海の国から来た男

kagerin

第1話・ミキタイカル島。


「バタバタバタッ」

と、順風を孕んだ帆が、突風を受けて鈍い音をたてた。


タケイルはその音で目を醒まし、ゆっくりと身を起こした。船内の小さな明かり取りから見える夜の空は、濃い闇が次第に薄くなりつつあった。


夜が明けようとしているのだ。


狭い船室を抜けて甲板に出てみると、闇は更に薄くなり急速に消えようとしていた。夜と朝の間に立ちこめる青い空気の彼方に、黒々とした陸地が見えた。


「大きい・・」


 刻々と霞んでゆく闇を押しのけるように陸地が迫ってくる。その正面に圧倒的な威厳を持って、空に突き刺さる尖った山が目を引いた。


「あの山が、サラタ山です」

 上部の操舵甲板から声が掛かった。振り仰げば、船長・ダナンの日焼けした髭面のふくよかな顔が見えた。


ここは、海の国の交易船・越山丸の船上だ。タケイルはミキタイカル島を目指して、三日前よりこの船に乗込んでいた。


白く光るサラタ山の頂上付近は、槍先の様に鋭く尖っていた。その左側は、広い壇段状になって、しばらく平坦な土地が続いている。しかしその先は、又急激に落ち込んで海面に近い広い平野に繋がっている。


サラタ山の右側は、緩やかな勾配で下がっているが、左右ともその端は何処までも延びていて視認できなかった。


「こちらに上がって見て下さい。よく見えます」


 船長の言葉で、タケイルは階段を上がり操舵甲板に立つと、島の様子が確かによく見えた。


「ミキタイカル島は、直径約百里もある綺麗な円形の巨大な島です。その中心付近にミキタ山脈が東西に走っています。こちらの東方向から見ると、綺麗に尖った山に見えますが、南北方向から見ると、島の幅いっぱいに壁の様に立ち塞がって、人の往来を完全に遮断しています」


 ダナン船長が、始めて島に渡るタケイルに島の案内をしてくれている。


「ミキタ山脈の主峰がサラタ山で、白い噴煙を上げている山です。左側の上の段が天の国、下の平野が地の国と呼ばれている広大な平地です。島とは言え大陸と言って良いほどの大きさで、地の国だけでも海の国の広さの倍ほどあります。この地の国は現在四つの国に別れています」


タケイルはこの島の出身で、生まれはミキタ山脈の山中だと聞かされていた。だが、乳飲み児の時に島を離れたらしく、タケイルに島での記憶は全く無い。


「昔は全島・と言ってもこちらから見て島の左半分ですが、それを天の国が支配しておりました。ところが二十年ほど前に天の国で政変があって支配力が弱まり、地の国は分離して独立しました。今は各勢力が覇権を争って騒乱の最中です」


その二十年前の政変の時に、乳児だったタケイルは養父・猪俣十兵衛に連れられて天の国を逃れて海の国に渡ったのだ。


「島の右半分の山地には、山の民が住んでおります。山の民は、以前は天の国の政に参加しておりましたが政変で指導者を殺されて今は天の国・地の国と交流を絶っています」


「実は島の表側の天の国と地の国の人々は、険しいミキタ山脈に遮られている為に、山の民のことは何一つ知らないのです。

しかし我々は、山の民と昔から長い交易の付き合いがあります。山の民の国にも良い湊があり交易も盛んなのです」


 山の国が交易をして海の国とも付き合いがある事は、タケイルも知らなかった。

無き養父も天の国の人で、「山の民の土地には行ったことが無い」と言っていたのだ。山の民の国・島の裏側の土地の事は、表側に暮らす人々には知られていないのだ。


「山の国の事は、島の表側の人には話してはいけない決まりですが、タケイル様は、玄武家の血筋とお聞きしていますから話しています。

山の民を支配する玄武家は、水と風の神様を奉っていますから、我々船乗りにとっても大事な家なのです」


タケイルは山の民を統べている玄武家の血筋だった。今まで育ってきて友も多く平和だった海の国から、命を狙われる地の国・天の国にこうして帰る理由がそこにあった。


海の国では、もの心ついてより剣を持ち、養父で剣客の猪俣十兵衛の指導で修行する事・十数年。二十才で海の国の武術大会に優勝して一流の剣者として認められた彼は、養父が亡くなると、その遺命と彼自身の定めに従って地の国に渡ろうとしていた。



「お前の生まれは山の国だ。天の国に内乱が起った二十年前、玄武のお頭からお前を連れて逃げる様に命令された」


「お前の本当の名前は、玄武次郎と言う。だが、玄武一族と邂逅するまでは、その名前を決して言ってはならぬ」


「儂が死んだら、地の国を巡る武者修行に出るのだ。そして、奥義の風の五剣を会得出来たなら、サラタ山の風の洞窟に籠もり風花の剣を得るのだ」


「風花の剣が会得出来たら、玄武一族に会うが良い。風花の剣が会得出来なければ、山の民を動かすことが出来ないと聞いている」


それが十兵衛の遺命だ。

養父であり師であった猪俣十兵衛が死んだのが、タケイル二十一才になった去年の夏の事だ。

タケイルは養父の菩提を弔いながら、海の国でさらに武芸の修行を積んだ。そうして、雪解けのこの時期を待って地の国に渡ろうとしている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る