第5話 秘密の家族②

「さっきのおばさん、とってもいい人ね。あなたの妹さん?」

 茉優の笑顔は宗平が呆れるほど無邪気だった。

「えっ、ああ、何か話をしたのか?」

 宗平は自分の笑顔が引き攣っていることを嫌というほど自覚していた。

「私たちが家に入れずに困っているのを遠くから見つけてくれて駆け付けてくれたのよ。『宗平さんの会社の人?』って聞くから、面倒だったので『そうです』って答えちゃった。そしたら合鍵を家に取りに行ってくれて開けてくれたの。そこにあなたが来たからちゃんと話をしたとは言えないわね」

「そう、良かった」

 宗平は小声で言った。

「えっ、何?」

「いいや、俺が来るのが早くて良かったなって」

「そうね。あら、冷蔵庫にビールしかないの?」

 部屋を歩きながら物色していた茉優が冷蔵庫を開けて言った。

「ああ、じゃあ、買い物に行ってくるよ。必要なものを教えて」

とにかくこの場から早く離れたいと思った。まずは一人になって頭を冷静にしないと、修羅場をより大きくしてしまうことは明らかだった。

「私も行きたいけれど、今は一緒には行けないものね。ちょっと待っていて」


 宗平は再び買い物に出ることになった。車を運転しながら、聡子への言い訳をあれこれ考えていた。そして、玄太の愛人ということにしようと思いつく。それなら頼まれて相手をしているということの言い訳にもなるし、玄太が来られなくても不振がられることはないはずだと思った。そう結論付けると、宗平はひとまず安堵していた。


「仕事部屋の女の人、きれいな人ね」

 次女の七海が夕食を食べながら唐突に言い出した。

「本当ね。やっぱり東京の人は違うわね」

「あら、私も会いたかったわ。いつまでいるの?」

 聡子の言葉に母が反応してきた。

「うん、しばらくは滞在するって言っていたよ。でも、二週間は外出しないで誰にも会わないようだから」

「お父さんはどこで仕事をするの?」

「仕事部屋だよ。どうしてだ?」

「だって、家族じゃない人がいたら邪魔じゃないの?」

「あら、会社の人だから家族のようなものよねえ」

 聡子に言われて頷く宗平だったが胸の鼓動が早くなるのを抑えられないでいた。

「そうだ、あの人は会社の人の家族だから、正式には会社の人じゃないかな」

「あら、そうなの?」

「ああ、でも、あそこは二階建てだし、俺が仕事の時は二階にいてもらうから、問題ないよ」

 会話はすぐに別の話題へと飛んでいた。


 夕食がすみ、母と七海が自室に籠った後、聡子と二人きりになったところで、さっきの思い付きを話した。

「あの人は玄太の愛人と子どもなんだ。だけれども俺しか知らない話だから他言しないでくれよな」

「あら、そうなのね。やっぱりねえ、そんなことじゃないかと思ったわよ」

「えっ、どうして?」

「だって何だか普通のお母さんとは違ったもの。何だか訳ありのような」

「訳あり?」

「そう、普通に結婚している人とは違う匂いがしたわね」

「匂い?」

「ええ、私にはピンときたの」

「ピンと?」

「まあ、でもあまり詮索しないようにしないとね。そうだわ、しばらくは家から出ないでしょうけど、ご近所にも誰かいることがバレないようにしないとね」

「そうだな」

「今日もねえ、東京からのお客様はしばらく断ろうってことで婦人会でも話が出たところなのよ」

「こんな時期に婦人会が開かれるってのも、何だなあ・・・」

「大丈夫よ、広い会場だったから密にはならなかったし、ちゃんと換気はしていたもの」

 余計なことを言ってしまったと後悔したが、話が別の方向にいく結果となり、ホッとする宗平だった。


「ねえ、やっぱりご家族には私たちのことを何も話していないのね」

 翌朝、顔を合わせた茉優は開口一番に言ってきた。

「ああ、すまない」

「いいえ、良かったって思って」

「良かった?」

「だって、田舎のお嫁さんとしてこき使われたら困るもの。ここではお客様でいたいから」

「そうなの?」

 何だか宗平は気が抜けてしまった。茉優が宗平の実家に挨拶に行くと言い出さないかと、心配していたからだ。

「あのさあ、玄太の愛人ということにしてあるから」

「あら、そう。それいいわねえ」

「海斗がパパって呼ぶのも、それで誤魔化せるわね。あなたと君島社長はよく似ているし、君島社長は忙しいから、あなたの方に懐いているってことにすればいいのだから」

 何だか怖いくらい宗平の思い通りに事が運んでいくのだった。

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