Seg 40 個人情報保護法たちのディストレス -01-

 ミサギが足をタンッと軽くらす。

犬猿けんえんの仲とは言うけれど、君たちがいあうと面倒めんどうだし、消えてもらうよ」

 かれが足をほんの少し上げると、められていたものがあふすように、あわむらさきの花びらが吹雪ふぶきとなって世界を包む。

 と、同時に女性の声が聞こえてきた。

 決して声を張り上げているわけではない。しかし、んだ声ははっきりと耳元にとどく。


「……歌が聞こえる」

「正確には歌ではなく、アヤカシを消滅しょうめつさせるミサギ様の言霊ことだまです」

「コトダマ……って、あれミサギさんの声ぇ!?」

 普段ふだんも中性的な通りのよい、れそうな声をしているミサギ。今聞こえるのは、いつもより少し高めの声。ゆったりと包容力にあふれ、気持ちがけていくような、のうひびわたる感覚にとらわれてしまいそうな歌声である。


「ホントに……ミサギさんの声……?」

「はい」

 くらくらと頭がれるのを、木戸が支えながら説明する。


「口にした言葉を実現させる力です。古来より伝わる魔法まほうの一つですが、ミサギ様はその力が並外なみはずれて強いのです」

「なんか、言の葉屋さんや井上坂いのうえさかさんの力と似てる……」

 言の葉屋の言織ことおり、そして、井上坂いのうえさか字綴じつづりを思い出す。

 ついでにかれに強くにぎられた手の事も一緒いっしょよみがえり、赤くなる。


「そういえば、ユウ様は字綴じつづりを経験みでしたね。でしたら、この事も知っておいてください」

「?」

字綴じつづりと、ミサギ様の言霊ことだまの力には明確なちがいがあります」

 木戸はアヤカシを見る。


「それは、術の対象がことなる事です。

 字綴じつづりは、あくまで人間が対象になりますが、ミサギ様の言霊ことだまは、人間もアヤカシも、存在そんざいするすべてが対象になります」

存在そんざいするすべてって……」

ほのおも、水も、空気も……おそらく、時間や空間においても……すべてです」


「え……それ無敵ってこと? え?」

 ユウの顔がおどろきにひきつる。

「無敵ですね。わたしの知る限り、ミサギ様以上の強い能力は見た事がありませんし、常人には使う事すらかないません。理由の一つとして、膨大ぼうだいな力を消費する事が条件にありまして……」

「そんなすごいことをサラリと……!?」


「理由の一つっちゅー事は、まだ何かあんのん?」


 さっきからユウにポニーテールをつかまれ、ひまを持て余して変なポーズばかりを取っていたみっちゃんがとうとう口をはさんできた。

 通常ならば、ミサギが「ウザい」とむ場面なのだろうが、あいにくこの二人ふたりは素質を持ち合わせていなかった。


「もう一つの理由というのが、その……代々がれる血筋ちすじといいますか……」

「ちすじ……」

「ユウどん、わかるか血筋ちすじ? 親からとか、じいちゃんばあちゃん、ご先祖からの血のつながりっていうものだぞ」

 急に先生のように語りだすみっちゃんに、ユウは憤慨ふんがいする。

「い、意味くらい知ってるよ! ようは、ミサギさんはゴセンゾさまから血をもらって強いってことだろ!?」


「…………」

「……まあ、そんなところです」


 ユウは、二人ふたりの反応を見て、うぅ……と言葉にまる。特にみっちゃんは、サングラスをしているというのに、残念そうな顔芸が達者だ。


「みっちゃん、その顔やだ。サングラスしでもその顔やだ」

 ユウはみっちゃんの顔をもどした。と、あることに気付く。


「ん? その代々がれる力って、もしかしてアカツキの――」

 続く言葉の先は、木戸の指先で止められた。

「それは口になさらない方がよろしいかと」

「うっ……そうだった」

 ユウは両手で口をおさえてミサギを見る。


 幸いにも術に集中してこちらの会話には気付いていないようだ。


 ミサギの声は、アヤカシ二ひきつつむようになおもひびく。かれが手をばすと、こたえるように花びらが二枚にまい、ひらひらとりてきた。

 てのひらに乗った花びらにミサギが息をきかける。


 刹那せつな

 アヤカシたちはきりで身動きが取れないうえに、無数の花きあがるおりらわれた。

 風が花びらをアヤカシにきつけ、れたアヤカシの肉体を花びらへと変えていく。


 ラァーエェー……


「……ッギイィィイイイイ!」

 サルのアヤカシが断末魔だんまつまを上げた。

 少しの抵抗ていこうも許されず、最後は花びらとなってその姿すがたは消えてしまった。


 犬のアヤカシはというと、本能からかサルよりも強い力を持っているのか、うなり、首をり、抵抗ていこうを続けている。


「しつっこい」

 ミサギはさらに花びらを手のひらへ乗せる。

 すると、アヤカシの前足がようやく花びらとなって散り始めた。


 ウォォオオオン


 アヤカシの遠吠とおぼえが地響じひびきを起こす。

「あっ!?」


 アヤカシは、その巨躯きょくを大きくまわし、きり呪縛じゅばくはらった。花びらをまとい、まき散らしつつ、げるように景色けしきの中にんでいった。


げたか……なかなかに厄介やっかいだね」


 ミサギは、アヤカシが消えた場所を見つめ、周囲一帯を見て盛大せいだいなため息をついた。

 そこは、二ひき巨大きょだいなアヤカシが暴れまわり、炎獄えんごくとされた工場跡地あとちが広がっている。


「後始末か……一番面倒めんどうなんだが」


 ミサギが口を開くと、先ほどとはまたちがった妖艶ようえんな声が旋律せんりつともなってあふる。

 かれの足元から、円をえがくように風と花びらとがい、広がっていく。


 あかく黒く身をがした世界は、刹那せつなのうちにめぐる花びらにあらわれ、ほのおは花へ、かつてアヤカシだった赤いかくは小さな光となり、ゆるりふわりとかび、ミサギを中心に幻想げんそうへと姿すがたを変えていった。


 光はぽつりぽつりと消えていき、最後の一つが空へとけると、朱闇あかやみは明け空気がみ、風がく走る。


「……おやすみ」

 ミサギがつぶやいた。

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