Seg 10 あなたの街のお助け機関 -01-

「いいかいミシェル」

 ミサギは、白いスーツに春用の薄手うすでのコートを着て玄関げんかん前に立つ。草原が広がる外は、やわらかな陽射ひざしがかれを照らしていた。


ぼくは用事があって出かけるから。帰るまでにユウ君が魔法士まほうしとして活動できるように、最低限の手続きと知識の教授は済ませておくように」


「ちょっ……帰るまでって、いつまで――」


たのんだよ」

 それは、脅迫きょうはくしているのではと思える表情だった。


「……………………顔が全然たのんでないわー……」


 全員が外に出たところで、木戸が玄関げんかんの戸を閉めた。

 かぎが重たい金属音をてる。

 ふと、人の気配を感じてユウがくと、そこは屋敷やしきの庭でなく、街中のオフィス通りだった。

 多くの人がい、喧騒けんそうあふれ、時間が流れている。


 ◆ ◆ ◆


「さて! そんなわけで、こんなとこにほうされたワケやが!」


 仁王立におうだちのみっちゃんに、見慣れない街に視線が右往左往しているユウ。

 そして木戸とミサギの姿はない。用事とやらに行ってしまったようだ。



「ここ、どっこやねーん!」


 さけばずにはいられない質なのだろう。

「もーぉ、ミサギどんはホントてきとーにほうすんやから。ここ、何県の何市で何丁目やのーん?」


「えーと、ボクのせいでごめん、みっちゃん」

 ユウがうつむく。

「何言いゆうが! ユウどんのせいなわけあるかいな」

「だって、魔法士まほうしになるのに、いろいろ手続きとかいるとか、全然わかんなくて」


「えーよえーよ、ワッシ案内するけえ」

「今からどこへ行くの?」


魔法士まほうしになるっつーなら、まずはライセンスを取りに行かんにゃな。今後、仕事をするにしてもなんにしても、それがないと不便な世の中やけぇね~」


 仕事をするのにライセンスが必要なのは、ユウも何となくだが知っていた。兄がそうだったからだ。

 ただ食べるくらいしかないの仕事内容にライセンスがいるのか、とても不思議ではあるが。


「こっから近いライセンス機関は……おっ、役所が近いな。あなたのまちのお助け機関ってな」


 みっちゃんが、スマホで位置を調べていると、ユウがかれすそをちょいっと引っ張った。


「ねえ、みっちゃん。ボク、マホウシとヨミコってどういうものか知りたい。だから、教えてください」


「おう、そうや、途中とちゅうやったもんな」

 みっちゃんはぽふぽふとユウの頭をでた。

律儀りちぎにせんでも教えるから安心せい。んじゃ、ライセンス取りに行きがてら説明しよっかのう♪」


 歩道のど真ん中で、「ほいでは、みっちゃんの説明ターイム!」と、番組のコーナーのようにコールするみっちゃん。

 周りの視線が一斉いっせいに集まり、ユウはあわててフードをかぶった。


「まずは『妖魅呼よみこ』から――つっても、くわしいことはほとんどわかってないんよ。何せ妖魅呼よみこ自体、存在数が少ないからな」

「どのくらい?」

「ミサギどんやろ、それからユウどん……」

 みっちゃんはだまってしまった。


「……もしかして、二人ふたりだけ?」

「――せやなっ!」

絶滅ぜつめつ危惧種きぐしゅみたい……」


「あとは、体質で言えばお前さんもよう知っちょるやろ。アヤカシがわんさか寄ってくる、あれも妖魅呼よみこ特徴とくちょうや」


 その言葉に、ユウはまさに苦い野菜を食べたときのように表情をゆがめる。

「あれはいやだ。にいちゃんにすごく迷惑めいわくをかけているからホントに困る」


「せやかて、それを何とかするために、魔法士まほうしになるんやろ?」

「そうなんだけど……えーと、その魔法士まほうしって、職業なの? 何するの?」


 みっちゃんはあごに手を当て、ウームムと考える。

「んー、まあ、仕事っつったら仕事やな。アヤカシ退治の専門家みたいなもんや」


「じゃあ、ミサギさんもアヤカシ退治の専門家?」

「まあ、の。くわしいことはまた別の時に言うわ。とりあえずは、ライセンスやな。ほれ、もうすぐ着くで」


 うながされて見上げると、彫刻ちょうこくが並ぶレンガ造りの建物がそこにあった。

 およそ、役所には見えない。しかし、彫刻ちょうこく自体は華美かびというほどでもなく、作品を紹介しょうかいするプレートには、地元出身の芸術家の名前が連なっていた。アートによるまちづくりに力を入れていることがわかる。


 中に入ると、混雑こそしていないが、それなりににぎやかなロビーだった。


 四方をコンクリートに囲まれ、ユウから見て右に総合受付と書かれたり看板と大きな掲示けいじ板、そして左に出入り口があった。


「そや、身分証明はちゃんと持ってるか?」


「あるよ。いつも肌身はだみはなさず持つようにいちゃんに言われてたから」

 言われて、ユウは透明とうめいなカードを取り出す。


 『パソカ』の略称りゃくしょう普及ふきゅうしているパーソナルカードは、個人の生体情報や戸籍こせき免許めんきょや保険など、持ち主に関する情報がすべて一枚に記録されているカードで、現在、身分証明といえばこのカードである。


 透明とうめいプラスチックに似ていて、ユウが表面を親指でなでると白く変色し、名前と顔写真が現れた。


 ユウは、それを確認かくにんし、『ライセンス受付』と書かれた窓口に行く。


 むかえたのはやさしそうな女性で、ユウににっこり微笑ほほえみながら挨拶あいさつした。


「こんにちは……あら、あなた新顔さんね。どちらのライセンスをご希望ですか?」


「え、えーと……」

 思わずみっちゃんをちらりと見てしまった。

「なんや、ずかしがりかいな」


「だ、だいじょぶ! ちゃんと言える」


 大きく深呼吸して、目の前の受付嬢うけつけじょうに言った。


「ま、魔法士まほうしのライセンス、お願いします!」

 ぎこちなかったが、なんとか言い切ったユウ。

 受付嬢うけつけじょうは、変わらずにっこりして番号札を差し出した。


「はい。この番号でお呼びしますので、呼ばれましたら左おくの査定室へおし下さい」


 案内された二人ふたりは、待ち合いスペースの椅子いすすわって待つことにした。


「どういうことするのかな?」


「ライセンス取得の攻略こうりゃくポイントは三つや!」

 みっちゃんは、ピッと指を三本立てた。

「一つ目、アヤカシの存在証明。二つ目、魔力まりょくの数値化。三つ目、パソカや」


「存在……数値化?」

「アヤカシってどうやってみんなに存在証明する?」

「あ……どうすんだろ? 普通ふつう、見えないよね? 『いるー』って言ったところで信じてもらえないし」


「ところがや! その『いるー!』を証明できたやつがおんねん。アヤカシの特殊とくしゅな波長を解析かいせきした天才が仮想現実バーチャルリアリティーだれでも見えるようにしちまったんよ」


「おおー! VRってやつだ、なんかすごい!」


「試験官はアヤカシに似せた波長を空間に放つ。VRゴーグルをつけて、受験者に居場所を聞くんよ。そんで、正しく居場所を示せたらクリア!」

「なんか、ゲームみたいだね」

 ライセンスの取得だけに、難しい試験を想像していたユウ。少し気が楽になったようだ。


春日かすがユウさん、こちらへどうぞ」

 案内の女性がやってきた。


「『百聞は一見にかず』や! 実践じっせんする方が早いけえ、やってみいや」

「うん!」

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