Seg 38 清か彩かと遙けし声 -01-

 さけんだ拍子ひょうしに熱気を思いきりんでしまったユウ。むせてせきかえすその頭にポンッと細くしなやかな手が置かれる。


「無理はするものじゃないよ。ここは少し息がしづらいから気を付けて」


 初めて聞いた、やさしい言葉。

 衝撃しょうげきを受けたのは、ユウ一人ひとりではなかった。


「な……なっ……!?」

 わなわなと身も声もふるわせている人物が約一名。

「なんやのんっ! ミサギどんとは思えぬやさしい発言っ!」

 約一名はわめく。一緒いっしょにいた時間は、長いとは言えないが、それでも出会ってから一度も聞いたことのない言葉だ。


 にわかに信じることができず、一つの仮定が脳裏のうりかぶ。

「さては偽物にせものか! にせミサギどんかっ!」


「……」


 無言で見返したミサギ。

 その白眼視はくがんしたるや。


 灼熱しゃくねつ地獄じごくの中で、みっちゃんとユウはめぐる寒気に身震みぶるいした。


「……ミシェル殿どの、ミサギ様は本物のミサギ様です」

「…………知っとる……今、確信したわ」

 木戸とみっちゃんが確信した時には、二人ふたりすでにミサギの不機嫌ふきげん犠牲ぎせいになっていた。


ぼくからはなれないで。死にたくないなら、ね」


 かれは木戸に何やら指示を告げ、ユウにを向けた。

 その背中せなかは木戸よりも小さく、長い銀髪ぎんぱつらめき、華奢きゃしゃな体つきだったが、ここにいるだれよりもりんとして強く見えた。


「失礼します」

「……うわ!?」

 木戸はユウにきかかえられた。

「ミサギ様のご指示です」

 勝手に動き回るなという事なのだろう。ユウはおとなしくした。


 ェエーラーリアァー……


 サルがミサギを見上げ、あやしい旋律せんりつらしてきばく。

 その後に聞こえるうなごえが、耳にした者の身をるがし血をふるわせ、本能的に耳をふさがせる。

 そんな中、ミサギだけは平然とサルを見下す。


「うるさいなあ。君、さっきまで犬コロと遊んでただろ? 勝手に相手を変えないでくれるか?」

 かれの言葉はアヤカシに通じているのか。

 巨大きょだいなサルは急にえるのを止め、ミサギをじっとにらむ。

 と、ミサギは小馬鹿こばかにしたように笑った。


「グルォアアアアア!」


 触発しょくはつされたアヤカシがミサギに攻撃こうげき仕掛しかけた。たたきつけるように手をり下ろし、するどつめかれこうとする。


 風圧がかれかみはげしくあおり、アヤカシのきょうそうせまる。


 ミサギは微動びどうだにせず、小馬鹿こばかにしたみをかべる。


「何だいソレ。攻撃こうげきのつもり?」


「ミサギさん――!」

 ユウのさけびが空にひびく。


 ッズウゥン


 重たい地鳴りとともに、アヤカシの手は大きくはじかれた。

「グルォオ……?」


 アヤカシが自らの手を見る。いや、すでにアヤカシのそれではなくなっていた。

 寄せ集められた花びらが手の形をし、はらはらと解けるように崩壊ほうかいしていく。

 その様子を見て、意地悪そうに微笑ほほえむミサギ。

「どうした? 君の手はどこにいったんだい?」

「ウグォアアアア」

 ミサギに挑発ちょうはつされ、興奮こうふんするままに残るかた手をり回しはじめた。


 目標も定めず闇雲やみくもされる攻撃こうげきは、ことごとく空振からぶりし、まぐれも奇跡きせきもなかった。

 

 直情径行ちょくじょうけいこう攻撃こうげきに、ミサギはムッとする。何をするかと思えば、かれ矢庭やにわかた手をばす。せん美な片手かたては、アヤカシのまわ巨大きょだいな指をつかんで、いとも簡単かんたんに動きを止めてしまった。


『ええぇぇえええ!?』


 突然とつぜんの光景にユウどころか、みっちゃんまでも間抜まぬけな声を上げる。


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