Seg 37 朱き囃子の禍つ声 -02-

 その先に広がるは、劫火ごうかうごめあかき世界。


 ところどころに建物らしきかげは見えるものの、空も地もすべてほのおに包まれ、赤黒く視界しかいまる。

 びょうびょうとれる灼熱しゃくねつの風は、アヤカシが蹂躙じゅうりんした世界をはしけていた。

 護石があるとはいえ、空気がピリピリとした熱といたみをはらむ。体の外からも内からもくそうとまとわりついてくる。


 あまりにもあかく、現実味のない世界。

 ユウは、またしゅつづりの試練にでもてしまったのかと、少し身をふるわせた。


「……大丈夫だいじょうぶ、行こう!」

 ユウは、自身を鼓舞こぶするように歩き出す。

 足元は熱でゆがんだ空気がらめき、人間が歩けるほど大きなパイプが束になって建物のあちこちからびている。

 木戸に、ここが工場あとだと説明されなければわからないほど面影おもかげは残っていなかった。


「ひどいや……」

 アヤカシの所業に、今まで自身にりかかった事を思い出す。


「だからアヤカシってきらいなんだ……!」


 さらわれた事は数知れず、われかけた事も、周囲にも被害ひがいおよんだ事も日常であった。

 破壊はかいされたものは、最初のころ弁償べんしょうもしたものの、怪奇かいき現象だとさわがれ説明も面倒めんどうになってきた兄は、被害ひがいを逆手にとって除霊じょれいだの護符ごふだのと詐欺さぎまがいの商売をしてもうけてしまったほどだ。

 ロクでもなかったなと、無理やりいかりの矛先ほこさきをアヤカシに向けた。


 それにしても、とユウはあたりをキョロキョロする。


「ミサギ様はすぐ近くにいるはずなのですが……」

 ユウの心を読み取ったのか、木戸が話しかける。

 みっちゃんは、着ていたベストをユウにかぶせ、自身もかべになりながら辺りを見回す。

「こんなところ、よう平気でおるわな」

 ユウは、みっちゃんがあせだくになっているのを見る。

 ふと自分の手を見て、かれあせれた手をガシッとつかむ。


「なんや? アヤカシでもおったか?」


 ふるふると首を横にり、

「みっちゃん、まだ暑い?」

 と、たずねる。


「ん? お……そういやぁ……暑ぅなくなっとる!」

「ミサギさんのこの石、手をつないでたら効き目があるみたいだ」

「せなんやなあ。ユウどん、ありがとうな!」


 ユウはほほが熱くなるのを感じた。周りが暑いからではないのだとわかる。


「あの! 木戸さんもボクと手をつないでください。暑くなくなります」

 残る片方かたほうの手をばし、今度は木戸をんだ。


 しかし木戸は丁寧ていねいひざをつき、なおも見上げるユウに対し頭を下げる。

「ユウ様のおやさしさ、身に余る光栄です。わたしは問題ありませんので、どうかそのお気持ちだけ受け取らせてください」


「え?」

「手ぇつながんでも暑ぅないから、気にせんで大丈夫だいじょうぶやって言っちょるんよ」

 おそらく意味を理解していないであろうユウに説明するみっちゃん。


「あ……う、うん。

 ……本当に大丈夫だいじょうぶ?」

「はい」


 木戸の表情は相変わらず無であったが、その声はやさしげであった。


 ミサギをさがして進んではみるものの、灼熱しゃくねつ突風とっぷうはユウをあおり、炎風えんぷうくるったようにおどる。


「うぅ……」

 その時だ。


 ラァー……エェーイァー……


 歌のような、囃子はやし言葉に似た旋律せんりつが三人の耳にとどく。


 しかし、

「この……鳴き声……!」

 ユウは、『鳴き声』と断言した。



 ズドォン


 突然とつぜん地響じひびきがおそう。

 足場にしていたパイプ管の束が衝撃しょうげきかたむいた。


 ユウたちは体勢をもどそうと顔を上げた瞬間しゅんかん地響じひびきの原因をたりにした。


 巨大きょだいなサルの顔。

 そのひとみは、この世界のようにあかい。

 大人おとなでも余裕よゆうらうほらのように大きな口は、凶暴きょうぼうしにしていた。

 ユウの言った『鳴き声』の正体もすぐ判明した。


 ォオールゥールァー……


 うなるサルののどかられ出る音。それが、あやしくも人をらせる旋律せんりつとなっていたのだ。


 今ユウのいる場所は、建造物四階ほどの高さがあるだろう。にもかかわらず、地に立つサルの顔が同じ高さにあった。


「ア……!」


 ユウは、開いた口を手でおさえた。

 油断した。

 そのサルの正体を理解し、つい声がれてしまった。


 死がまさに目の前にせまっていたのだ。仕方ないとは思いはすれども、責められる状況じょうきょうではない。

 な目がギョロリとこちらを向く。そしてゆっくりと顔を動かす。サルに似てはいるが、きば体躯たいくの大きさが、見るからに非なるものだと物語っている。この世界を赤く変えたのはこのアヤカシだろうか、そう思わせるほど燃えるようなしゅこう毛並けなみ。

 憎悪ぞうおと、トラウマからくる恐怖きょうふが口から飛び出すのを必死におさえるユウ。


 ルギュアアァァアアアア


 サルの口が大きく開く。

「!?」

「マジかいっ……!」

「!」

 サルはユウの恐怖きょうふごとまんとばかりにきばいた。


 木戸はすぐさまかぎを取り出す。

 みっちゃんは立ち上がろうとした。

 ユウは――


 巨大きょだいな口は、げようとした三人にパイプ管ごとらいついた。


 そこにはみついたあとがくっきりと残り、三人の姿すがたはどこにもない。

 サルはもごもごと咀嚼そしゃくし、やがてのどを鳴らしてくだした。

 三人のいた場所を見つめ、満足げに軽くうなる。


「……そんなにおいしかったのかい?」


 すずを転がしたような声が、揶揄やゆしながらサルの頭上から問いかける。


『!?』


 理解するのに時間がかかったのは、サルも三人も一緒いっしょであった。


 ユウがはたと顔を左右にすれば、そこはサルの口内ではなかった。

 先ほどいた場所よりも高い建物の屋上で、見下ろしたところにいたのは先ほどのアヤカシ。

 近くにはみっちゃんと木戸と――。


「ミサギさんっ……!」


 あかく燃え上がる灼熱しゃくねつ地獄じごくの中、かれ銀髪ぎんぱつをなびかせて、すずしげな笑顔えがおを見せて立っていた。

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