Seg 16 言葉綴りし者たち -03-

「ほぁー……」

 ユウはかれを見上げた。


 先ほどまで自分より低い言の葉屋を見ていただけに、余計にその男の身長は高く感じられた。


 言の葉屋に似た衣装いしょうだが、灰青色の服はすそというすそがふわふわひらひらしていた。

 からすのように黒光りするかみは、ゆるくカーブし、うなじのところでまとめられている。


 井上坂いのうえさかと呼ばれた男は、ユウを一瞥いちべつすらせず言の葉屋にたずねる。


言織ことおりは?」

「これじゃ。早速さっそくじゃがたのむさね」


 言って、先程さきほどの言織をかれ手渡てわたす。その表を見つめ、それから初めてユウに目をやると、

「ああ、この子……」

 かれの目がきつくユウをにらんだ。

 なぜにらまれたかわからないユウは、丁寧ていねいに頭を下げる。


「は、初めまして。春日かすがユウです、よろしくお願いします!」


「……初めまして」



「……」

「……」


 沈黙ちんもくりる。


「すまんの~、ユウ」

 氷の空気にえかねた言の葉屋が、申し訳なさそうに言う。


「こやつは井上坂いのうえさか、字つづり屋じゃ。ちょこ~っとこじらせておっての。無愛想なのは勘弁かんべんしてやってくれ」

 井上坂いのうえさかはムッとしていたが、無言だ。反論しても屁理屈へりくつを言ってたおすのが言の葉屋。昔からそれをよく知っている井上坂いのうえさかは、ただだまって聞いていた。


「ほれ、井上坂いのうえさか! ってないで、ユウを『えすこぉと』せい!」

 しり――には言の葉屋の足が届かず、太ももをげる。だがしかし、かれへのダメージは皆無かいむのようだ。何度もられているが、それを無視してユウを見下ろした。


「……行こうか」

「は、はい」


 井上坂いのうえさかが言織をユウにわたす。

 かれふすまを閉め、再び開けると、その先はまるで神社に続く参道のように石畳いしだたみと階段が続いていた。

 左右は竹林がしげり、空は夕焼けに染まっている。


「わあ……どうなってるんだ?」

 おどろきにキョロキョロしているユウ。井上坂いのうえさかは、慣れた手つきで提灯ちょうちんの先につるし、なにも言わず先へ進む。


 めずらしさに余所見よそみばかりのユウは、足を取られてよろける。が、井上坂いのうえさかは無視してどんどん先へ行く。


 かれについていくには、ガタガタだがこの石畳いしだたみを少し走った方がよさそうだ。

 しかし、石畳いしだたみはしんですべってしまい、見事に転ぶ。

「……っう」

 転んだ拍子ひょうしに手をついたが、片手ではバランスが悪かったようだ。


 井上坂いのうえさかがちらりとユウを見た。ちょうど、ユウと目があったが、かれはついと目をそらす。


 一方、ユウは転んだところを目撃もくげきされて、気まずさに顔が紅潮する。思わず手に力が入り、言織ことおりがシワになってしまった。


「だ、大丈夫だいじょうぶですっ! すぐ追いつきますから」


 聞いてかかいでか、井上坂いのうえさかはそのまま歩きだす。

 すぐに立ち上がるユウだったが、目の前に突然とつぜんとびらが現れた。


「なんだ?」

 鳥居を模したたたずまいに、朱塗しゅぬりの門がついている。

 それは開いてはいたが、徐々じょじょに閉じていくようにゆっくりと動いていた。


「げっ!?」

 急いで門をくぐった。

 難関を突破とっぱした風体ふうていでひと息つく。


 はるか先には井上坂いのうえさかの背中が見える。そして、またもや鳥居と門が現れる。


「ちょっ……待って待って!」

 さけんだのはその数にだった。


 いくつあるか数えるくらいなら、すぐに走り出す方が利口である、そのくらいの数はあった。

 しかも、そのすべてが先程さきほどと同様、閉じていくではないか。


「うわ、わ、わ、わ!」

 全力で走り出すユウ。

 門をとおけるたびに気持ちが悪くなり、頭がグラグラした。耳鳴りか、金属音までひびく。

 何とか井上坂いのうえさかのところへたどり着こうと足掻あがいたが、足の力がなくなって、もつれるようにたおれる。最後の一枚で間に合わなかった。


 さけごえいた井上坂いのうえさかは、初めて異変に気付きおどろく。

「!? しゅつづり?」

 が、それも一瞬いっしゅんで閉じられてしまった。

 見えたのは、門一枚のところでたおむユウの姿。


 井上坂いのうえさかは、予想外の出来事にしばし門を呆然ぼうぜんと見つめていたが、首を左右にって思考回路をもどす。

「どうしてしゅつづりが?」

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