第4話・人喰いコヨーテ。
流れが大きく曲がった先は、小さな滝になっていて一段下がっている。
その下がった先の川端に、追い詰められている小さな子供二人が見えた。
追い詰めているのは三匹の獣だ。
犬のような大きさだが、見るからに凶暴な様子のコヨーテだ。
小さな女の子を庇った男の子が、果敢にも釣り竿を振り回して牽制しているが、血に飢えたコヨーテは連携して威嚇している。
「回り込みます」
短い言葉を残して、キクラが土手を駆け上がる。段差は高く、並の人間には飛び降りられる高さでは無かった。
タケイルは、その場で小石を拾い投げた。
それが手前のコヨーテの身体に当った。コヨーテは怒りに唸ってこちらを見た。タケイルは、さらに連続して投げ撃ちコヨーテを牽制しておいて、躊躇無く下に飛び降りた。
着地の瞬間・足で充分にショックを吸収して、さらに前に転がって衝撃を逃がした。タケイルには、忍びの修行で稽古した身のこなしが自然に身についていた。
「グルルルルー」
コヨーテは六尺もある長身のタケイルに対して、恐れを見せずに威嚇して来た。
(こいつは見掛け以上に獰猛な奴だな・・・)
飢えたコヨーテは人を襲うこともあるが、それは子供などの小さな身体の者だけだ。大きな大人の男が来れば、叶わないとみて通常は逃げるのだ。恐れを見せないという事は、今までにも大人を襲った事があるのだろう。
「ゆっくりとこっちに来るのだ」
子供たちに声を掛けて、タケイルも彼らに歩み寄る。手には杖替わりの手槍を持っている。
コヨーテの後ろからキクラが川原に降りてこちらに向かってくる。
それでもコヨーテは牙を剥きだして唸りながら、タケイルたちに向かってこようとする。普通のコヨーテでは考えられないほど凶暴な行動だ。
(獲物の匂いを嗅いで狂ったか・・)
いきなり横手から、タケイルの手首に飛びかかってきた。タケイルが手槍の柄で払うと、それを躱してさらに挑みかかってくる。
さらにタケイルの方に来かけた子供らの中に、一匹が飛び込んで分断しようとした。
「キャイーン」
その一匹が悲鳴を上げた。キクラが礫を投げたのだ。
女の子はすかさずキクラの方へ走った。男の子がタケイルの後ろに駆け込むのと同時だった。
それでも、コヨーテらは牙を剥いて威嚇してくる。
「執拗な奴だな。血を見なきゃあ分からないのか・・」
タケイルは、コヨーテを追っ払うだけで良いと思っていたのだ。
「こいつらは、人喰いコヨーテだ。やっつけて!」
子供が叫んだ。
「・・わかった」
タケイルは手槍を左手に持ち替えて進み出た。それを見たコヨーテは一瞬怯んだが、すぐさま躍り上がってきた。短剣を抜きざまそいつの頭を切った。
キクラも一匹を倒していた。
残りの一匹は逃げた。だが、一瞬タケイルの顔を見たキクラが、振り向きざま撃った手裏剣がそいつを倒した。
「もう大丈夫だマロン。森のケダモノはいなくなった。ヨツルを喰ったケダモノは死んだんだ。もう大丈夫だよ・・」
緊張が緩んでしがみついて泣き出した女の子を励ます男の子の顔も強張っている。
「お武家さま、ありがとう」
何とか落ち着いた兄妹は口を揃えて、ペコリと頭を下げた。
「怪我は無いか?」
「うん。ないよ」
「そうか、良かったな」
「ユタック 、マロン、 どこだー 返事しろ!」
あまり離れていない所から大きな声がした。
「父ちゃんだ」
マロンと呼ばれた女の子が言い、少年はタケイルらを見た。
「父が探しに来たな。返事をしたらどうだ」
「父ちゃんー、ここだ! 川の中だよー」
少年は大声で答えた。
しばらくして、向こう岸から男の顔が覗き子供らを見て、
「無事だったか。どうした?」
「コヨーテに襲われて、このお武家さまに助けられた」
父親は、目を凝らしてこちらを見つめた。
倒れているコヨーテを見たようだ。少し間を置いて腰につけていた法螺貝を持つと、吹き鳴らした。
「ブオー・ブオー。ブオーー」
それに呼応して、離れた所から法螺貝の鳴る音が聞こえた。
父親は岸を駆け下り川に飛び込んで、腰まで水に浸かりながら上がってきた。
手には鍬を持ち腰に剣を着けている。
父親は飛び込んできた子供らを抱きかかえてしばらく固まっていたが、ふと顔を上げ子供らを離して、佇んで見守っているタケイルらの前に来て膝を付いた。
「私はこの子らの父親のツムリと言う者です。子供らの危うい所をお助け頂き、まことにありがとうございます」
父親は、頭を地面に着けて深く礼をした。
「たまたま通りかかっただけです。子供らが無事で何よりでした」
「お礼は改めて致します。今は一刻も早く死骸を片付けなければなりません。こやつらの仲間が血の匂いを嗅ぎつけてこないうちに」
「コヨーテに仲間がいるのですか?」
「はい、ずる賢く凶暴なのがいっぱいおります」
「私たちに手伝える事は無いですか?」
「それでしたら、飛び散った血を、土を掛けるか洗い流して頂きたい」
ツムリは、鋤で川床に穴を掘り始めた。
タケイルらは流れの近くの血は水を手ですくって流し、離れた所に流れた血は土を掛け始めた。子供らもそれを手伝った。
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