第3話・刺客現る。
ミキタイカル島に降り立ったタケイルに何者かが従っていた。それが王子・紗那王丸が付けてくれた影警護だと分った。
この男が密かに越山丸に乗っていたこと。それを船員も承知しているらしいことを考えて、タケイルもそう判断していたのだ。
紗那王丸には地の国に向かう旨を伝えて別れを済ましていて、過剰な路銀を拝領していた。
武術大会で優勝したタケイルの元に、海の国の王子・紗那王丸が尋ねてきて、弟子入りを請われて何度か剣の稽古をつけた。その縁で危険なタケイルの里帰りを察した王子が影警護を派遣してくれたのだ。
「キクラ、昼間はともかく夜は同じ宿に泊まって夕餉を共にしないか。どうだ?」
すこし考えたキクラは、頭を下げて、
「はい、仰せの通りに」
と答えた。
「そんなに丁寧な言葉使いは止めてくれ。それでは目立つ。私の方が遙かに年下なのだ。もっと普通の会話で頼む」
「・・わかった。そうする」
その夜は、キクラと同じ部屋で泊まった。そうした方がタケイルも安心出来た。
「キクラはこの島に来た事があろうか?」
夕餉の席で、向かい合ったキクラと酒を交わしながら聞いた。タケイルは年若いが、酒好きの養父の付き合いをして来たので毎日の晩酌の習慣があった。
「いえ、ございませぬ。ですが、絵図を手に入れて一応の地形は頭に入れております」
「このザボンから、ウタの青龍門まではどのくらいであろうか?」
「しかとは知りませぬが、地の国の大きな街の間の距離は、十里以内であると聞き知っております」
十里が普通の人の一日の行程である。長くともその距離で街が作られているのだろう。
「だったら、明日中にはウタの青龍門を見る事が出来るか・・」
「タケイル様は青龍門を見に行くので?」
「うん。地の国に三つしか無い天の国に行く門だ。是非一度見ておきたい。それに黒党なる集団の事も知りたい」
「ならば、私は伴として従って行きます」
大前国の東を支配している集団・黒党と大前国とは、現在紛争の最中である。
ここザボン湊から青龍門のウタへの街道沿いは、両軍の最前線と平行していて尚且つ近い。
今日見た様子からして、街道沿いには多くの兵士が駐留していると思われる。そんな中で影警護として少し離れて追跡するのは無理があるのだ。
「うん、それなら話も出来るし、退屈しないな」
タケイルは、破顔して嬉しそうな顔で言った。
キクラは思わず、その笑顔に誘い込まれて微笑んだ。
キクラはこの任務を受ける前からタケイルの事は知っていた。いや、キクラに限らず国中の者が、タケイルの事は知っていた。
この若い青年は圧倒的な力で、武術大会に優勝した事。
その周りには多数の剣士がいて、いずれも海の国屈指の使い手である事。
タケイルに、前の覇者・英雄さえも教えを請いに行った事。
国の重要な産業である交易業を犯す悪魔の様な海賊を、少数の仲間と共に戦って壊滅させた事。
王様自らが英雄として称えた唯一の者である事。
そしてキクラは、王子の影警護に行ったときに、タケイルのその素朴な人柄や純粋な精神に驚きを感じていたのだ。
タケイルには剣や武術は勿論、忍びの腕でも到底敵わぬ事をキクラは知っていた。
翌日二人はザボンを出て、目の前にあるサラタ山に向かって伸びる街道の上を進んでいた。
道は広く真っ直ぐだ。
只ひたすらにサラタ山を目指して歩くが、その距離はいっこうに縮まらず五時間歩いて倍ほど大きくなったサラタ山を見て、この島の大きさを思い知った。
「この国は思っていたより大きいな・・」
「はい、海岸から天の国中心にあるサラの街まで五十里。海の国の海岸線の長さに相当します。しかしこちらは断崖絶壁の門(天の国と地の国を遮る断崖そのものも門と呼ぶ)がありますから、実際にかかる時間は遥かに長いです」
二人は街道沿いのめし屋の台に腰掛けて、サラタ山を見ていた。白い雪をまとったサラタ山は神々しく青い空に雲のような噴煙を上げていた。
近く大きくなったサラタ山と同じく、天の国との境の門と呼ぶ断崖も高く人を寄せ付けぬその姿を確認出来るようになっていた。
街道の正面、ウタの街の先だけが尾根状に長く突き出て、少し緩やかになっているのが見える。
「ウタから天の国までの距離はどのくらいかな?」
「断崖の高さは百五十尺(約500メートル)ほどで、地の国から天の国までは、どの門を通っても一里もないようですが、つづら折りの登りで半日は掛かると聞いております」
「一里足らずに半日か・・。以外と近いのに時間が掛かるな。誰でも通れるのか?」
「普通の民であれば問題無く通れます。ただし、武装した者や不審な者は厳しく調べられると言う事です」
「うん、今は不穏な時期なので当然だな。我らは通れようか」
「それは・・・危険です。誰が敵で誰が味方なのか、今は全く分かりませぬゆえに」
「そうだな。果たして味方がいるかどうか・・・・」
街道には、荷物を運ぶ人馬が絶え間なく行来している。
街道の左右は、森や草原の中に小川が流れ、畑が点在している。その中には集落が所々に見られて、集落の近くの街道には物売りの小屋が並んでいたりする。今もその小屋の一つのめし屋で昼餉を摂っているのだ。
街道には時に兵士の一団が歩いているがどちら側の軍かも分からず、兵士たちも街道を警戒する様子はない。
兵が警戒しているのは街のみで、その他の広大な地域は兵士の一隊くらいではどうしようもない広さだと言えた。
「キクラ、今日はあんな村に行ってみようか」
街道近くの村を見て、タケイルが言った。
初めて生まれた島に戻って来たタケイルは、小さな村でその土地の人々に触れてみたかったのだ。別に屋根の下でなくとも、野宿でも良かった。山野に寝るのは慣れている。
「私はどこでも構いません。どちら側へ行かれますか?」
「うん、折角だから黒党支配地に入ってみたい」
街道の右側をしばらく入ると黒党支配地になる。
黒党は軍事政権の大前国から、蜂起・独立した民衆の集団だと聞いた。どんなものか一度見ておきたかった。
二人は街道を少し進み、次にきた枝道を右に曲がった。
枝道も霞むほどに真っ直ぐ伸びている。広大な土地だ。ほとんどは草原で、畑を作っているのはその内の僅かな面積でしかない。
幾つもの村を過ぎてひたすら歩くと川に突き当たった。幅は五間ほどの川だ、ところどころに浅瀬があり濡れずに渡れそうだ。
道の脇にある踏み跡を辿って行くと水端に出た。そこには岩が飛び石に配置されていて、川を渡ることが出来るようになっていた。その手前には、竹を割った樋が置かれて水が飲めるようになっていた。
二人はそこで手足や顔を洗い街道の土埃を落とすと、水筒に水を入れて水を飲んだ。冷たく旨い水だった。
一息ついて上流を見ると、思わぬほど近くに断崖の手前の深い森が迫っていた。そのせいか川の水は清らかな流れだった。
「うわー わ・わ・わー」
「お兄ちゃん、助けて!!」
と、下流の方から子供の悲鳴が聞こえた。切羽詰まっていてただならぬ響きがあった。
二人は即座に走った。
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