第11話 新たな人生②

 家に戻るといつもの日常が待ち受けていた。レストランで聞いた話が相変わらず遠い世界の出来事のようだった。


「ちょっと話があるのだけれど・・・」

 珍しく茉優が真剣な顔で宗平に話しかけてきた。宗平は身構える。これ以上の難問を引き受ける余力はもう残ってはいなかった。

「何よその顔」

「えっ?」

「しかめっ面しちゃって。でもまあ、ちょっと大事な話だから覚悟をして聞いてくれるかな」

 宗平の感情はすでにどこかの山のかなたに飛んでいる。今展開している現実に対して心だけが宇宙にでも行っているかのような状態だった。

「あのね、結婚しようと思って」

「えっ?誰が?」

「ああ、私よ」

「えっ、俺と?」

「いいえ、玄太さんよ」

「えっ?嘘・・・」

 茉優が何を言い出したのか理解するのに時間がかかった。

「いつから・・・」

「実はね、海斗のことなのだけれど、父親は玄太さんだったの」

「えっ?」

「DNA鑑定をしたから間違いないわ」

「えっ?どういうこと」

「ごめんなさい」

 茉優はリビングの絨毯の上で土下座をしていた。

「海斗が生まれたときは、どっちの子かわからなかったのよ。それでも良かったの。子どもさえ産めたらそれでいいと思っていたから」

「玄太は知っていたのか?」

「子どもが出来たと報告した時、聞かれたわ。だから『わからない』って答えたの」

「でも、俺には・・・」

「そうね、あなたは自分の子だと信じてくれていたから、それでいいかなって思って」

「俺は騙されていたのか・・・・・・」

 怒りの泉が枯渇しているのか、不思議と怒りは沸いてこなかった。宗平は何が何だか理解できないでいた。


 自宅から車で数分のところに、市営の運動公園がある。駐車場に車を止め、公園内をブラブラと歩いた。公園の隣は土手になっていて、そこを上ると懐かしい河原が見えてきた。ここで若い時にバーベキューをしたことを思い出す。変わらない景色に宗平の心は少しだけ落ち着いてくるのだった。この川は昨年の台風で暴れたはずだった。それなのにその痕跡はこの場所では全く残っていない。氾濫した場所は5キロ先の下流だった。同じ川でも場所によって運命が変わってくる。そのことを突き付けられ、宗平は胸が痛むのだった。

 人生を川で語る人がいる。川の流れに逆らわずに身を任せるのも人生だと宗平も思う。振り返れば宗平自身が心から願った通りにはならない人生だった。だが、それを辛いとか嫌だとか、感じたこともなかった。家族のために働き、宗平なりに父親としての役割を果たし、充実した人生を送っていたはずだった。


「俺はどこで間違えた・・・」

 誰もいない河原に向かって小さくつぶやく。賑やかだった蝉の声が一瞬静かになった。宗平が深い呼吸をすると再びあたりは賑やかになるのだった。

「俺の願いってそもそも何だったのだろう」

 そもそも願い自体がなかったのかもしれない。願いが叶わないことを知っていたから、願いそのものを無視してきた。人生の流れに身を任せ、なるようになってきただけなのかもしれない。穏やかだった宗平の血流が暴れだそうとしている。このままだと家族の前で氾濫を起こしかねないと、もう一人の宗平が人ごとのように思うのだった。

 考えたいことは山ほどあるはずなのに何をどう考えればいいのかわからない。このままでは頭の整理ができずに混乱するばかりだ。途方に暮れかけたとき、携帯電話が宗平の思考を中断させた。

「もしもし」

「ああ宗平さん、どこにいるの?」

 聡子からの電話だった。

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