Seg 48 学び勉めて睡る刻 -01-

「はぁ~い♪

 ではでは、お勉強の時間はじまりはじまり~♪」


 カミノヨ作戦が発令されてから数日。

 須奈媛すなひめアスカは、ミサギの屋敷やしきで講義の開始を宣言せんげんした。


「今回はお話だけでなく、実践じっせん・実益・研究・研修をねたアヤカシ特別講座こうざ

 わーいやったね! お得だよ~♪

 場所は、ミサギ君の屋敷やしき、特別学習室からおとどけしま~す」

 ぐそばを飛んでいるドローンからファンファーレが流れる。


 自身の研究の記録もねているのだろう、ドローンはカメラも搭載とうさいしていて、逐一ちくいち様子を録画していた。

 アスカは、講義の先生としてユウに特別講座こうざを設けたのだ。


 個人の部屋へやとは思えないだだっ広い空間に、大学の講義に使われる椅子いすつくえがずらりとならぶ。

 後方までしっかり声がとどくようスピーカーも備えられ、電子黒板がでかでかと教壇きょうだんとともに鎮座ちんざする。

 最前列のつくえに二つ置かれたタブレットが、生徒は二人ふたりいるということを示していた。


 子供こどもが学ぶ場所としては、無駄むだ豪華ごうか立派りっぱである。

 おまけに、学ランに着替きがえさせられたユウ。いで同席するみっちゃんも、学生服——なぜかセーラ服姿すがたになっていた。


 当然、すべて木戸が用意したものだ。

「ここまでする必要あるの?」

「ユウ様がお学びになるのであれば、これくらいは当然です」

 かれ至極しごく真面目まじめに答えた。

「ああ、もうわけありません。大切なものをわすれておりました」

 そう言って、二人ふたり胸元むなもとに『ユウ』『ミシェ子』と書かれた名札を付けた。


「なんやねん、ミシェ子てっ!」


 お約束のツッコミをわすれないみっちゃん。


 一方、その様子を遠くから見ていたミサギは不貞腐ふてくされていた。

 ようやく仕事が落ち着き、ユウに魔法士まほうしとしての指導を始めようとした矢先のこの講義。

 アスカに役割やくわりをとられてしまった。


「あのねミサギ君。ぼくができるのは知識面を教えることだけだから。戦闘せんとう技術は最初から君にお願いするつもりだから。ほら、適材適所、ね!」

 アスカが周りをチョロチョロしながらなだめているものの、かれ機嫌きげんがなおることはなく、


「知らないよ。仕事入ったし、行ってくる」

 ぷいっと出かけてしまった。


「あの、ミサギさ――」

 ユウはあわてて追いかけたが、められたとびらを開くと、そこにはもうだれもいなかった。


 残り散った花びらを見て、木戸の能力でとびらの向こうへ行ってしまったのだと知る。


 アスカがポンとかたに手を置く。

「君が気にする必要ないよ。あれはいつもの事なんだから」

「だけど……」

「せやせや。なんだったら、帰ってきたときに『ミサギどん先生教えて~』言うたらええねん」


 ユウは、モヤモヤした不安をぬぐいきれないまま、廊下ろうかまどを見る。


 今日きょう屋敷やしきのある空間は晴天、あたたかな日和ひよりである。


 ◆ ◆ ◆


「そいじゃあ改めまして!」

 アスカは両手をパンッとたたいて仕切り直す。

「アヤカシについて、基本的なことから国軍しか知らない あんな事こんな事を特別公開~!」


 アスカは、電子黒板にデカデカとタイトルをうつしコールする。学校の授業……と、いうより動画配信のノリである。


『よろしくお願いします!』


 生徒のユウとみっちゃんがそろって礼をする。

「うむ♪ 良い返事!」

 アスカは、電子黒板をコンコンとタップし、『アヤカシといえば?』という項目こうもくを表示する。


「では早速さっそく。アヤカシといえば、どんなものかな? イメージでいいので、知ってる事を言ってみてくださーい」


「目が赤い」

「機械がこわれてまう」

「うんうん、いいよいいよ♪ どんどん言って!」


 アスカは楽しそうに催促さいそくする。


「人に見えへん」

「とにかくおそってくる」

「うんうん♪」


特殊とくしゅ武器でないとたおせへん」

「人を食おうとする」

「うん……?」


「集団でおそってきてかげの中にきずりもうとする。赤い目がいっぱいでキモい! 口でかすぎ! ときどきくさい!! よだれがきたないっ!! とにかく大っきらい!!」


「……」


「うん……率直そっちょくな意見、ありがとうね、ユウ君」

 みっちゃんが、少しなみだぐんでいるユウを元気づけるようにやさしくでた。


「……気を取り直して、基本中の基本からいこうか。

 まず、アヤカシとは、漢字で書くとこのよーになりまーす」

 アスカが電子黒板をコンコンと軽くタップすると、二人ふたりのタブレットに、「よう」「かい」「魅」の文字が表示される。


「昔は、妖怪ようかい魑魅魍魎ちみもうりょう魔物まもの怪物かいぶつ……とが分かれていました。ですが今は、これらすべて『ヒトならざるモノ』として、ひっくるめてアヤカシと言っています」


「はーい、せんせぇ」


 低い声を無理やり裏返うらがえして、みっちゃんが手を挙げる。


「はいそこの……キモいよミシェ子」

「アヤカシはぁ、なぁんで人に見えないんですかぁ~?」

 しゃべり方まで女子になりきっている。


 アスカは、心底気持ち悪いものを見てしまったと顔をそむけた。


単純たんじゅんな事だよ。見るための力が足りないんだ」

 アスカは、黒板に表示した人体に、電子ペンで赤くバツを記す。

「人の身体は、魔力まりょくを生み出すのもめるのにも適していない造りになっている。残念なことに、そのからくりはまだ解明できていない。

 魔法士まほうしたちは、何らかの変異へんいがあって魔力まりょくを生み出す、もしくはめられる身体になっているんだと推測すいそくはできるんだけど、これもまた解明できてないんだ」


「ほなら、妖魅呼よみこは?」

「うん、それなんだけど、妖魅呼よみこって、ぼくの知る限りじゃミサギ君とユウ君だけなんだよ。そんでもって、ミサギ君はあんな性格だから研究には非協力的で、実を言うとなにもわかんないってのが実情」


 ああ、とみっちゃんは納得なっとくする。

「ユウ君が協力できたらいいんだけど、さすがにお上から強く止められちゃってね~」


 言いながら、チラとユウを見る。

 ユウは、うつむいてジッとタブレットを見つめていた。何か思うところがある様子だ。


 溜息ためいきをつき、それから、とアスカは黒板をタップする。

 うつされたのは、宝玉ほうぎょく


 アスカも一緒いっしょに写っていて、大きさがわかるよう手のひらを広げて持っている。一見するとあらけずられた丸い宝石ほうせきだ。

魔法士まほうしでの常識。アヤカシの弱点は『目』とばれるかく。これが命ともいえるもので、こわせばアヤカシも消える」

 アスカがタップするごとに、かく破壊はかいされ、アヤカシが消える様がイラストで紙芝居かみしばいのようにうつされる。

 だが、簡単かんたんなストーリーさえも、ミミズがのたうち回ったつたないイラストの前では何も伝わらなかった。


「『目』のある場所って決まっとるん?」


「個体差によるけれど、大体が身体の中央部分、特に背部はいぶかくしている。これは、今までの情報統計で確認かくにんみだよ」

「ほうほう」


「アヤカシは『目』を破壊はかいすれば消える。これは間違まちがいない。けど――」

 アスカは黒板を強く小突こづく。


「アヤカシ退治の方法としては間違まちがいです!」


「ええええっ!?」

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