Seg 41 個人情報保護法たちのディストレス -02-

 けにまっていた空は、すっかり元の明るさをもどした。桃源郷とうげんきょうだった世界はいつの間にか終わりを告げ、ボロボロの工場あとに変わっていた。


 一段落いちだんらくついた、とミサギは大きくびをする。

「……何、ユウ君?」

 正面を見たまま、びを続けたずねる。


 しかし、問うた相手が何も言わないので、ついいてみると、ユウがだまって見上げていた。

「どうしたの? ケガでもした?」


「なんとっ! 再びミサギどんらしからぬやさしさ発言がぁっ!」

 そう言ったみっちゃんの姿すがたは、ミサギのはらうように出した花吹雪はなふぶきによってはる彼方かなたへとばされていた。


「言わなきゃ伝わらないよ、どうしたの?」

「すごいっ! ミサギさんスゴイですっ!」

「え?」


 子供こども特有の、純粋じゅんすいひとみかがやかせてユウは興奮こうふん気味に言った。

「あんなおっきなアヤカシ二ひきと戦えるなんてスゴイですっ!」

「そ……そうなのか?」

「そうです! スゴイ! なんかもう……スゴイッ!」

「ええと……語彙力ごいりょく

 ピョンコピョンコとねて興奮こうふんしている様子に、ミサギはそっぽを向く。その耳はほんのり赤かった。

「そ、それより、一ぴきげたから報告をしなきゃ」

「はい、報告についてはすぐに……」

 あたふたとする仕草、初めて見る表情に、さすがの木戸もおどろきをかくせないでいた。


「せやろー! すごいやろー!」

 何故なぜ自慢じまんげにしているみっちゃんに、ミサギはあっという間に不承面になった。いつもどってきたのか。


「どうして君が自慢じまんげに言うんだい?」

「ええやーん、ほんにミサギどんはすごいって自慢じまんしたいやーん。な~、ユウどん! 木戸はん!」

「うん! うんっ! ミサギさんは強くてスゴイ!」

「はい、わたしにとっても自慢じまんの上司です」

「木戸まで――悪乗りはやめろ」


 ユウはともかく、木戸もその場の勢いで言ったのだが、みとめられ、照れるミサギを見て、自分の事のようにうれしく思わずにはいられなかったのだろう。


謙遜けんそんしんなぁや。ほんま、伊達だてに『あかつき魔女まじょ』やあらへんな!」


 その言葉に、ミサギの表情がかたまる。


「さっきも言うとったんよ~。ミサギどんは言霊ことだまあやつる『あかつき魔女まじょ』の名を代々ぐホンマモンの魔法士まほうしなんやからって」

 そばでユウと木戸があわててみっちゃんに合図を送るが、努力むなしく気付いてもらえない。ペラペラとしゃべり続けるかれに、二人ふたりはそろって合掌がっしょうした。


「……ミシェル」


「おん? なんや…………あっ……!」

 ようやく異変いへんに気付くが、時すでにおそし。


 冷気がたちめ、かれの周りにまとわりつく。

 あわててユウと木戸をさがすが、二人ふたりはすでに遠くへ避難ひなんし、かれ一人ひとりがミサギの前で棒立ぼうだちしていた。


「君さぁ……」


 ミサギの顔は、先ほどまでの表情が一転、冷酷れいこくいかりをにじませみっちゃんをにらんでいる。

「や……スマンて……! 言うたらアカンやつやったんな?」

「いや、別に? 気にしなくていいよ」

 にじいかりのまま、にこやかな表情をりつけ淡々たんたんこたえる。

「ただ、まあ残念だよね。この話をする者はどこかの知らない場所に飛ばされて帰って来れないだろうから」


 そうして、みっちゃんがその後しばらく行方不明ゆくえふめいになったのは、また別の話である。


「ん?」

 スマホのバイブ音に気付いたユウは、ポケットから取り出した。

「ボクのじゃない……」

 鳴りやまないバイブに、木戸とミサギを見ると、ミサギが、

「ああ、ぼくのだけど別にいいよ」

「ええっ? 急ぎの用事だったらどうするんですか!?  にいちゃんも言ってましたよ! 『カネはメシなり』って!」


 しばらくの沈黙ちんもくの後、ユウのはらが鳴る。


「?」

「おそらく、『時は金なり』では……」

 ユウの顔が、爆発ばくはつするとともにになった。

「そ、それ! そうとも言います!」

「……はぁ」

「ちゃんと出た方がいいです!」

 言われて、ミサギは渋々しぶしぶスマホをタップする。

 音量を極小まで下げ、耳からはなれたところにスマホを当てると、スピーカーにしていないのに男の怒声どせいが周囲にまでひびわたった。


「東条ぉぉぉおおおおお! 何やってんだ君はぁあ!」


 あまりの勢いに、ユウは飛び上がって転んでしまった。


 耳鳴りやまぬまま、ミサギは平然と話を始める。

「おつかさまです、総領寺そうりょうじさん。その様子だと、テレビをごらんになってすぐ対応してくださったようですね」

 務めて笑顔えがおだ。

 しかし、電話先の相手はいかりで興奮こうふん絶頂ぜっちょうである。


だれがやったと思ってる! だれが規制かけたと思ってる!? わたしがやったんだ! すっごいだろっ! 個人情報保護サマサマだろっ! いいから早くこっちにいっ!」


 ――ちっ、面倒めんどうくさいな


「君、今『ちっ、面倒めんどうくさいな』とか思っただろ!?」

「さすがは総領寺そうりょうじさん。

 わかっているなら、びつけてばかりいないで、たまにはご自身でこちらにいらしては? お得意でしょう、視察しさつという名のサボリわざ

「ちょっ……やめろ言うな左沢あてらざわに聞かれたらまた監禁かんきんされる」

「ああそれもいいですね。ぼくが自由に動ける」

「とーにーかーく! ほかにも話があるからてくれっ!」


 ミサギは仕方がない、とため息を落とす。

「……わかりました。三十分ほどで行きますので」

「それとあか――」

 総領寺そうりょうじの話をぶつ切りにするように、ミサギは切電せつでんボタンをくようにタップする。あまりの乱暴らんぼうさにスマホがきしみ、悲鳴を上げているようだ。


 改めて面倒めんどうそうなため息をつき、ミサギはユウと木戸へ向き直した。


「すまないけど、今からちょっと付き合ってもらうよ」


「はい、え? どこへ?」

「イヅナだよ」


「?」


魔法士まほうしの活動本部、魔法まほう特務機関・飯綱いいづな動力どうりょく監理院かんりいんだ」

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