Seg 49 学び勉めて睡る刻 -02-

 みっちゃんが驚愕きょうがくの声を上げる。

 今まで常識と思われた退治方法をひっくり返されたのだ、当然の衝撃しょうげきである。


「『目』の破壊はかいによるアヤカシの消失は、増殖ぞうしょくのための一時的なものにすぎないんだ。時間がつと、増殖ぞうしょくして復活する事が確認かくにんされている」


「え、じゃあ、今までたおしてきたアヤカシは――?」

「うん、まとめて復活してせるかもね」

 最悪の事態をおもかべ、おそおそたずねると、アスカがズバッと言いきった。


「いやマズイやろそれ! つか、なんで周知せぇへんねんっ!」

「だって意味ないんだもん」

「はあっ!? なんでやねんっ! 知らんとだれも対応でけへんやん!」

「だーかーら、周知しても意味ない人ばかりなんだって! それって、やるだけ時間の無駄むだでしょ?」

 言っている意味がめず、アスカに不満な顔を向ける。しかしその顔を見てもなお、かれは無意味だと首を横にる。


「永続的にアヤカシをめっするなら、封印ふういんか完全消滅しょうめつさせなきゃダメなんだよ。今現在、この国でそれができると確定しているのは、たった一人ひとりだけなの」


 魔力まりょくの大量ばく、粉砕ふんさい方法、熱量破壊はかい、思いつく限りの方法で『目』の消滅しょうめつを試みたが、時間差はあれどアヤカシは復活した。


 アスカの実験は、すべて失敗に終わっている。

 逆をいえば、完全消滅しょうめつができるのは、それだけずばけた才能と力を持つ逸材いつざいだと証明しているのだ。


 みとめざるを得ない。

 研究者として、これほど不満の残る研究結果はない。


 アスカは不満気にうなずいた。


ぼくもいろいろためしたけど、今のところ『目』を完全消滅しょうめつできるのは、言霊ことだまづかいのミサギ君だけだ」

封印ふういんは? 封印ふういんやったらできるヤツおるんやないん?」

「そーだなー……」


 ブツブツ言いながら、黒板をタップし続けるアスカ。

 いくつかのグラフや数値すうちの表をスルーして、最後に魔法士まほうしとして登録されている人物がズラリと表示された。

「ここだけの話、この一般いっぱんに公表されている一覧いちらんにはまだ掲載けいさいされていないこう目があるんだ」


 ガリリッとポップキャンディをみしめる。

「それがアヤカシの討伐とうばつ方法。報告を見る限り、アヤカシの封印ふういんができそうな人は一人ひとり二人ふたりいるんだよ。だけど――」

「だけど?」


ぼく封印ふういんは実際に見た事がないからよくわかんない♪」

 てへぺろっと舌を出すアスカ。

 みっちゃんが盛大せいだいに転んだのは言うまでもない。


「あ、あとアヤカシについてわかっていることといえば、鳴き声! 小さくて弱いアヤカシは、見た目通りの鳴き声なんだけど、アラミタマみたく大きく強い存在そんざいは、見た目の鳴き声のほかに、囃子詞はやしことばのような音を出すことが確認かくにんできたんだ!」


「落ち着けっ……きたないやろが!」

 アスカはどんどん鼻息をあらくして話すものだから、くだいたキャンディがあちこちに飛んでいった。

 みっちゃんが注意しても止まらない。


「これはミサギ君が戦った、サルやイヌのアラミタマからわかった事だよ。波長を調べてはみたんだけど、囃子詞はやしことばから感情や意思を読み取ることはできなかったんだ。けど、もしかしたら別の意味があるのかもしれない!

 ……と、これが現段階だんかいのアヤカシについてわかっている情報」


 一人ひとり興奮こうふんとキャンディをらして話し終えたあと、かたで息をしつつ生徒二人ふたりに向き直る。

「はい、ここまでで質問のあるひと~」


「は~い、せんせえ」


 再びみっちゃんが挙手する。


「ユウ君が居眠いねむりしてま~す」


「……え?」

 タブレットに視線しせんを落とし、微動びどうだにせず集中しているのかと思いきや。

 よく見ると、寝息ねいきも静かなまま、ユウは熟睡じゅくすいしていた。

 口からはよだれのたきが落ち、タブレットという滝壺たきつぼまっていく。


「う~わ、見事な爆睡ばくすい~」

「ユウどん、おーい!」

 さすがに見かねたみっちゃんが、苦笑くしょうしながらかたする。と、アスカがそれを止める。


「これはいいかも♪ ちょっとそのままにしてて」


 アスカは、背後はいごに手をやり何やら機械を取り出す。背中せなかにはかばんもポケットもなかったはずだが――。

 片手かたてには突起物とっきぶつが二つついたヘアバンド。もう片手かたてには洗濯せんたくばさみの形をしたモニター。


 それぞれの機械を素早すばやくユウの頭と指先に取り付けると、ワクワク楽しそうな表情で、


「スイッチ、オン♪」


 小さなリモコンのボタンをした。


「えばばばばばっ!」


 電流がユウの身体をめぐり、稲光いなびかりが周囲にまで飛び散って暴れまわる。


「ユウどーん!?」

「だ、だいじょぶだよ! ……たぶん」

 予想以上の電流の強さに、さすがのアスカも引いてしまった。


 電流は数秒おきに流れ、そのたびにユウは洗礼せんれいに身を強張こわばらせた。


 爆睡ばくすいが気絶へと変わって数十分後。


 講義室の椅子いすならべた上に横たわり、二人ふたりが見守る中ようやくユウは目覚めた。


「あれ……? ボク……」

「お、おはようユウ君」

「はい……えっと……?」


 ぼけた頭に手をやると、二本の角がついたヘアバンドを付けていた。

「ん? なに、コレ?」

「あーっと、君、話の途中とちゅう居眠いねむりをしちゃったんだよ」

 『居眠いねむり』を強調するアスカ。言われた本人は、まだぼんやりとしている。


 アスカはじっとユウを見た。

「ねえ、ユウ君……アヤカシの『目』は破壊はかいするとどうなるか、説明できるかな?」


 突然とつぜんの質問。しかしユウは、ぼうっとしたまま、

「『目』の破壊はかいによるアヤカシの消失は、増殖ぞうしょくのための一時的なものにすぎないんだ。時間がつと、増殖ぞうしょくして――」


 先ほどアスカが説明し、ユウが居眠いねむりしてのがしたであろう内容である。一字一句たがわずアスカの発言であった。


 ひととおり話し終わると、ユウは「なんでこんなの知ってるんだ?」とぼけた口でんだ。


睡眠すいみん学習法、導入成功♪」

「マジかいなっ! うっそマジかいな!」

 みっちゃんがおどろきの声を上げる。

「感受性が結構強くないとできないんだけど、ユウ君はバッチリだね♪ よかった、これなら毎日講義しなくても、てる間に全部暗記できるよ」


「毎回あんな電気拷問ごうもんらわす気かっ!?」

「まさか。そんな無慈悲むじひな事はしないよ♪ ちゃんと改良しておくから大丈夫だいじょうぶ!」

 うれしそうに改良計画を練るかれに、みっちゃんはあきれた表情をする。


「……なあ、らくしようとしてへんか?」

「そんな事ないよ。ただ、ぼくだっていそがしい身なんだ。情報をすべて記録してまくら仕込しこんでおくからさ、進捗しんちょく報告をたのむよ」


「うわぁ……めっさ面倒事めんどうごとけられた気分やぁ……」

「そう言わずに♪ ユウ君、すぐにでも実技させないと、ミサギ君も機嫌きげんなおんないじゃん? これなら明日あしたから実技だってできるじゃん?」

 アスカは、ユウに向き直り取り付けた機械を回収かいしゅうする。


「そんじゃ、早速さっそくミサギ君に連絡れんらくして実技の日程調整を始めよう! 明日あしたまた来るよ。じゃね♪」

 矢継やつばやに言うと、みっちゃんとぼんやりユウを置いてさっさと出て行ってしまった。


 その数秒後。


 ガチャリとドアが開いたと思ったら、スタスタとユウの前に笑顔えがおのままもどってくるアスカ。


「これをわたわすれてた」

 ポケットから無造作に取り出されたのは、ブレスレットと腕時計うでどけい

 ブレスレットは、手作りのミサンガだろうか。深いマリンブルーにめられた麻糸あさいとに、真珠しんじゅのようなつやのある小さなビーズがまれている。


 一方、腕時計うでどけいは最新型のスマートウォッチで、こちらも特別製なのだと、メタルブルーのバンド部分に犬をしたトライバル模様もよう刻印こくいんが主張していた。


普段ふだん市販しはんされてるスマートウォッチと同じように使えるよ。アヤカシと接触せっしょくすると検知して、その情報をボクに送信するよう仕込しこんである。おまけに、ぼくがこれまで集めたアヤカシの情報も確認かくにんできるよ。まあ、刻印こくいんがかっこ悪いのは我慢がまんして。ぼくの所属してるトコのマークで消せなかったんだ」


「ふわあ、すっごい! まるでアヤカシ図鑑ずかんみたいだ!」

「ユウどん、そのセリフ、ギリギリやな」

「え? 何が?」

「何でもあらへん」


「うーん、似てるけど厳密げんみつには……まあいっか、そんな感じ」

 言って、アスカはユウの手首に巻いた。


「ブレスレットの方は、ぼくが研究して編み出した特製の御守おまもり。ユウ君をイメージして作ってみたんだ」

「ボクを?」

「そう! 海のように深くんでいて、おだやかな色。イメージって、結構大事なんだよ。ヒトの本質や、それに近い性質が備わりやすくなるんだ。だから、大切に感じるようになる。きっとはげしい戦いでもえて君を守るよ」


 自身のかみの事を言われたのを察し、ユウは複雑な表情になる。


「そいじゃ、今度こそバイバーイ♪」

 手をって、アスカはきびすを返す。

「あの! ありがとうございますっ!」


 ユウはかれた腕時計うでどけいを見て、ふと気づく。

「あれ? アヤカシに関係することって、機械じゃ文字化けするんじゃ……?」

 そのつぶやきに、アスカはかえらずにこぶしかかげる。

ぼくだれだと思ってんの? そんなの秒で解決するよ!」


 アスカの声は、自信にあふれていた。

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