第6話・腕試し。


村長の屋敷は、頑丈な門構えで周囲を取り囲む塀にも狭間が設けられて、塀を支える控え柱もある戦に備えた砦の造りそのものだった。


タケイルらは、まず屋敷の縁側に招かれ茶が出された。

旅の疲れた身体を癒やす、ほのかに甘い初めて飲む味だった。


そんな茶を始めて飲んだタケイルは、茶の味にも異国に来た感慨があった。


だが、何故か村人たちはまだ帰ろうとせずに、屋敷の庭に入って来て庭を取り囲むように陣取っていた。その数はさっきよりかなり増えていた。まるで村中の者が集まっているかのような人数だった。


「タケイルどの、村人はコヨーテを倒した達人の腕が見たいのです。一服されたら、家の者と稽古してくれませぬか?」

と、村長は集まった村人を見て苦笑しながら言った。なにせ、他に娯楽がないものでしてなと付け足した。


「私は、武者修行の身です。稽古とあれば断れませぬ」

 それを聞いた村長が大きく頷いて、

「皆の者。タケイルどのの了解が得られたぞ。一服した後で源五郎と稽古してくれる」


 それを聞いた村人たちは、

「おおー」

と、歓声を上げた。


「源五郎は、村の指南役でございます」

と、村長はタケイルに説明した。


「父上。私もお相手を」と、ミキタがせがんだ。

 村長はキクラの顔を伺うように見た。キクラはタケイルと目を合わせた。

「いや、それも私がお相手しよう」

とタケイルが答えた。


キクラは影警護の者。その任務上、人前で武術の腕を見せてはいけないのだ。


「なら、源五郎の前にミキタがお相手を願え。ミキタ、タケイルどのが使う木剣を持って参れ」

 長に命じられたミキタが、いそいそと奥に向かった。



ミキタは十八才の娘だ。

 物心ついた時には、国は紛争の最中だった。

常に周りに武装した兵が動いていた。父は周辺を支配する領主で、屋敷でも武装していない父の姿を見るのは稀だった。


その当時は天の国の力が弱って、村を取り巻く環境も不安定になり、いつ敵に攻められるか分からない。

誰が敵で、誰が味方なのかも分からない混沌とした情勢だった。


 大前国が独立してから、民政を顧みない軍事政権に次第に農民たちの不満が溜まり、それが遂には爆発して蜂起した。農民・商人が決起して出来た黒党勢力である。


黒党は北部三都市を拠点に立ち上がったために、この辺りの村も位置的に黒党の支配下に置かれた。


 しかし軍事国家から独立したと言っても、それと戦う軍を維持する為に、民には同じ様な負担があり、村は決して楽になったのでは無い。


この村は黒党軍の端に位置しているために、両軍の前線にあたり、尚且つ天の国・オスタにも近い。我が家にとってオスタは元の主家に当るのだ。村の置かれた状況は、不安定だった。

ゆえに村人は常に武芸を磨いて事に備えてきた。


 ミキタはこの武術稽古が好きだった。

「ミキタは男に生まれてきたら、名のある将軍になったかもしれぬ」

 と周りが言うほど腕には自信があった。事実、村の男たちよりも剣では強かった。

村の武術師範の源五郎にも、三本のうち一本は取れるようになっていた。それなのに女だから軍には入れないと言われて悔しかった。

今は武術修行に行きたいと父に願っている。


 村に人喰いコヨーテが現れ始めたのは、半年ほど前だった。


奴らは凶暴だった。


子供だけで無く大人の男も襲った。村は柵で周囲を囲って防御した。だが昼間は、畑を耕すために外に出なければならない。見張り楼を立てて近づくコヨーテを監視しながら、数人が固まって武器を持って農作業をした。


子供らを救った武家は、背が高く意外なほど若い。ミキタとそう変わらぬ年頃だろう。

何よりも、吸い込まれそうなほど深い瑠璃色の瞳と切れ長の女性みたいな眼差しが、この若い剣客に神秘性を与えていた。


 男の名前はタケイルと言った。木剣を持ってタケイルと対峙した。


木剣を持った右手を垂らしているタケイルは、ミキタには隙だらけに見えた。

 突進して真っ向から剣を打ち込んだ。

だが、瞬間に姿が消えて剣は空を切った。


(右だ)

 打ち下ろした剣を、すぐさま右に水平に振った。

だが届かぬ。


タケイルはすっとうしろに下がって躱したのだ。


すかさず追いすがって袈裟に。


だが又してもタケイルの姿が消えた。


今度は左だ。

左逆袈裟に振り上げた。


その時には、すでにもっと左に移動していた。


(動きが速い・・。捕らえきれない・・)


 ミキタは左のタケイルに対して、左前に移動すると同時に右に身体を回転して水平に振った。


速い動きで相手には意図が読めない筈だ。


だが、又しても剣は空を切り、停止したミキタの正面にタケイルが立っていた。そして、タケイルの剣はミキタの左肩の上に軽く乗っていたのだ。


(・・・)


「一本それまで!」

 ムランが宣言して、タケイルとの稽古は終わった。


「次、源五郎」

 ミキタは下がって二人の稽古を見つめた。


完敗だった。


相手にもされなかった。


ミキタは、師範の源五郎との稽古でタケイルの動きを見極めようと、瞬きもせずに見つめていた。


 正眼に構えた源五郎に対して、タケイルも正眼に構えた。

ゆったりとした大きな正眼の構えだった。

そして、そのまま二人の動きが止まった。

 長い時間が経過した。

いや実際は短かったのかも知れないが、一瞬も見逃さないとしていたミキタや村人にとっては長かった。


やがて、源五郎の剣が揺らいだかと思ったら、剣を引いて膝を付いた。

「拙者には到底及びませぬ」

 源五郎自らが負けを認めた。闘う前に負けを悟ったのだ。


「おおー」

 村人から響めきの声が広がって行く。


「さもあろう」

 ムラン村長は呟いて、

「さあ皆の者、稽古は終わりじゃ。タケイル殿の比類無い腕が分かったであろう。そのタケイル殿がいまだ武者修行していなさる。上には上がおると言う事じゃ。それが分かっただけでも、明日からの稽古の励みになろう」


 長の声に村人は解散した。ツムリの一家は、タケイル達に再度丁寧に礼を言ってから帰っていった。


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