第5話・マロン村。
「おおい! 何処だー」
「川だ! 川の中にいるー」
村人のものらしき声がして、それにツムリが答えるとすぐに四・五人の男達が顔を出した。手に鍬や棒、弓を持っている者もいる。
「川の中で子供らが襲われたが、このお武家様方が通りかかって助けてくれたのだ。三匹の死骸がある。奴らが嗅ぎつける前に埋めなくては・・」
ツムリが仲間に手早く事情を説明すると、男らが降りてきて手を貸した。
「三匹に囲まれて、よく倒したものだ・・・」
男の一人が呟いた。
「お武家さんは、すっごい腕前だよ。剣を抜くのが見えなかったもの!」
ユタックが、興奮したように答えた。
「ほう」
「最後の一匹は慌てて逃げたけど、走って逃げるコヨーテを、手裏剣一発で仕留めたんだ」
「そいつは凄い・・」
タケイルとキクラは苦笑した。
凄腕の刺客に狙われるのに比べたら、なんて事も無いことだ。男達は瞬く間に、コヨーテの死骸を埋めて、その上に石を並べて掘り起こされないようにした。
「旦那方は何処へ行かれるので?」
コヨーテの死骸の始末を終えたツムリが尋ねる。
「ザボーンの湊から青龍門を見に来ました。あなた方の村には、旅籠はありますか?」
「へえ、一軒だけあります」
「それなら、村に行きます」
「分りました。案内します」
タケイルらは、男たちに同行して村に向かった。しばらく歩くとすぐに村が見えた。しかしその村は、今まで見てきた街道沿いの村とは様子がまるで違っていた。
周囲を延々と柵で囲み、要所には高楼の見張り所がある。まるで砦だ。ここまで来る間には見かけなかった厳重な備えの村だった。
「どうしたのだい! 奴らが出たのかい?」
入り口横の見張り楼から声が降りてきた。
女の声だ。見上げれば、弓を手にした勇ましい格好の若い娘の姿が見えた。
「三匹だ。子供が襲われたが、旅のお武家がたに助けられた。奴ら上流から川を降りて来たのだ。どうりでここからは見えねえ筈だよ」
「なんだって! あいつら、そんな悪知恵まで働かせたのかい・・・」
入り口の柵を引き開けると、締めて綱で縛る。
柵の高さは一間ほどで高くは無いが、柵と柵の間は狭く、びっしりと詰められており、コヨーテを想定した柵だと分かった。
見張り楼から娘が降りてきた。
背に矢筒を背負い、弓を持ち腰には剣を帯びている。短いブロンズのざんばら髪の下で、茶色い瞳がらんらんと光っている野生的な娘だった。
「三匹の奴らを退治したとは、中々やるじゃない」
娘は、タケイルらを値踏みするかのように見つめている。
「ミキタ様、お武家様は抜く手も見せずに、あっという間に三匹を倒したんだ。おら、こんなに強い人を見たのは始めてだよ」
ユタックが興奮気味に娘に言う。
「うんだ。切り口もスパッと見事に喉をかっ切っていたな・・」
コヨーテを埋めた村人も同意して言った。
「ふうーん。そんな凄腕の剣客が、何処へ行こうとしているのだい?」
ミキタと呼ばれた娘は、タケイルを怪しむような目で見て聞いた。
「マローン、ユタック。無事だったかい」
集まってきた村人の中から女が走り出てきて、二人を抱きしめた。二人の母親だろう。
「お武家さまらは、ザボーンの湊から青龍門の見学に来ただよ。海の国からこの島へ武者修行に来たそうだよ」
村へ歩いてくる間に、タケイルが聞かれるままに話した事を村人の一人が娘に告げた。
「海の国だって・・・」
と、娘や集まってきた村人が呟いている。
恐らくは、ここにいる者は誰も行ったことが無いのだろう。
「この人は、ムラン村長(むらおさ)の娘でミキタ様だ。男に生まれてきたら将軍にでもなっただろうと言われている女豪傑様だよ」と、村人の一人が小声でタケイルに説明してくれた。
「私は武者修行に来たタケイルです。こちらで今夜の宿を願いたい」
「旅籠はこっちです」
子供らの父親のツムリが、先に立って旅籠の方へ案内する。
「待って」
と、娘がツムリを止めた。
「村の者を助けて貰ったのだ。今日はうちで世話をするよ。私が案内する」
ツムリはミキタという娘の顔とタケイルの顔を交互に見つめた。どうしたら良いのか困っているのだ。
「村長の娘ごの申し出です。世話になります」
(やれやれ、今日は気詰まりな一夜となりそうだ・・)
と、内心思いながら、ミキタの申し出を角が立たぬように受けた。
ミキタは無言で案内した。
ミキタに付いていくタケイルらの後ろを、村人たちがそのままずるずると付いてきた。
「ムラン村長は天の国から派遣されて、ここを治めていた武家だったのです。今も周辺五村を差配していて、ご子息ハドロ様は黒党軍の将の一人です」
傍を歩くツムリが説明してくれる。
「私の長男も黒党軍の常駐兵で、この周辺の村の出身の者らと同じく、ママヤの町でハドロ様の元にいます」
と、ここの村長がこの周辺の領主で強い力を持っていることを教えてくれた。
「ミキタ様も軍入りを希望したのですが、女ゆえに断られました。それから負けん気が強いミキタ様は、さらに稽古を重ねて女豪傑ができた次第です。村にいた頃のハドロ様より妹のミキタ様の方が武術は強かったのです」
村長の屋敷は、石垣で一段高く築かれた広い敷地の上に建てられた大きな屋敷だった。
騒ぎを聞きつけたか、門の前には兵と共に長らしき初老の男が出て来ていた。
「父上。コヨーテが川沿いに出て来て、ユタックとマロンを襲ったのを、こちらの方に助けて頂きました。タケイルどのと言われて、海の国から武者修行に来られて青龍門を見に来たようです。武術の達人との事。今夜の宿を求めておられるのでお連れして参りました」
ミキタが父の村長に説明した。
村長は一歩二歩と歩み寄ってきて、背の高いタケイルの顔を見あげた。
そして「おお・・」と、言ったまましばらく凝視していた。
「・お客人、村の者を助けて頂きまことに忝い。今宵は気軽に我が屋敷にお泊まり下され」
村長は、タケイルに深い礼をした。
「私はタケイル、この者はキクラと申します。お言葉に甘えてお世話になります」
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