第10話 新たな人生①

 間接照明で薄暗い店内にはクラシック音楽が流れている。今更そのことに気が付いた。なんて題名の曲で誰が作曲したのかさえ覚えていないのだが、聡子の言葉にギョッとした宗平は、聴きなれたその音楽に救われた思いだった。ウェイターたちもまばらな客たちも遠くに感じる。東京の夜景ほど煌びやかではないが見下ろすネオンを見つめ、宗平は言葉も思考も失っていた。


「私だって最初はどうしようかと悩んだわよ」

 聡子は赤ワインを口にする。

「あら、このワイン美味しい」

 深刻な話をしながらも、ワインや料理の味を堪能できる特技は若いころから変わっていない聡子だった。

「LGBTQの人たちを理解したいし、絶対に差別はしないって決めていたけれど、どうして私の娘に近づいてきたのよって、怒りで数日は何も手にできなかったわよ」

 今まさに宗平が思っていることだった。

「でもね、じゃあ、どういう相手なら心海に相応しいのかって考えたの」

「そりゃあ、稼ぎのある男で優しくて包容力があって・・・だろう」

「そうね。でもね、私が出した結論は心海が幸せでいられる人だってことなのよ」

「だから、稼ぎがある男ってことじゃないのか」

「だから・・・それが間違っているのよ」

「どうしてだ?」

「今時、専業主婦になるわけでもないし・・・、あら、この言い方もまずいわね。心海が専業主婦になりたいのなら、稼ぎのある人が第一条件かもしれないけれど、そうでもなさそうだし、今は自分がバリバリ働けばパートナーに稼ぎは求めないでいいのだから」

「まずいって、何が?」

「今の私の言い方だと、専業主婦を認めない言い方になるじゃない。私は子どもたちが専業主婦になりたいって言っても反対はしないつもりよ。ただ、その場合は条件が増えるわけだし、相手次第だからリスクがあることは伝えるつもりだけれど」

「そうなのか?何だかまずい言い方が増えたな」

 宗平はしみじみ言っていた。多様性が叫ばれ、セクハラやパワハラもすぐに取り上げられる。言い方一つで誰かを傷つけることにもなり、今までの価値観が覆されるばかりだった。

「稼ぎがあるないなんて、関係ないのよ。それよりも大事なことは生きる力があるかってことなのよ」

「生きる力?それこそ稼ぎのことだろう」

「勿論そうだけれど、それだけではないでしょう。かりに大手有名会社に勤めている人なら安心かというと、そうではないはずよ。そんな肩書に惑わされるのではなくて、何か事が起こってもしぶとく生き続ける力があることが重要じゃないかしら」

「そうかもしれないが、世間の目というものがあるだろう」

「世間の目?それが何よ」

 吐き捨てるように言う聡子だった。

「世間の目は世間の目だろう」

「だから、その世間の目が何だというのよ。そんなこと気にしていたら、生きていけないじゃない」

「田舎で暮らしているのに、よくそんなことが言えるな」

「田舎に暮らしているからこそ、そう言えるのよ」

 何を言っているのか意味が分からない宗平だった。

「田舎で生きる鉄則はね、人は色々だってことを知っていることなの」

「色々?」

「そう、だから不思議とLGBTQのことだって、そうなのだって受け止めるのよ」

「そうなのか?そんな人間は認めない、とはならないわけか」

「そうよ。そういう人や地域もあるのかもしれないけれど、私の周りではそういうことを言う人はいないわね」

「そうなのか?」

「そうよ。おばあちゃんたちだって、そういうものだって知っているもの」

「そういうもの?」

「最初は驚くけれども、人には色々な好みもあれば、生き方もあるってことよ」

「・・・・・・」

 宗平には返す言葉が無くなっていた。

「嫌いがあっても、違いがあってもお互いがそこにいてもいいと知っているのよ。そう思わないと生きていけないというのもあるけれどね」

宗平には聡子が眩しすぎた。食事の間中一度も直視することができないままだった。

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