Seg 04 魔の途を知る者 -03-

 追い詰める東条の口ぶりに、クテンが反論しようと立ち上がる。

「東条さん、言い過ぎですって!」

 ムキになり、根を張っていた不満を束にして引き抜くように口調を強める。


「あなたという人はどうして……! ユウ君は、まだ義務教育も終わっていないのに、いきなり魔法について全てを知ってろ理解しろと言う方が無理です! 妖魅呼よみこの事だって――」


「あの……」

 東条の不満とクテンの震撼する怒りが部屋に充満し、ユウの仲裁しようとする声が、力無くかき消される。


「聡明で知識があっても、東条さんみたいな性格だと全部台無しですよねっ!」

「ああ慇懃無礼なAIだね。そういえば、この間またプラグを抜かれていたそうじゃないか。この際だから、サブ電源も落としておこうか?」

「ひとの傷口に塩塗り込んで、相変わらず酷い性格ですね!」

「強固な合金でできたコンピュータに傷口なんてあるなら見せてもらおうか」


「うぅ~! 辛辣! 冷酷! 非情! 性悪! 外道鬼畜っ!」


「おや? 単語を並べるだけなんて、出力機能が故障でもしたのかい?」


 手あたり次第に悪口あっこうを投げ合う二人の口論は止まらず、ユウの言葉も届かない。

 意を決したユウは、チョーカーをギュッと握りしめ、黙って二人の間に割り込んだ。


『?』


 二人を見上げるユウの眼差しは強い力がこもり、思わず気圧されて、東条もクテンも沈黙した。

 しかし、その沈黙をすぐにユウが破る。


「ごめんなさい!」


 申し訳ない感情のぶんだけ声を張り、深く頭を下げる。


「子供だからって、また甘えてました。兄ちゃんから離れた時、もう甘えないって決めてたのに、結局、迷惑をかけて、大変なことをしてしまいました」

 予想外の反応に、今度は二人が戸惑う。クテンはオロオロし、東条はキョトンとして言葉を失った。


「クテンさんがいなかったら、きっと大勢の人がケガしたり、死……んでしまったと思います」

 ユウは頭を下げたままで、『死』という言い慣れない言葉を一瞬、詰まらせながらも続ける。


「ボクは、なんで自分がアヤカシを呼んでしまうのか、狙われるのか、どうしたらいいか、兄ちゃんに何も訊いてませんでした。だから――」


 ユウは、ミサギの前で膝も手もついて居住まいを正し、頭を下げた。

 東条はそれを黙って見ていた。


「だから、ボクは自分が何者なのかを知りたい! この体質を治したい!」

 自分のせいで人が死んでいたかもしれない、思っただけで指先が冷たくなるのを感じた。

 その犠牲が、最も身近な人だったら――兄だったら。


 ユウの目に涙が溢れる。

 たかが想像。しかし、実際に起こりうる未来に、手が震えた。


「兄ちゃんにも、周りにも、もう、もう迷惑を……かげ……かけ、だぐないでず!」


 自分は無力だ。ユウの中で不甲斐なさと悔しさが零れる。大切な人を失う恐怖に、怯えが口にまで伝わり、声が震える。

 言葉尻が、しゃくり上げた喉で途切れながらも、必死に訴えた。


「お願……します。助けて、ください」


 ミサギは、チラと木戸を見やる。すると、彼は黙って頷いた。

 ユウを後ろから両脇を抱え、無理やり立たせた。

「!?」

「安易に土下座をするもんじゃないよ」


「けど、人生で一番大事なときにするもんなんじゃ……」

 それもヒスイから教わった事だと知ると、東条は固まった表情になる。涙目のまま木戸に持ち上げられるユウは、足がプラプラと揺れる。


「たかだか十代で土下座するような人生、僕ならイヤなんだけど。ヒスイはいったい何を教えてるんだ……ったく」


「あの、東条さんは――」


「ミサギでいいよ」

「え、あ、はい」


「!!!???」

 彼の言葉に、クテンの電子回路は衝撃を受けて数秒ほどフリーズする。ショートしたのではないかと間違うほど、彼女の周囲から火花が飛び出していた。


 どこの命知らずが天上天下唯我独尊性悪人間の東条ミサギを名前呼びするのか見てみたいと考えたことはあった。

 まさか、年端もいかない子供に許すとは。


 驚きに目を見開いたまま、彼女は決定的瞬間を密かに電脳内で永久保存した。


「それで? 君は具体的に何をするつもりなんだい?」


「あ、手紙を預かってます。兄ちゃんがミサギさんに渡すようにって。

 ……すいません、下りますね」

 宙づり状態のユウは、木戸の腕をするりと抜け、ピョコリと下り立つと、懐からヨレヨレの白い封筒を差し出した。


 アヤカシとの戦いで、動き回ったせいだろう。


 今や希少な紙で作られた、しわだらけの手紙。木戸が代わりに受け取り、開封するとこれまたしわくちゃにたたまれた便箋が出てきた。すぐさまアイロンで伸ばそうとする木戸から、ミサギは半ば強引にむしり取る。


「……ふぅん」

 文面をなぞるでもなく一点を凝視するミサギの視線。

「ヒスイは相変わらずだね」

 しばらく手紙を見つめた後、クスリと笑った。


「?」

「君たちも見る?」

 言われて、ヒラヒラと揺らす便箋を、クテンとユウが覗き込む。


 手紙には、いたってシンプルな内容――というより、たった一言だけがあった。



 お好み焼きは、全混ぜがいい



 丁寧な文字は、まごう事なき兄の筆跡。

 意味不明な文面は兄らしさ全開だった。


「に、兄ちゃん……?」

「個性的な、不思議な……お兄様ね」

 取り繕う言葉を探すクテンに、ユウは家族の恥ずかしい手紙から背を向ける。


「ものの喩えを食べ物でする癖は相変わらずだ」

 楽しそうに笑うミサギ。


 ユウはその笑い声に思わず顔を上げてしまう。彼の笑顔を直視し、心臓が破裂寸前になった。先ほどまでの意地悪とうってかわり、なんと純真な表情と屈託のない声なのだろう。


 ほころんだ唇と、子供っぽく楽しげに細める目に、ユウの視線が吸い寄せられる。

 見ているだけで、顔が茹であがったタコになって蒸気が沸き上がった。


 クテンはといえば、秒で彼を見る時にかけているモザイクを強くした。そうでもしないと、たとえコンピュータといえども表情認識機能が故障してしまう。


 会うたびに故障は敵わぬと判断したクテンは、

「あの私、次の仕事があるからもうお暇するわね! ユウ君、また会いましょ!」

「あ、はい」

 姿を現わした時と同じく、今度は光の粒子を散らせて、早々に去ってしまった。


「あいつ、逃げたね」

 反射的に返事をしていたユウは、ミサギの言葉で、彼女に置いて行かれたことにようやく気付く。


 ミサギはユウに向き直ると、肩をすくめて言った。

「まあ、ヒスイがこう頼んでいることだし、君をしばらく僕のところで預かるとするよ」


「えっ!? その手紙の意味、わかるんですか!?」

「君はわからないのかい? ほかにどう読めと?」


 さすがは兄の友人というか、類は友を呼ぶというか。ミサギが不思議そうな顔をしているのを見て、ユウは唖然として開いた口がふさがらなかった。


「そりゃ、なんとなくは……っていうか、え? ボク、ここにいてもいいんですか!?」

「他でもない、ヒスイの頼みだもの。君の悩みを解決できるよう尽力しよう」


 ミサギはユウへと手を差し出す。

「改めてよろしく、春日ユウ君」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 紅葉を思わせるほっそりと綺麗な手を、ユウの小さな手が握り返す。

 力加減が分からず、ゆるい握手をするユウに、ミサギの指は優しく包み込んだ。


「さて!」

 ミサギは、仕切り直しにパンッと手のひらを打つ。


「君を預かるには部屋が必要なわけだが。ちょうどここは空き部屋だったから、このまま使うといい。常に掃除はしてあるから、埃と換気の心配はないよ。他に分からないことがあれば木戸に訊きなよ。それじゃ、僕もまだ用事があるから」


 矢継ぎ早に言い残して、ミサギは出て行った。


「……ぷはぁ」

 ユウが、喉の奥にとどまっていた空気を一気に吐き出す。彼の言葉を聞いている間中、息を止めていたようだ。

 緊張か畏縮か。張り詰めていた気持ちが、ようやく緩んだ気がした。


 ふと、クテンの事を思い出す。

「じんてき被害はゼロ……か。すごいや」


 動画配信でも、テレビでもよく見かける彼女が、AIが、まさか魔法を使えるとは夢にも思わなかった。

 ミサギとのやりとりを見た限りでは、ここへたまに訪れるといった雰囲気である。


「また、会えるかな?」

「連絡なら、すぐにできると思います」

「うわびっくりしたぁ!」


 今度こそ心臓が破裂したかとユウは胸を抑えて驚いた。

 扉の横に木戸が立っている。てっきりミサギについていったのかと思われた彼は、ユウの驚きにも無反応で、

「スマホのメッセージアプリに、彼女からフレンド申請がなされているはずです」


 静かな、低い声で、

「それから、ユウ様が道を訊ねて巻き込んだという少女は、怪我もなく病院で検査だけをして帰られています」


 それだけを伝えると、軽く礼をして部屋から出て行った。

 残されたユウの、心臓はドックンドックンと早鐘に打ち鳴らされている


「い……いたんだ……しん――」

「ああ、そうだユウ君」

 ひょっこりとミサギが戻ってきて顔を覗かせる。

「――ぞうに悪いっ!」


「……象が、どうかした?」

 途中からしか聞いていないミサギは、象を思い浮かべ訊いた。

「い、いえ……なんでもないです」

 この屋敷の住人は、人を驚かせるのが好きなのだろうか。そんなユウの思いをそっちのけにして、ミサギは食堂がこの部屋の下、一階にあることを教える。


「夕食は七時からだからね」


 廊下では、ミサギの鼻唄が軽やかに響いていた。

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