第7話・村長ムランの想い。


「タケイル殿の武芸の師範はどなたかな?」

 夕餉の席で村長ムランが聞いてきた。


その場にいるのは、タケイル・キクラの他に、武術指南の源五郎、村長に娘のミキタの三人である。

好奇心旺盛なミキタや源五郎は、色々と聞きたそうにしているが、ムランの手前なので遠慮している感じだった。

二人には稽古の興奮を残した少し上気した雰囲気があった。


「父に教わりました」

「ほう、父御の名前は何と言われる?」

「・・・十兵衛です」

 ここミキタイカル島では、出来るだけ素性を明かしたくないのだ。


「・・・なるほど。相当な達人だったのであろうな・・」

「はい、武芸百般の達人でした。まだまだ学びたいことが沢山ありましたのに・・」


「亡くなられた?」

「はい、去年の夏の事でした」


「それは、お悔やみ申す」

 多少浮かれた感のあった場が、冷静を取り戻した。


「父上。タケイル殿の力を借りて、コヨーテ退治をしたいと思います」

 その沈んだ空気を持ち上げるようにミキタが発言した。


「確かに、タケイル殿らがいれば心強いが・・・しかし、今までも何度も人を出して逃げられたではないか」

「それは、大勢で行くからです。今度は少数で行きたいのです」


「少数で・・具体的には?」

「お二人に、私と源五郎とが同行する四人です」


「四人・・・」

「父上。四人でもタケイル殿とキクラ殿は十人力です。ここは思い切った手に出ないと、いつまでも皆が苦しみます」


「しかし。少人数では危険だ。その上に、お二人には関わりの無い事だぞ」

「行きましょう。これも何かの縁です」

 タケイルはそう言うとキクラを見た。キクラは頷いて伴をすることを承知した。


「行って頂けるか。忝い」

 村長は深く頭を下げた。

それを見たミキタと源五郎も慌てて頭を下げた。


「では、明日ハンザの村に行く。それで良いか?」

 ムランはミキタと源五郎の顔を見た。二人は頷いて同意した。


「ならば、準備をしろ。食べ物や道具など、三・四日は森で滞在出来るように。今日中に揃える必要がある。すぐに掛かれ」

「はっ」

 ミキタと源五郎は、夕餉を急いでかき込むと場を去って行った。



「タケイル殿とキクラ殿には、余計な事をお願いしてしまったな」

「いえ、ユタックやマロンのような幼き子供が食い殺されるのは、耐えられませぬ」


「まことにありがたし」

と、再度頭を下げたムランが、酒を二人に注いで話し始めた。


「我が父が天の国オスタの家臣であったのは、お聞きになったか?」

 タケイルは頷いた。


「儂は今でもオスタの東家が主筋じゃと思っている。じゃが、この地域にいる以上、黒党の支配を受けるのはやむを得ぬ事じゃ」

「黒党は、民が蜂起して作った勢力だと聞きましたが」

 タケイルはこの国の情勢の事を、海の国交易船のダラン船長から聞いていた。


「無論そうじゃ。それだけなら問題は無い。だが実はそれだけでは無い。背後に援助する者がおる。そうで無ければ、強力な軍事政権の大前国から独立など出来なかった」


「・・なるほど。となるとその背後の者は、オスタとも敵対すると言う訳ですね」

 タケイルは、ムランの言おうとしている事が分かった。


ならば黒党の背後は、天の国の中心地にある町・サラだ。


今の天の国は、サラを取り巻く三つの町が王都サラと緩やかな敵対をしているのだ。


つまりはサラの王が黒党を使って、オスタの背後を牽制していると言う事なのだ。


「お解りになったようじゃの。もし、黒党がウタの街を脅かして天の国からオスタ軍が乗込んで来たら、儂はさらに難しい事になる。それでも結局は黒党に加わって闘わざるを得ないだろうがな。その事はオスタには伝えている。もし、我が村々を守ってくれるなら、オスタ軍に加わるとな」


 境目の領主の難しい決断だろう。心情的に味方したくとも、地理的に敵にならざるを得ないのだ。


「その事を、そなたにも知って欲しかったのじゃ」

「何故、私に?」

 その訳は、タケイルには思いつかなかった。


「そなたのような瑠璃色の目は珍しいが、街に行くとたまには見かける」

 ムランは、タケイルの問いに答えずに突然話題を変えてきた。


タケイルは、彼が何を言い出すのか手を止めて見つめた。


「だいぶ昔の事じゃ。儂が若い頃父に連れられて、何度かオスタの東家の長に挨拶に伺ったことがある。そこで一度お目に掛かったのじゃ。深い瑠璃色の吸い込まれそうな瞳。神々しいお顔。そなたをひと目見た時に儂は解った。目の辺りがよく似ておられる」

 タケイルの身体が震えた。


(ムラン殿は、母を知っているのだ!)


「美幸様の伴侶が誰であるか。そしてその家族に何が起ったのかも、勿論知っている。何故こんな所に来られたのかは知らぬが、儂が言いたかった事は黒党には貴方様の敵がおると言う事じゃ。これ以上近寄ってはいけませぬ。この事は誰にも言わぬが、凄腕の剣客が来たと言う噂が広がれば、その者が動こう。ご注意を」


「ご忠告ありがとうございます。私は地の国の各地に散らばっている実父の高弟方に会いに来ました。彼らから教わる技があるのです。ここに来たのは、青龍門と黒党支配地の様子を見ておきたかったからです。他意はありませぬ」


 タケイルは事情を知っているムランに、正直に打ち明けた。


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