Seg 42 イヅナ〜都市伝説の囁き〜 -01-

 魔法まほう特務機関・飯綱いいづな動力どうりょく監理院かんりいん


 一聴いっちょうすると、政府に所属する特別な組織のようなひびきだ。

 場所も、国会議事堂併設へいせつというから、重要な役割やくわりになっているのだろう。


 しかし――。


「ユウ君、どこ行くんだい? こっちだよ」

「えっ? だけどこっちに入口が……」

 ユウは正面の大きな門を見上げる。

 荘厳そうごん雰囲気ふんいきかもす観音開きのとびらが五対もあったのだが、ミサギに止められてしまった。


 手招きする方を見やれば、正面の立派りっぱな門も優雅ゆうがに水噴水ふんすいも通り過ぎた小さな通用口。


 不思議に見比べていると、ポンッと頭に大きなてのひらやさしく乗る。

「あっちは『開かずの門』ちゅうての、滅多めったなことでは使われん出入口やねん」

 行こか、とみっちゃんは頭をでる。


「うん」


 重量感がそのまま名前の意を示しているかのように、固くじたブロンズのとびらを見つめる。

「みっちゃんて物知りなんだね」

「もっとめたって!」

 門への関心で感嘆かんたんした声を出すと、みっちゃんが鼻高々にふんぞり返る。

 だがしかし、ユウの興味は入口から垣間かいま見えるエントランスへと注がれていた。



「ここってさ、子供こどももいっぱい見かけるけど、何してるんだ?」

「んあ、お子サマたちはいわゆる社会見学や。何せ、国会議事堂やけぇのう。てか、見学できるの知らんかったんか?」

「し、知ってるよ! 見学だろ! 知ってたよ!」

 顔を赤くしてあわてふためくユウに、やれやれとかたをすくめる。

「ええか、ユウどん。この先、魔法士まほうしとして仕事をしていくんなら、よぉ知っといた方がええ」


 みっちゃんは、赤い絨毯じゅうたんに高い天井てんじょう、シャンデリアがきらびやかに照らすホールに両手を広げる。

「国会議事堂っちゅうんは、国の唯一ゆいいつの立法機関! 社会の法が右往左往しとる場所や! エントランスにおるんは、今まさに社会の中心を学んでる未来をになわかき芽たちやぁ!」


 スポットライトが当たるほど大仰おおぎょうな仕草に、ミサギが後ろから冷たい視線しせんを送る。


「なんで君がえらそうなの。ユウ君、あれはっといていいからおいで」

「は……はい」

 ユウは、木戸にはしへと運ばれる彫像ちょうぞうと化したみっちゃんを見送った。


 それにしても……と、ユウは辺りを見回す。

 見学者にまぎれて、自分たちを警戒けいかいするような視線しせんが向けられている。自分、というよりもミサギや木戸、みっちゃんにであろう。

 遠くから、曲がり角のかげから、すれちがい様にも、議員たちがおそれと人でない何かを見るように一瞬いっしゅんだけ視線しせんを送る。

 ユウの行動に気付いたか、ミサギはぐ見たままつぶやいた。

「気にしないでいいよ。君に向けられてるわけじゃないから。魔法士まほうしってのは、まだまだ得体のしれない存在そんざいだって思われてるからね」

 軽く言い流していたが、不機嫌ふきげんさは増しているようだった。


 しかし、中には警戒けいかいするどころか寄って来る者もいた。


 ミサギ限定ではあるが、容姿ようしまどわされて下心を持って言い寄る者。

 大抵たいていが、性格の悪さを見抜みぬくことができず、肩書かたがきと容姿ようしかれてくるあわれなやからだ。

 中には、ミサギがどれだけ悪態をつこうがめげない強者もいて、面倒めんどうな事この上ない。


 そしてもう一方は、魔法士まほうしというだけで、われなく毛嫌けぎらいして悪意と憎悪ぞうおで接する者。

 仕事の関係上、仕方なく接触せっしょくするものがほとんどだ。たまに意味なくつっかかってくるひまな者もいる。

 そういったやからは、何を言おうが功績をあげようが、何をしても文句いちゃもんをつけてきて厄介やっかいである。


 まさにその両方を持ち合わせた人物に出くわそうとは、不幸としか言いようがなかった。


 五十さい代の男性議員が、正面から通路のど真ん中を歩いてくる。後ろには、四、五人ほどの議員と秘書ひしょを連れていた。

 大人おとながぞろぞろと連れ立って歩く様は、さしずめカルガモの行進である。

 いや、カルガモの方が断然かわいい。

 先頭を歩く、でっぷりと肥えたはらかかえた議員は、ミサギを見つけるなり厭味いやみったらしく顔をグシャリとつぶしてみを見せる。


「やあ、これはこれは。東条さんではないですか。めずらしいですね、見学案内ですか?」

 ミサギは無表情だ。

 この人物は、自身が裕福ゆうふくであることをひけらかすように豪華ごうかなプレゼントを送りつけてきておいて、「お世話になっているからおくったのに、そちらは何もしないのか?」とケチの口実を自ら作るタイプである。

 感情をうっかり顔に出してしまえば、相手の思うつぼだ。


「……ちっ、面倒めんどうなモンがよったわ」

 みっちゃんが誹毀ひきを漏らす。


「あいつやねん、ミサギどんに今回の仕事ぜぇんぶけたんは」

 その言葉とみっちゃんの表情で、かれへの印象が一気に悪化したのは言うまでもない。


 ミサギたちは軽く会釈えしゃくする。ユウもならって頭を下げたが、少しにらみつけていた。


「おいそがしいのに、引き留めてしまいもうわけありません」

 ミサギの、すずを転がす美しい声がひびく。


 顔を上げたミサギの営業スマイルはかがやいていた。

 銀髪ぎんぱつがサラリとかたで、はかないながらも通る声で目の前のき議員複数名を撃沈げきちんさせる。


 肥えた議員と女性秘書ひしょはさすがというべきか。

 ミサギと顔合わせが他者より多かった分、かれのスマイル攻撃こうげき耐性たいせいがついている。それでも、ひざふるえ表情は恍惚こうこつとして赤らめていた。


 しかしユウは、なぜ仕事をけた相手にあんな笑顔えがおを向けるのか、不可解だという表情だ。


「たいていは、ミサギどんのあの笑顔えがお毒舌どくぜつでやられんねん」

 みっちゃんがユウに耳打ちする。


 心からの笑顔えがおではない、むしろ相手を制圧するための表情攻撃こうげきだったのだ。

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