテの群れは、広がって私たちを囲むようにゆっくりと近付いて来る。どの顔も獲物を前にした興奮を現わしていて、獰猛な牙を剥きだしていた。


 半円状に囲んだコヨーテが、左右のキクラ様と源五郎師に同時に飛びかかって来たのが戦いの幕開けだった。


飛びかかってきたコヨーテは、二人の剣を空中で身を捻って躱した。

さすがに敏捷だ、そう簡単には倒せないとミキタは気持ちを引き締めた。


コヨーテはこちらの攻撃を確かめると、今度は一人に対して、二匹・三匹が同時に襲って来た。三匹で威嚇しておいて、その内の一匹が飛び込んでくる。それに剣を振って遮ると、その隙をついて即座に次が来て、さらに次ぎ次ぎと連続してくる。コヨーテは集団で獲物を襲う術に長けている。


 キクラ様と源五郎師はそれを見極めて、冷静に対応して一匹・一匹と倒している。その二人と先頭で手槍を使うタケイル様との間は充分に開いている。一匹がそこをすり抜け源五郎師を後ろから襲おうとした。


 私の出番だ!


「もっと来やがれ、人喰い野郎ー」

 コヨーテを始末して雄叫びが出る。 だがすぐに、ミキタは左右から入った二匹に攻撃を封じられた。どちらか一方に剣を振ると、もう一方にやられるのは確実だった。

「畜生!!」


野生の凶暴な動物との戦いは、人との稽古とは全く違う。何よりも俊敏な動きが勝敗を分ける。

このままでは皆の背中を守れない・・・と、焦り始めた。


「キャイン!」

 迫っていた一匹が悲鳴を上げて倒れた。背に短剣が刺さっている。タケイル様が振り向きざまに投げたのだ。


「よし、この野郎!」

 残りの一匹を倒す。一匹なら問題無いのだ。


「ミキタ。二剣を使え」

 短剣を投げたタケイル様が前を向いたまま言った。


「解ったわ」

 倒れたコヨーテからタケイル様の短剣を引き抜いて、両手に剣を持った。これで左右に対処出来るわ。


 タケイル様は、静かに手槍を持って立っている。

三匹・四匹のコヨーテの牽制にも全く反応しない。だが、飛びかかって来れば瞬時に切り倒すのだ。


 速い・・・。


 手槍の動きが見えない速さなのだ。元々手槍は剣に比べて穂先の速度が速いが、タケイル様のそれは一条の光が走っているようにしか見えない。


「あっつ!」

「やられたの?」

 源五郎師が声を出した。


「何、かすり傷だ。まだ闘える・・」

 剣を振いながら答えるが、足元がたちまち血で濡れる。かなり出血しているのだ。


「だめ。交代よ。血止めをして!」

 前に出て源五郎師と素早く交代する。洞窟の入り口には、あらかじめ手当用の布きれが置いてあった。


 血の匂いを嗅いだコヨーテは、一層激しく襲いかかってくる。二剣を持ち彼らと闘うコツを少し掴んだ、何とか防げる。足をやられた源五郎師も太股に手早く布を巻き付け止血して戦いに戻った。



 タケイルは、半眼のまま飛びかかってきた一匹・一匹を確実に倒していた。

 彼らの周囲には、多くのコヨーテが横たわっていた。残りは数匹だ。少し離れて戦いの様子を見ているハランザの気配を感じている。


そのハランザが、ゆっくりと近付いて来る。


あと三匹・・・二匹・・

あと一匹となった時、その一匹は叶わぬとみて逃げた。


 真っ直ぐ逃げるコヨーテは、こちらに向かってくるハランザと交差した。道を開けようとしたコヨーテは、跳びかかったハランザに喉を噛みつかれた。

 一瞬の事だった。


 断末魔の痙攣をする仲間を口に加えたまま、ハランザは光る目で俺を見た。


射貫くような鋭い目だった。


俺も半眼だった目を開けてハランザを見た。


 ハランザは仲間の死骸を咥えたまま一歩・二歩と進んで来て、仲間をそっと地面に降ろして少しの間それを見ていた。


それは、意外にも優しい眼差しだった。


 それを認めて、俺は内心驚いた。

その時脳裏にハランザの思念が飛び込んできた。


それは、懐かしい色を持った記憶だった。

・・人と仲良く遊んだ。

・・餌を貰った。

・・身を寄せて寝た。


それは、幼いハランザの思い出だった。

・・大人になった。

・・・・妻や子供との幸せな時間・・・・

だがある日を堺に全てが変わった。

・・・何が何だか解らないまま家族が殺された。

悲しみ・怒り・痛み・絶望・憎しみ・

それから憎悪のためだけに生きてきた・・・。


ハランザは元の凶暴な目に戻っていた。

「ワオオオオオー」

 ハランザが大きな声で叫んだ。


魂を振り絞るような悲しい憎悪の声だった。


「おおー」

 俺も叫んだ。


何故だか分からないが、心をつき動かされて叫んだ。


 ハランザは、大きく躍動すると一気に間を詰めて来た。


俺の頭を目がけて、高く跳ね上がって真っ直ぐに飛んで来た。

下段に垂らした手槍を、弧を描く様に振り上げた。手槍は空間を断ち切りハランザの精神をも断ち切った手応えがあった。


「ドサッ」

と、落ちたハランザは既に息絶えていた。



「ふぇー、終わったわい・・」

と、コヨーテの群れを倒した安堵で、源五郎どのが倒れ込んだ。


「キクラ、水だ。水を汲んで来て。ミキタは傷口を水で洗って」

 源五郎どのの怪我を確かめた。傷口をすぐに洗わなければならない。ミキタも手に傷を負っていたがそちらは軽い、自分で出来るだろう。


すぐに洞窟に駆け込んだキクラが、鍋を持って小川に走る。水場は近い。俺は剣で源五郎どのの着物を切り裂き、太股の付け根をきちんと縛り直して止血をした。


キクラが汲んできた水をたっぷりと掛けて傷口を洗うと、薬を塗った布を押しつけて、裂いた着物で巻き付けた。

ミキタは既にキクラが手当をしている。


「ともかく、村に戻ろう」

 充分な傷の治療をするには、村に戻らなければならない。持って来た荷物の中から、必要な最小限の物だけを持ちあとは放置した。

手頃な木を二本切ると、体を支えて歩く事が出来る杖を作った。こんな智恵は海の国にいるときに、ガランゲさんに教わったのだ。

枝になった部分を残して木を切って、両脇にその股の部分を当てて身体を支えて移動できるのだ。


「おお、これは便利じゃ。有り難し」

と喜ぶ源五郎どのを囲んでハンザ村に向けて街道を進む。


「キクラ、済まないがハンザ村まで走ってくれませんか。源五郎どのを運ぶ荷車と、コヨーテの始末を頼むのです。医師がおれば連れてきて下さい」


ここから、ハンザ村までは二里半だ。キクラの脚なら一時間で往復出来る。野生の動物に深く噛まれたのだ、菌が怖い。薬草で源五郎どのの手当てを一刻も早くしたいのだ。


「承知」

と短い返事を残したキクラが走り出して、あっという間に小さくなる。


「ふう、まだあれほどの力が残っているのか・・・」

 消えゆくキクラを見て、源五郎どのが力無く呟く。




ミキタは、ボス・コヨーテのハランザとタケイル様の戦いを思い出していた。

タケイル様に近付いて来たハランザは、突然魔物の様に跳躍したのだ。

しかし高く飛んだハランザは、タケイル様の振った手槍で跳ね飛ばされた。まだ手槍が届かない間があったのに・・・

ともかく、その一撃でハランザは即死していた。だが不思議な事にその体の何処にも傷は無く、ハランザは生前とは違った優しい顔をしていた。


「あのハランザを倒した技は、どのようなものですか?」

「あれは・・・。養父に教わった剣で、「逆風の剣」と言います。ハランザの精神を断ち切ったのです。私は修行の途中で未熟なのですが」


「あれで、未熟ですか・・・」

 源五郎師がまた呟く。

「はい、まだまだなのです」

「・・・・・」

「・・・・」

 三人はそれぞれの考えに落ちて、しばらく無言で歩いた。


「やはり、女の身で剣術をするのは、難しいのでしょうか・・」

 タケイル様との途方も無い力の差を考えて、つい諦めたように呟いた。


「そんな事は無いですよ」

 と、即座にタケイル様が答えて下さった。

「えっ?」

 思わぬ答えにタケイル様をまじまじと見つめた。


「私の育ってきた海の国では、剣術が盛んなのです。ものごころ付く頃から、廻りには強い女剣士がいました。彼女らの師もまた女性でした。私の友人の妹も小柄なのに負けん気が強く、かなり強い剣士です。剣術に男女の差は無いと思います」


 途端に気持ちがぱっと明るくなった。

「本当なのですか。女でも剣士になれるのですね。その妹さんの年って幾つですか?」


「今年十九才で名前はソラと言います」

「十九なら私と変わらない。ソラさんか・・・・、いつかお会いしたいわ」

 それからタケイル様は、問い掛けると海の国の事を色々と話して下さった。


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