第8話・夜の攻防。
彼らはコヨーテの棲む洞窟から、半里ほど西になるハンザ村側の洞窟にいた。
ここに到着してすぐに、入り口に太い枝で囲いをしてコヨーテが侵入しないようにした。
水はすぐ近くを小川が流れているが、その水を汲むのにも危険が伴う。
そこで汲み置きできるだけ汲んできて鍋に入れた。薪も沢山集めて来て準備が終わったのは、暗くなる前の午後四時頃の事だった。
「奴らは森の一番奥の「修験者の洞窟」と呼ばれる洞窟を棲家としているだ」
と、ハンザ村の猟師ロルカは憎々しげに言った。
コヨーテが集団で行動するようになってから、ロルカは猟に出る事が出来ずにいたのだ。
「前から森にはコヨーテが何匹かはおっただ。だが、人間を見れば逃げるだけで害はなかった。それが、どこからか集団がやって来てから変わっただ。頭は一回り大きな灰色のコヨーテで、ハランザ(人喰い悪魔の意味)とおらたちは呼んでいる。あいつには、狼の血が入っているのに違いない。ずる賢く残虐な奴だよ。気に入らない奴は仲間でもかみ殺す。おらの猟師仲間のレンザも奴に喰われただ。おらの目の前でだ・」
「奴らは、何匹くらいいるの?」
もっぱら尋ねるのはミキタだ。
ハンザ村もミキタの父・ムランの支配する村なのだ。
「分からねえだ。二十匹以上群れていたのを見た事はあるだが・・」
ハンザ村は奴らの棲家に近いだけあって、マロン村以上に厳重な構えをしていた。村の周囲は勿論、畑の一部まで柵を巡らせて、安心して耕作出来るようにしている。
「私達の拠点は、何処がいいと思う?」
「手前の洞窟がいいだ。森に入ったすぐの所だ。前は広い平らな場所で水場も道も近い。逃げるにもこの村に近い。それに岩の上に上がれば、安全で見晴らしも良い。上に登るのに必要な綱を持っていって下せえ」
「分かったわ。そこにする。三日たっても、戻らなければ見に来て」
「んだ。くれぐれも気をつけて下せえよ・・」
ロルカも大勢の村人も、期待している様な心配そうな表情で俺たちを見送ってくれた。
「奴らは夜行性だ。夜に襲って来るかな」
源五郎は誰とはなく問うた。
「恐らくは、・・・我らはどうします?」
キクラがタケイルに尋ねた。
「うん、夜ではこちらが不利です。それに逃げられます」
「一匹も逃がさず壊滅しなければ、なりませぬな」
「はい」
「ならば夜は相手をせずに、明るくなるのを待ちましょう」
源五郎は得心した顔で言った。
「もし夜に襲ってきたら、反撃しないの?」
負けん気の強いミキタが言う。
「もちろん反撃はします。外には出ずに、柵の間から剣や手槍で」
「弓は?」
「弓は・止めましょう。飛び道具は最後の手段です。もし弓を使ってしまって、奴らが警戒して近付いて来なければ、倒すのが難しくなります」
キクラがそう言ってミキタを諭した。
「分かった。弓は最後にするわ」
「奴らは、我々に気付いていますよね?」
キクラがタケイルに問うた。
キクラはタケイルが気配を察知できる能力を持っている事を知っていた。
「はい。最初から見張っています。今も離れて見ている。六匹です。そこにたぶんボスも居ます」
「分かるのですか、奴らが居るのが?」
と、ミキタは目を見張った。
「うん、気配を感じるのです。ボスは一際大きな気配を放っています」
「なるほど・・、儂などが到底叶わぬ訳だ」
タケイルの言葉を聞いて、源五郎が呟いた。
「オオオオー」
その夜、洞窟の中で焚き火を囲む彼らを、突如身近で沸き起こった遠吠えが襲った。
彼らのいる洞窟を取り囲んだコヨーテの群れが、一斉にあげた声だ。
それは、血も凍る様な恐怖を感じさせて、ミキタらの顔を強ばらせるのには十分だった。
「来るか・・」
源五郎が剣を引き寄せて呟いた。
だが、しばらくは何事も無かった。
しかし一時の緊張が緩んだ頃、奴らはいきなり来た。
「ガルルー」
と言う唸り声がすぐ傍でしたかと思うと、左右から入り口を囲った柵を引き剥がそうとした。
「柵を持って行かれるぞー」
「追い払え!」
柵越しに剣を突き出し応戦した。
それで一旦離れたコヨーテは、再び寄ると今度は地面に埋めた柵の根元を掘り起こし始めた。
「棒だ! 長い棒で突け!」
用意していた棒を、狙いを定めて突き出す。コヨーテは、ぱっと下がって避ける。敏捷な動きだ。
一旦下がりしばらく間をおいて、再び襲って来る。その動きは朝まで続き、四人は朝までろくに眠る事が出来なかった。
「奴ら、心理戦まで使うのね・・」
げっそりとしたミキタが呟いた。
入り口の柵は、根元も掘られてかなり緩んでいた。もう一・二回の攻撃があれば外れそうな状態だった。
「とにかく腹ごしらえをしよう」
洞窟の外に、コヨーテの姿は無い。四人は、ゆるゆると朝餉の支度を始めた。
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