Seg 43 イヅナ〜都市伝説の囁き〜 -02-

 そのまま、撃沈げきちんした議員たちのわきをとおけようとする。

 しかし、スマイル攻撃こうげきいた猛者もさ議員か残っており、に行く手をさえぎられた。


 ミサギはあくまでにこやかだ。が、はらの底で不機嫌ふきげんえたぎっているのが感じ取れる。

 きには、それすら妖艶ようえんさそう花のかおりのように感じるのだろう。そろって顔を赤らめているのを見て、ユウは気の毒そうな表情になる。


魔法士まほうしとやらも大変ですな」

 きの一人ひとりが言った。

「居もしない相手に向かってお札を投げたり念仏やら唱えなければならないんですよね?」

 おそらく、アヤカシの事だろう。


 先頭の肥えた議員がはらをさする。

「まっこと理解に苦しみますな。おおしかし、最近は須奈媛すなひめとかいう天才科学者のおかげで、存在そんざい証明されたとか。いや失敬しっけい失敬しっけい


 失敬しっけいであると微塵みじんも思っていない発言が、ミサギの不機嫌ふきげんを強火にする。

「どうですかな、その辺をじっくりご教授願えませんかね? 今後の備えのためにも」

 きと秘書ひしょがどっと笑いだす。


 明らかな嘲弄ちょうろうに、白々しいのぉ、とみっちゃんはそしる。


「バカにして――」

「やめちょき」

 ユウがみつきそうな勢いだが、そしった方も我慢がまんしつつ制止する。


 魔法士まほうしという地位は、実際は国軍直属であるため、目の前で笑う議員たちよりはるかに高い。

 しかし、部署ぶしょ階級としては雑用と変わらないほど底辺にいるのだ。


 その葛藤かっとうがあるがゆえあやまった解釈かいしゃくをされていて、おそうやまうと同時にさげすまれる対象であった。

 ミサギにとっては食傷しょくしょうする光景である。


「先ほどもいいましたが、仕事がありますので。失礼します」

 語気を強めてミサギは歩を進める。


「おやおや、それは失礼した」

 見送りざまに、ねちっこい視線しせんを向け、ふとかれの後ろをついていく青いかみに目を止める。


「東条くんはお仕事でおいそがしいようだ。そちらの青いかみの少年、見学案内ならわたしがしてやろう」

「え……?」

 これ見よがしの大きな声。

 ユウは思わずいてしまった。


 標的がユウにわった。いや当然のことかとミサギは眉根まゆねを寄せる。

 肉だるまを、ボーリングのように部下へ転がして行けばよかったと後悔こうかいしたがおそかった。


 肉だるまがユウのかたに手を置く。

「君、東条くんはいそがしいんだよ。代わりにわたしのところへ見学に来ないかね? いろいろ勉強になるぞ」

 あぶらぎったはらを強調するように身を反らし、と返事し来るのが当然といわんばかりにかたをポンポンとたたく。


「え、えーと……」

 ユウは、いそがしいと言われたかれの表情をまともに見れず、あせながしていた。

 辺りの空気がんできたのもあり、身震みぶるいする。


「すみません。あの、ボクは見学じゃなくて――」

「おやおや、遠慮えんりょせんでもいいぞ」

「そうじゃなくて……」

 ユウは、パソカにある魔法士まほうしライセンスの項目こうもくを見せる。


「ボクも魔法士まほうしなんです。ミサギさんのお仕事を手伝てつだうので――」

「まさか! 君も魔法士まほうしだと!?」

 一同がどよめく。


 おどろいたのはユウの方であった。

 というのも、あわてたみっちゃんにライセンスを取り上げられたからだ。


「え、何? 返してよ!」

「あっほぉ! むやみに見せたらアカン!」

「?」


「君ぃ、すごいじゃないか!」

 肉だるま――もとい、肥えた議員が声を張り上げる。

「そのおさなさでライセンスを持つなんて、才能があるんじゃないか? いや、そうだろう! ぜひわたしのところに来なさい。いろいろ教えてあげよう! 才能はかしてこそだ!」

 太く短い議員の手が、ユウを連れて行こうとしたが、あえなく空をく。


 よろめく議員の前に、みっちゃんと木戸、そしてミサギが立っていた。

 みっちゃんと木戸によって、ふわりと引き寄せられ、ミサギのかげへとかくされたユウ。


 三者は三様に議員をにらむ。

 特に恐怖きょうふんだのは、絶対零度のオーラをまとったミサギの表情。

 とてもじゃないが、三人の向こうにかくされたユウに手出しは不可能だ。


 りんとして立ちふさがる美貌びぼうに、たじろぐ議員たち。

「ひっ……」

 全員が恐怖きょうふに顔をひきつらせる。


 ユウの立ち位置からは、ミサギの顔をうかがい知れなかった。だが、かれがどんな形相をしているかは想像に容易たやすかったろう。

 静かにいかるミサギは、

「……失礼します」

 一言だけ放ち、返事も言わせぬままにその場をはなれた。


 それからは、ミサギはユウの手をつかんだまま、無言で歩き続けた。

 ズンズン進んでいくが、大人おとな子供こども歩幅ほはばちがうのは当然である。引っ張られるユウの足は自然とあしとなる。

 後ろをチラと見ると、みっちゃんも木戸も大股おおまたでついてくる。


 ミサギはというと、遠くでユウの声が聞こえてくるのをぼんやり受けながら、ただ続く廊下ろうかを歩いていた。

「……ギさ……ミサギさんっ」

 ユウがさけびに似た声を出して、ようやくミサギはハッとする。

「どうしたのさユウ君?」

 いてもらえ、初めてユウの歩がゆるむ。

「ミサギさん、どこへ行くんですか?」

「どこって、イヅナだよ」


 目的地と現在地に違和感いわかんを感じたユウは、言いにくそうにのどから言葉を引っ張り出す。

「ミサギさん……ここ、花屋です」

「!?」

 言われて初めて気づくかれ

 ずかしさか憤慨ふんがいか。少し顔を赤くしてこまった表情を作り、無言できびすを返す。


「着いたで~♪ ほぉ~、ここがイヅナかいな! 何でもツルツルっとのどしのええ蕎麦そばが食えるっちゅううわさの……」

 今度はみっちゃんが無理やりボケるように指摘してきする。

 これにはミサギの正拳せいけんうなりをあげ、みっちゃんの鳩尾みぞおちにクリーンヒットした。


面倒めんどうな事になったかも……」

「?」

 気を取り直して、イヅナへ向かおうと歩きなれた廊下ろうかを進んでいくが、ミサギの歩く先には煌々こうこうと照らす看板かんばん出迎でむかえた。


「ここは……コンビニ……?」


「こ、国会議事堂って、いろんなお店があるんですね!」

 フォローにならないが、何か言わなければならない雰囲気ふんいきに、ユウが初めての場所に感想を述べる。


「ミサギどん……迷っとるで……」

 とうとうんでしまったみっちゃん。

魔力まりょくみだれてしまったようです」

 木戸の淡々たんたんとした声が廊下ろうかまれる。


「あーもうっ! 木戸!」

「はい」

 完全に不貞腐ふてくされたミサギ。

 目をつぶって木戸のスーツのすそつかむ。

 ミサギの目の代わりとなる無言の合図である。


 知らない人は注視ちゅうししていてもわからないであろう。ミサギは盲目もうもくなのだ。

 普段ふだん、有り余る魔力まりょく視力しりょくおぎなっていると、以前言っていたのをユウは思い出した。


「ここからはわたしがご案内します。ついてきてください」

 木戸が歩き出すと、ものの数分で目的地に到着とうちゃくできた。招集がかかってから、一時間が過ぎようとしたころだった。

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