Seg 39 清か彩かと遙けし声 -02-

 巨大きょだいな指を軽々と受け止めた片手かたては、力を回し流すようにアヤカシの巨体きょたいを後方へ投げ飛ばしてしまった。


 ミサギは、不機嫌ふきげんいかりをめいっぱい表情に出したまま、アヤカシへとかえる。


ぼくらに手ぇ出すとは……よっぽど消されたいらしいね……!」


 すぅっと息をみ、何かを発しようとした。


 刹那せつな


 アヤカシのさらに後方でほのおきあがった。

「!?」

 空気をんでどんどん上昇じょうしょうするほのおは、れる竜巻たつまきばかしてその威力いりょくをさらに強めていく。


「な、なんやあの火の竜巻たつまきは!?」


 渦巻うずまほのおが波と化し、かがやき放つな山がうねるようにいくつも現れた。

 一番近い山へ目をらすと、小さな石が無数に積み重なっている。


「あれは……!」

 ユウには見覚えのあるものだった。


 その存在そんざい心臓しんぞうともべるものであり、弱点であり、命そのもの――アヤカシのかくだ。


 山の上にはかくだけでなく、ほのおに包まれた瀕死ひんしの小さなサルと、同じくらい小さな犬が死屍しし累々るいるい。天にまでとどくほど高くがっては波のようにうねっていく。やがて波は火の海になり、一ぴき巨大きょだいな黒い犬へと姿すがたを変えた。


 オオーウァアーォォ……


 こちらもサルのアヤカシに負けぬ巨躯きょくあやしい旋律せんりつかなで、やがて空をつんざく遠吠とうぼえになる。

 低く遠くふるわせる鳴き声は、小さな犬、サルをしたアヤカシたちの力をうばい赤い宝石ほうせきのようなかくへ、かくだったものははいへと散り消していく。


 犬もまた、燃えるほどに赤いひとみでサルを見据みすえた。


「あいつもアヤカシ!?」


「もしかして、仲間のアヤカシを助けにた……とか?」

「まさか。あのサルがさっきまで仲良くケンカしてた相手だよ」

 ミサギが馬鹿ばかにした。


 二ひきは、しばらく対峙たいじしていたが、どちらともなくうなりだし、たがいにみつき出した。

 サルがたたきつけるように犬の頭をなぐれば、犬はほのおみ、前足で地をみ鳴らす。地響じひびきとともに岩のやりするどがりサルをおそう。

 サルは器用にけてはこぶしくだいていく。


「……アヤカシ同士で争ってる……?」

 不思議な光景であった。

 今まで人間に害を成すアヤカシしか知らないユウは、目の前で自分に見向きもせずせめう二ひき呆然ぼうぜんと見る。


「このまま共倒ともだおれしてくれたらぼくとしても楽なんだけどね」

 ミサギは面倒めんどうそうにつぶやいた。

「さっさと片付かたづけようか」

片付かたづけるって……あんなに大きなアヤカシをですか?」

「あれぇ? 君だって空飛ぶ大きなアヤカシを退治したじゃないか」

 ミサギは、ユウと出会った時の事をからかいながら言った。


「あ、あれはかくが見えていたからラッキーでこわせて……」

「そう、あれは偶然ぐうぜんたくまずして、たまさか。

 囃子はやし言葉も出ないアヤカシだったから君でも対応できた。だけどね、あのやり方は自殺行為こういなんだよ。

 戦い方は今度教えてあげるから、だから――」

 ミサギは、悪い事をした子供こどもしかるには言い表しがた縹渺ひょうびょうとした表情を見せる。


「だから、もう二度とやったらいけないよ」

「……はい」


 うなれるかと思いきや、自分をまっすぐ見て返事をしたユウに、ミサギは満足気に口のを弓引く。


 さかほのおあおられ、ゆらゆらとれる空気に銀髪ぎんぱつが波打つ。長いまつ毛が少しかくす黒がすみひとみ灼熱しゃくねつ地獄じごくを見つめ火の色をうつす。


 その姿すがたはかなげで、幻想的げんそうてきで、思わず魅入みいってしまうのだ。


 ほのおに焼かれけむりかれた空は暗く、火の海に照らし出されるかれの横顔は、何もできず下界をうれいているかと思いきや、口角はひそやかに楽しむ形へと引かれている。


「さて、ちゃっちゃとませようか」

 機嫌きげんがいいのか、ミサギは鼻歌を口にする。


 ◆ ◆ ◆


 ゆるやかな律動りつどうやさしげな音調で、思わず目をじてってしまう。


 歌とは、ほのおれるものなのか。

 勝手奔放ほんぽう蹂躙じゅうりんしていたはずが、いつの間にやら情熱をめたまいを始め、ミサギの周囲に集まってきていた。

 それはもはや、アヤカシをいろど地獄じごくほのおではなく、ミサギのため存在そんざいする浄化じょうかほのおであった。


 美しい旋律せんりつと光景に見れてしまう自分がいて、ユウは自我じがもどそうと首をる。


 しかし魅入みいってしまう。

 その感覚は、ユウにとってどことなく覚えのあるものであった。


「……にいちゃん?」

 ミサギの姿すがたが兄と重なって見え、ユウはごしごしと目をった。


「木戸、水」


 その指示に、かれは秒と置かず小瓶こびん手渡てわたす。

 どんな事態でもすぐさま対応できる有能万能ばんのうな部下、木戸。


 ミサギは小さなコルクのふたを開け、中身をちゅういた。一見、ただの水のようだが、かれの周りだけ重力がないのではと見紛みまごうほど、ゆっくりと水はかれの眼前をった。

 すると、水はスパンッと碁盤ごばんの目をえがいて切れ、霧状きりじょうになって消えていく。


「えっ? 何っ?」

「ミサギ様が広範囲こうはんいの結界を張ったのです」

 状況じょうきょうを的確に説明したのは、やはり木戸であった。

「動かれると危険きけんですので、ここで待機なさっていてください」

 とはいえ、すでに木戸にかかえられていて身動きはとれないユウであった。


「動いちゃダメだってさ、みっちゃん」

「ぐぇ」

 ユウはチョロチョロしているみっちゃんのポニーテールを引っ張った。


 アヤカシ二ひきはというと、消えたはずの霧状きりじょうの水に身体をからめとられ、もがいていた。

「すごい……」

 自身の戦い方を思い出し、かれの強さを実感するユウ。


 自分では、とにかく周りに被害ひがいおよばないようにするだけで精一杯せいいっぱいになり、アヤカシをおさえるなど不可能であった。

 それを、目の前のかれは身じろぎ一つせずこなしている。


 あたりは、花びらがひらひらと世界をいろどる。


 ――魔法まほうを使うと、その魔法士まほうしの力のほどがわかる。


 ユウは、兄の言葉を思い出していた。


 魔法士まほうしが力を使うと、必ず花びらがう。

 その数は術の威力いりょくを表し、色は術者の強さを表すという。


 かみの色と相反してあわい月白に光る花びらを、頭上からひらりひらりとやさしく散らしながら教える兄は、とても幻想的げんそうてきだった。


 まさに今、目の前に至美しびなる世界が美しく広がり、泡沫うたかたの夢でも見ているようだ。


「こんなに……強いんだ……

 ……ボクも……」


 ユウのむねが高鳴る。

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