Seg 44 イヅナ〜魔法特務機関・飯綱動力監理院〜 -01-

 イヅナの部屋へやは、なんと国会議事堂の中央階段かいだん裏手うらてであった。にもかかわらず、だれもその場所を知らないという。

 ミサギと木戸がほどこした隠遮いんしゃ魔法まほうがかけられているからであった。その場所に行こうとしても、招かれざる者は迷ってしまい、たどり着くことはできない仕掛しかけだ。


 おかげで、存在そんざいしつつも居所がつかめない飯綱いいづな動力監理かんり院は、都市伝説となり、そのえで一員であるミサギも、気をけば迷ってしまうハメとなったのだ。


 着いてみれば、なんの変哲へんてつもない木製のとびら

 中に入れば、まどもない、こわれかけの蛍光灯けいこうとう数基がたよりの暗い部屋へやがあった。


 需要じゅよう激減げきげんし、アンティークしかなくなった本棚ほんだな

 今時めずらしい、紙製の書類が文字通りの山を築き上げている。土台は、これまたアンティークなかざりが立派りっぱ書斎しょさいづくえだ。

 いたって簡素かんそ部屋へや――いや、物置とんでも遜色そんしょくのないほど、せまく暗く窮屈きゅうくつした空間だ。


「やあ、やっと来たね」

 バサバサと書類の束をくずし、ひょっこりと顔を出したのは、手持ても無沙汰ぶさたづるを持った男性。


 ユウにとっては初めての、ミサギにはいやというほどわせている顔である。


 焦茶こげちゃかみ年齢ねんれい示唆しさするかのような口元の小さなしわ。それとは対照に、少年の感覚がけきっていない笑顔えがおわかさを見せている。


 ミサギよりも上背うわぜいがあり、細身ながらも

 黒のニットジャケットとベージュのチノパン、ベルトとくつもジャケットと色を合わせ、全体的にまった印象を持たせている。


 今がトレンドとニュースでも特集をしていたビジネスカジュアルをイメージしたのだろうが、正直なところ、部屋へやしつらえと全くあっていない。


「なあなあこれ、いいだろー。大人おとなコーデだろ~。うちのむすめが選んでくれたんだぞ」

 発言もデレデレとしたむすめ自慢じまんで、大人おとなにしてはちょっとたよりない。


 ユウは、大人おとな魅力みりょくが台無しになった瞬間しゅんかんを見てしまった。

薄暗うすぐらいなかで、家族自慢じまんしないでください」


「そう言うなよ。君こそ、来るのがおくれるなんてめずらしいじゃないか。だれかにからまれても、自慢じまん毒舌どくぜつ瞬殺しゅんさつ秒殺辞職に追いやってくるのに」


 あっけらかんと言い返され、ミサギは苛立いらだちに大きくため息をつく。

「早くてほしいなら、いい加減ここの術の改良をしていただけませんか。毎回毎回、術をかいくぐるのは面倒めんどうです」

 揶揄やゆする言葉に不満をぶつける。

 けれど、かれは悪びれた様子もなくやれやれとかたをすくめる。


「仕方ないだろう。あいつらがアヤカシ案件を後回しにするから、監視かんししてないといけないんだ。当分は動けないよ。てか、もしかして迷ったの?」


「……」

 かれ不機嫌ふきげん顔で視線しせんらす。そのとき、思わず見た子供こどもにフウガは気づいた。


「ふぅむ……君が術にひっかかっちゃたのかなあ?」

 言って、意地悪そうな視線しせんをユウに投げかける。

「……え?」


だれ一人ひとりでもまどわされると、全員が迷子まいごになっちゃうんだよね~」

 粘着ねんちゃく質な口調は、子供こどもを泣かすのに十分すぎる効果があったようだ。

 ゆっくりとミサギたちをかえるユウ。その顔はもうわけなさげで今にも泣きそうだ。

「……ボクのせいで迷子まいごに……ごめんなさい」


「君のせいじゃない」

「せやせや! 気にせんでええよ!」

「でも……!」


「謝罪ならこの男にさせよう」

 ミサギは、ズカズカとづるをもっている男に歩み寄りむなぐらをつかんだ。


「ちょちょちょちょーい! ごめん! 泣かすつもりじゃなかったんだ!」

「だったら泣かさないでくださいよ。それに、あやまる相手はぼくじゃないでしょう?」

 言って、乱暴らんぼうにユウの前へ男をした。


 男はすまなそうに頭をき、

「すまなかったね。いや、ホントに悪気はなかったんだ。完璧かんぺきな術式なんてできる人間がいないから仕方ないことなんだよ。君が気にすることじゃない」

 それから居住まいを正し、にっこりと笑う。


「ようこそ、飯綱いいづな動力監理かんり院へ。

 わたしは室長の総領寺フウガだ。よろしくね、春日かすがユウ君」


「は、はい、よろしくお願いします……」

 なみだと鼻水を、目の前に出されたハンカチですすって、ペコリと頭を下げる。

 それが、みっちゃんのワイシャツだと気づいた者は、はたしていたのかどうか。そも、だれが差し出したのか。


「ユウ君、とんでいいかな?」

「はい……あの、どうしてボクの名前……?」

 不思議そうにたずねると、かれはにっこりと笑う。


「君の事は、業務上必要最低限の項目こうもくで調査させてもらっている。情報は鮮度せんどが命だからね」

 総領寺は自慢じまんげにむねを張る。


「うちの情報網じょうほうもうちょう優秀ゆうしゅうだからね。国家予算からとある大臣の寝言ねごとまで、知らない情報はないからね~」


 声は前方からしたはずなのに、かれ姿すがたはユウの背後はいごにあった。

「?」

「あ、今度は先にあやまっとくよ、ごめんね」

「!?」

 その意味を知ったのは直後だった。


 総領寺の手が挙がるのを視覚しかく認識にんしきする。瞬間しゅんかん、それはユウの眼前にあった。

 掌底しょうていが、のけぞるユウの真上をく。


 意図しての行動ではなかった。ただ、危険きけんだという本能のみがユウの身体をうごかしていた。


「え? なんで急に?」

「ほぉ……やるなあ」

 今度は手刀がおそいかかる。素早すばやさも殺気も異常いじょうだ。人並ひとなみどころかケタ外れすぎて、人の形をした恐怖きょうふかたまりを相手にしているようだ。

 そしてユウの問いに答えはなく、本気で殺しにかかろうとするばかりだ。


 こわい、こわい、こわい。


 胸中きょうちゅうを一つの感情がくす。どんどんにじて、体中がまっていく。

 しかし感情とは裏腹うらはらに、ことごと攻撃こうげきけていく。

「!?」

「ユウどん、すごいやん……!」


「え? えっ?」


 おどろいていたのは、周囲どころかユウ自身もであった。


「なんでボクけるのできてるのぉっ!?」


『こっちが聞きたいわっ!』


 一斉いっせいにツッコミが入る。

 攻撃こうげきしている総領寺も思わずさけんでいた。


 理由はわからないが、相手は本気だ。いくらケガをしても平気とはいえ限界だってある。

 しかも、的確に急所をねらってきている。

 油断すれば、一瞬いっしゅん心臓しんぞうつらぬかれてユウの生命はきるだろう。


 だがどうだ。

 不思議がっていたユウの表情は、だんだんと嬉々ききとしたものに変化しているではないか。


 子供こどもが喜びに満ちた顔で攻撃こうげきかわしていく。

 そんな状況じょうきょうだれが理解できようか。


 生きるか死ぬかの極限までまれ、神経をすべて目の前の攻撃こうげきに投じ、まされていく感覚に気持ちが昂揚こうようけあがっていく。

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