第2話・地の国・大前国ザボン港。


交易船・越山丸が地の国の東端の大前国(おおまえこく)のザボン湊に着いたのは、その日の夕刻だった。

海の国から出航して、丸々四日間掛かった事になる。それでも順調な航海だったと言う。


「気を付けてくだせえよ」

 下船するタケイルに、船乗りから声が掛かる。


「何かあれば、各湊にいる海の国の者に声を掛けてくだせえ」

「解った。世話になったな」


 桟橋を湊に向かうタケイルを、船員が不安そうな目で見送る。


 玄武家の血筋で、海の国・武術大会で若くして優勝したタケイルは、海の国の船乗りにとっても敬愛すべき英雄なのだ。

船員らはタケイルが再び騒乱の島を訪れたのは、深い訳がある事を察している。海の国で育った今までにも、何度も天の国の刺客に襲われた事も知っていた。


「タケイル様は、ミキタイカル島の騒乱を鎮める為に島に戻るのだ」

 と、船員達の間で密かに囁かれていた。


タケイルが越山丸から降りたあと、一人の精悍な男が船内のどこからか湧くように現れてタケイルの後をつけた。

船員達は、それを黙って見送った。



交易が莫大な利をもたらす事を知った大前国の支配者や商人によって、ザボン湊は大々的に拡張整備され、国随一の交易湊らしい威容を見せていた。


湊の入り口は石積みの上に土を盛り、防風林が植えられた幅広い突堤で狭まられ、掘り広げられた入り江は、幅二百間・奥行き百間もある長大なものだ。

湊町の正面と左右には幅八間の大道が延び北側の波止場には、薪・炭・水・食料・野菜・古着から帆・綱・木材・鉄器などの船に必要なありとあらゆる部品や道具・生活用品を扱う店が並び、鍛冶屋や造船所もある。


南側の波止場は漁船が並ぶ漁港となっていて、毎朝魚市場が開かれる。

正面の二百間の波止場の傍が商人の店と蔵で、紙・木綿・油・砂糖・蝋・鉄・酒・醤油・味噌・塩・干し魚・肥料・食料などの問屋がひしめき合っている。

各地を巡る商人たちは、ここから国内や他国へ物を運び商売をするのだ。湊には、商人・農民・町人や職人達も数多く訪れ、賑わいを見せていた。


その裏通りは訪れる商人や旅人のための旅籠が並び、食い物を売る店や酒を飲ます店も多く、色んな匂いが夕暮れの町並みに流れていた。

さらにその奥は、それらの店の奉公人達の暮らす通りがあり、民や農民達の暮らす地域へと続いている。


だが町の出入口は厳重な門で遮られて、それに続く何処までも延びる高い柵が係争地である事を語っている。

柵の内側には見張りの小屋が一定の間隔で建ち並び、武装した兵が緊張の面持ちで警備している。


湊に降りたタケイルは商人の泊まる安宿を頼むと、夕暮れの訪れるまでの合間に町を歩いて見物してみる事にした。

ザボン湊がある地の国・大前国の現状は、越前丸のダナン船長より大まかに聞いていた。



大前国は、大前蔵人(おおまえ くろうど)将軍が率いる元・地の国・東方軍が青龍川以北を制圧して出来た軍事国家だ。

だが、軍閥が強い大前国は民政が行き届かずに民衆の反乱軍を生み出した。


黒党(くろんど)と称する反乱軍は、北部の町チルマを拠点として、ママヤ・カヨピの三つの町を制圧している。そして黒党は現在、湊町ザボンと天の国の入り口・青龍門のある町ウタに攻勢を掛けている。


そのどちらも大前国にとっては最重要な町であり、大前国軍は総力を挙げて守備している現状だという。つまり、ザボンは両者がぶつかる前線の町なのだ。


青龍門を隔てた天の国オスタは、この事態を今のところは静観しているらしい。


湊町ザボンと青龍門ウタの町を繋ぐラインは、天の国オスタの町にとっても物資の通る生命線でありいずれは介入してくるはずだが、その時に反乱軍・国軍のどちらにつくかは不明なのだ。


又どちらにもつかず、単独で二つの町を制圧して天の国オスタ領として、生命線を確保する事も考えられる。


オスタ軍には、その実力は充分にある。とダナン船長は言っていた。

天の国は王宮があるサラと、それぞれに地の国に繋がる門があるウスタ・ザウデ・オスタの三つの独立した町に分かれている。それぞれに精強な軍を持ち各門を通して地の国に影響力を持つ宗主国的な町だそうだ。

サラは三つの町を通して地の国も支配していた。だが今はそれぞれの町が独立していて必ずしもサラに従っていない微妙な関係だそうだ。


兎も角も、大前国は極めて不安定な状況にあるという訳だ。それは、ザボンの町を警備する兵の物々しさからもよく解る。


タケイルは町を通り抜け西へ行き、ウタの町に向かう街道を見届けて引き返した。その間にも日が落ちて暗くなっていた。


ザボンの町はミキタ山脈の東側にある。朝日が当るのは早いが夕方には早々と山脈の影に太陽が沈む。

タケイルが農民の住む地区を過ぎた辺りで、前に立ち塞がった者がいた。


剣を持っている男だ。

後ろにも気配がして、振り向いて見れば路地から同じような男が出て来た。夕闇の街道には他に人通りは無かった。


(・・物取りか?)

 だが、気配はそれだけでは無かった。横手の木々が茂っている辺りにも、複数の者の気配がする。


 前後の二人は剣を抜き、拍子を合わせてジリジリと迫ってくる。

「盗人か、生憎だが金は僅かしか持っておらぬ。やめとけ」

 と、言って相手の反応を見る。


「金目当てでは無い。お手前の命、頂戴する」

 前の男が低く答える。


「人違いだろ。私はこの国の者では無い。今日着いたばかりの旅人だ」

 そう言っても襲撃者は何の反応も示さない。


(人違いで無いということか・・・。来るそうそう、いきなり刺客のおもてなしとは・・)

タケイルは剣を抜いて気配のする横手に向く。こちらの方が注意を要するとみたのだ。


 不意に横手から弦音がして、矢が飛んできた。矢羽が白いのが幸いした。身を躱し、剣で切り割る。


(飛び道具は厄介だな・・)


 この場に留まっては駄目だ。タケイルは後ろの男に向かって走った。同時に再び弦音がして、今いた場所を矢が通過した。


「ぎゃー」

 横手から悲鳴がした。弓手が誰かに襲われたようだ。


その悲鳴を聞きながらタケイルは、後ろの男に接近して剣をはじき飛ばして右腕を跳ね切った。

すかさず、振り返る。


前から来た男は、大上段に振りかぶったまま既に目前に迫って来ていた。タケイルも男を待たずに、男の懐に飛び込んで脇腹を抜いてそのまま前に駈ける。


「うぎゃあー」

と、後ろで悲鳴が上がった。

腹を切ったた男がそのままの勢いで突っ込んで、腕を切った味方を傷付けたのだ。


暗闇での襲撃は難しい。


タケイルは戦闘能力を失った男達には構わずに、弓手の潜んでいる横手に走り込んだ。横手の木陰には弓を持った男が二人切られて倒れている。他に人影は無いが人の潜む気配はする。


「お陰で助かった。越山丸に乗っていたな。顔を見せてくれぬか」

 タケイルは木蔭に声をかけてみた。


すると、木の影が揺らいで滲むように男が姿を見せた。

三十年配の痩身で精悍な顔をした男だ。


「名乗ってくれぬか。どなたかに頼まれたのか?」

 男は、僅かに逡巡したが、


「私はキクラ。紗那王丸様に命じられて従っております」

「やはり、そうだったか・・」

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