Seg 18 君であり君でなく -01-

 その少年は、生まれながらに言葉を発し、両親や周囲にいた大人おとな全員を驚愕きょうがくさせた。


 それだけであれば、天才だの逸材いつざいだのとたたえられただろう。

 しかし、幼子が発する言葉には不可解な力があった。


 夜がこわいと言えば、大人おとなたちも夜道に恐怖心きょうふしんいだき、だれも出ようとしない。

 幼心にありつぶすのが楽しいと言えば、みな夢中になってありつぶす。


 さらに不可解なのは、まだ二さいなのに、十さいかと見紛みまがうほど身体が成長していた。一さいむかえたころに、父母のように早く大きくなりたいとたわむれに願いを言った後のことだ。

 それから、同じ年の子より倍以上も成長が速くなった。


 そして、幼子が三さいとなった日、かれは自ら親のもとを去った。


 理由はたったひとつ。

 一度きり、かれた言葉。

 本人にかくれて言われた言葉だった。


「なんであんなバケモノが――」


 ねむりにつく布団ふとんの中で聞いてしまった幼い子供は理解していた。


 その言葉は、自分に向けられたものだと。

 言ったのは……母親なのだと。


 もしかしたら、深く考えずに発言してしまったのかもしれない。周りの人々から毎日のようにられ、ささやかれ、気持ちが不安定になったことから出てしまった言葉かもしれない。


 しかし、その言葉は無数のとげとなってさり、ひどい痛みをともなってみ、悲しませるものであった。知っていた子にとって、幼い心をどれだけえぐったか、消えない傷を作ったか。


「ぼくは――」


 子供はこっそり布団ふとんした。

 外を闇雲やみくもに走り、小さな村落のともりも見えなくなったころ、そこが森の中とわかった時、初めて足を止めて辺りを見た。


 子供の見わたす景色けしきは知らない場所で、孤独こどくと絶望がまどわすようにしげっている。

 しかし不思議と、子供に恐怖きょうふはなかった。


 まどわされる感覚に少しいながら、獣道けものみちけていくと、月明かりに照らされた広場に出た。


 そこには少女が立っていた。


「おや、めずらしいの。お主、こんな森の中に来て、一体どうしたんじゃ?」

 幼い子よりもさらに年若い見た目をして老人語を話す彼女かのじょは、自らをこと葉屋はやと名乗った。


 走って森にたどり着いた経緯けいいたずねられ、つたないながらも話すと、

並大抵なみたいていの苦労ではないの……お主、よく頑張がんばったわいな」

 そう言って、子供の頭――には手が届かなかったので、手をとってやさしくでた。


 この時、子供はこの胸を苦しくさせているものが悲しみだと初めて知って、なみだを流した。


「お主に、選択肢せんたくしをやろう」

「せん、たく……?」


「そうじゃ、選べ小童こわっぱ


 こと葉屋はやは手をべる。


「その力の名を、バケモノと呼ばせるか、それとも字綴じつづりとして昇華しょうかさせるか」


 幼子は、こと葉屋はやの言っている事はわかるのだが、

「……わからない、どうすればいいのか……」

 判断までは、できるところまで至っていなかった。


 こと葉屋はやは、にっこり笑う。

「なに、簡単じゃ。いやだと思う方は選ばない、それだけじゃ」


 暗鬱あんうつとした森の中、月の光がむ広場で、彼女の言葉はさらにまぶしく少年を照らし出す。


 そして、三さいとなったばかりの少年は選択せんたくした。

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