Seg 59 ハルのおとずれ -03-

 数日後。

 ユウは、ミサギに連れられ再び緇井くろい事務所をおとずれていた。

 訪問ほうもん内容は、先日の依頼いらいに対する報告書類のとどだが、ユウはアスカと共に謝罪だった。


「……ごめいわくを、おかけしました……」


 緇井くろいの前で、深々と頭を下げる。

 ミサギに、アラミタマを前にした自身の様子を知らされ、自分がいかに軽率けいそつな行動をしたのか思い知ったユウ。もう訳無わけなさで、土下座どげざをする勢いだ。


魔法士まほうしは常に危険きけんとなわせだ。何が起こるかわからないから今後気をつける事だ」

 きびしい言葉を送りつつも、ユウを見るは穏やかである。

 

「今回、君が無事で何よりだ」

 下げた頭をやさしい手ででる。

 それだけで、むねけられるように苦しく、熱くなった。


 緇井くろいは、須奈媛すなひめも大事なさそうだなと、安心した言葉をかける。すると、椅子いすをギシギシと鳴らしていたかれはおとなしくなった。


ぼくがもっと周囲の魔力まりょくに注意をしていれば、みんなを危険きけんさらさなくてんだんだ……ごめん」


 今回、仕事の邪魔じゃまをしない約束での見学だった。


 アラミタマの強い魔力まりょくにあてられただけとはいえ、下手へたをすれば全員が命を落としていたかもしれない。

 結果的に依頼いらいは達成したものの、妨害ぼうがいをしてしまった事で、ユウとアスカはミサギから大目玉を食らってしまったのだ。


 かろうじて言霊ことだまによる精神攻撃こうげきまぬがれたものの、ほか魔法士まほうしの仕事の見学は二度とするなと禁止されてしまった。


 しょぼくれたユウとアスカが、トボトボと木戸のかげかくれるようにさがる。


 視線しせんを落としていたユウは、ミサギと緇井くろいが報告書のわたしがてら、何かむずかしい話をしているのを横目に、ふと顔を上げた。


 おく部屋へやへタオルと洗面器せんめんきを運ぶ吉之丸よしのまるが見える。


「……気になる?」

「うわっ!?」


 アスカが耳元でささやいた。


 先程さきほどまでのしおれていた顔はどこへやら。ユウを好奇心こうきしんうずみたいとかがやはじめている。


「君は気を失っていたから知らないよね。あの日、怪我人けがにんを保護したんだよ」

 ちょうどいい、とアスカは緇井くろいとミサギにって入り、少し話をしてすぐもどってきた。


「ユウ君もおいで。良かったら包帯のえとか手伝てつだってほしいんだ」

 と、返事をする前にユウを引っ張って吉之丸よしのまるの後を追った。


 仮眠かみん室にも見えるこぢんまりとした部屋へやには、ベッドが一つ。そこには、少年がかされていた。


 見た瞬間しゅんかん、ユウの心臓しんぞうが強く脈打った。


「!?」

 突然とつぜん鼓動こどうおどろく。あまりに大きくはげしくひびいた音にアスカを見るが、気づいていない。


怪我けがの具合はどうかな? だいぶ良くなってるって聞いたけど?」

 かれが声をかけると、吉之丸よしのまるは、少年の身体をタオルできながら言う。

須奈媛すなひめさんのおかげッスよ。あんだけ血を流してたのに、一回の輸血だけでもう安定したッス」

 つきっきりだったのか、声に元気がない。


右腕みぎうでと顔の怪我けがのぞけば、あとは栄養をつけて意識の回復を待つばかりッスね」

 言いつつ、点滴てんてきの管を見上げる。少年の左腕ひだりうでからびる先には、栄養ざいつながっていた。


 ユウは少年を見る。

 初めて見る顔だ。


 包帯が顔半分をおおかくすほどかれている。右腕みぎうでうでまでしか無く、代わりに包帯がぎっちりかれていた。

 アスカも吉之丸よしのまるも、保護したという怪我人けがにんの手当てをしているだけだというのに、ユウは言いようのないむなさわぎがおさまらなかった。


 慣れた手つきでテキパキと処置しょちませながら、えたガーゼや包帯を放っていくアスカ。後を追って、次々と拾い上げていく吉之丸よしのまる


 ユウはただ見ているしかできなかった。


「気分悪そうッスよ? ……なんなら、休んでた方がいいッスよ」

 吉之丸よしのまるが、椅子いすを差し出しながら心配そうに言う。

「ううん、大丈夫だいじょうぶで……って、顔さお! 大丈夫だいじょうぶ!?」

 言った本人が青い顔をしていて、逆にユウが心配の悲鳴をあげた。


「おーい、包帯てるからゴミ箱ちょーだい」

 アスカの指示に、吉之丸よしのまるは元気のない返事をしてフラフラと歩いていく。


 それにしても、とユウは居心地いごこち悪そうに周囲を見た。


 理由もわからないまま、だんだん早鐘はやがねで打つ心臓しんぞうに、気持ちまでざわめく。


 ピシリ


 だれも気づかない、持ち主のユウでさえ聞こえないほどの音で、まもりの石に亀裂きれつが入った。


 寒いわけでもないのに手の、身体のふるえが止まらない。暑いわけでもないのにあせが流れ出る。

 視界しかいがぐらぐらして、見たくもないものまで見え出した。


 黒いかげえたあぎと、血のようにあか双眸そうぼう見据みすえてくる。


 そう、これはまるで――


「……アヤカシ」


 ユウがつぶやいた刹那せつな


「あ、気がついた!」

 アスカがうれしそうな声をあげる。少年が意識をもどしたようだ。

 むくりと起き上がり、途端とたんにキョロキョロと辺りを見回す。


「ここは緇井くろい事務所だよ。君、大怪我おおけがをしてたんだよ?」

 アスカが状況じょうきょうを説明するが、本人は聞いていない様子だ。

 何かをさがすように鼻をヒクつかせ、ユウを見つけた途端とたん


「るぐぉぉ……」


 うなごえをあげてきばいた。ヒトと思えぬ長くするどい犬歯。隙間すきまからはえたよだれがれる。


 オオーウァアーォォ……


 少年の発した遠吠とおぼえは、やがてあやしい旋律せんりつかなはじめる。


 ◆ ◆ ◆

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