Seg 05 魔の途を知る者 -04-

 その日の夜。


 ユウはいつもと違う寝心地に違和感を感じ、しかし心地よい感触にウトウトとしていた。

 が、突然バネのように飛び起きる。


 勢いよく右を見る。

 そして、同じように左も見る。


 何もいないことを確認すると、ヒュッと喉を鳴らして息を吸い込む。無意識に止めていた呼吸が限界に達したのだ。


 心臓のあたりで寝間着をギュッと握り、何度も大きく呼吸をして整えようとするが、動悸は治まらない。いつもなら、眠るそばに兄が座っていて、震えの止まらないユウの頭を優しく撫でていてくれた。その兄も今はいない。


 なんだこれは。この感覚は。


 ――恐怖。


 そう思った途端、一気に汗が身体中から噴き出した。


 ベッド脇にある窓の外を見ると、藍と菫の色が滲み混ざる空に、無数の星がスパッタリングをしたように散らばっている。まだ夜は明けてない。

 突然、バサバサと音をたてて、黒い影が窓のそばを横切った。

 ユウは、反射的にベッドの陰に隠れる。


 アヤカシがこちらを見ていないか、いつ襲ってくるのか分からない緊張で息が切れ、呼吸が浅くなる。


「ア……ヤカシ、は?」


 目の前がぐるぐると回転し始めて、焦点が合わない。頭の中がふわふわ浮いたかと思えば、思いきり揺さぶられる感覚に陥る。それでも両手で頭を抱え、支えながら視線を左右にやって辺りを見る。

 考えることは、とにかく自分の周りにアヤカシがいないかどうかだけだった。


 シンと静かな部屋に、時を刻む音だけがユウの心を正気にとどめようと響いている。


 どのくらい時間が経ったか。時計を確認する余裕はなかった。ただ、自分の中では嫌というほどゆっくり流れていて、それは同時に、永遠に夜が明けないのではという絶望を呼び起こす。


「……兄ちゃん……」

 ポツリと言い零して、直後に自分の頭を拳で殴る。


「頼るな。甘えるな。自分で決めたんだ、やりとおせ」


 意を決して立ち上がり、再度、部屋の中央で辺りを警戒するようにあちこち睨みまわす。

 華美な調度品はないものの、ベッドも勉強机も洗練されたデザインのものが置かれている。


 他に誰も、いない。


「うん、ミサギさんの家だ。何でか分かんないけど、ここにはアヤカシはいない。大丈夫」

 言い聞かせるように呟く。


 兄と一緒に旅をしていた頃と比べれば、慣れない環境なのも仕方がない。

 今まで寝泊まりした場所の中では、ダントツの広さと快適さなのだ。


 ユウ自身の体質のせいで、一つところに三日と長く留まったことはなかった。


 夜は、野宿が常であった。


 休むところは兄が決めていた。アヤカシに見つかりにくい場所があるらしく、そこでは比較的ゆっくりできた。


 たまに宿をとることもあったが、その場合は兄が幾重にも結界を結び、ようやく眠ることができる。しかし、兄は寝るわけにいかず、結局、二人揃って休めたためしがない。


 いつアヤカシに襲われるか、気を抜けばたちまち周囲にも被害を及ぼす。


 そういえば、なぜアヤカシはこの家へは襲いに来ないのだろう。

 外にも、アヤカシ特有の嫌な気配がない。

 ユウは、そーっと窓から外の世界を覗き見た。


 地平線が延々と続く、だだっ広い草原。それ以外は、文字通り何もない。

 この国のどこに、こんな広大な土地があったのだろう。


「ここ、本当にニッポンなのか……?」

 考える間に空が白んできた。


 もうすぐ日の出だ。


「やっと朝……っくしゅん」

 気が抜けたのか、長い間、薄着でいたせいか、くしゃみが出てしまった。

「……着替えよう」

 ベッド脇にある服を手繰り寄せる。

 いつもの服なのだが、木戸が洗濯して丁寧に畳まれていた。

 寝間着から早々に着替えていると、小さな音がした。


 ミシリ、という、どこかで何かが軋んだ音。


「?」


 ズボンに足を通したとき、床が不自然に盛り上がっている事に気付いた。

「なんだ、これ?」

 よく見ようとしゃがみ込む。


 めりっみしぃ……ずっ……どおぉおぉぉおおぉぉん


 奇妙な床は、爆発音をたてて盛大に吹っ飛んだ。


「ぬぁあ!?」

 ユウは爆風に巻き込まれ、後ろへと転げて壁にぶつかる。

 そして、床からもうもうと煙が立ち上がる中からは、黒い影が姿を見せた。


「みっちゃん、参上ナリよぉ~う!」

「!?」


 噴煙止まぬ床下から現れたのは、金髪をポニーテールにしたサングラス男だった。

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