Seg 02 魔の途を知る者 -01-
腰までなびく銀の髪に、すらりとした細身の身体。透き通るほど綺麗な肌の女性だった。
赤い生地にうっすらと、しかし丁寧な刺繍を施された裾の長い服が、絹のような髪をさらに引き立てる。ワンピースにも見えたが、両側にスリットが入り、覗くズボンが足をさらに長くみせた。
背丈は、ユウよりも頭二つほど高いだろうか。しかし、大男がすぐ側にいるせいで強制的に比較せざるを得ない状況となり、小柄で華奢に見えてしまう。
肩をすくめるようにして両手を後ろ手に組む姿は、冷静さを見せつつも、好意的な雰囲気を醸し出していた。
そして、ユウが最も惹かれたのは、彼女の瞳であった。
漆黒に染まり、光を閉じ込めてしまったような黒い瞳。
見ただけで力が抜けていく。顔が上気するのを感じ、考えようとしても脳が働かない。全て彼女に意識がいってしまって頭がぼうっとするのだ。そして、身体の中が心地よく蕩けていく。
「だ、誰……?」
ユウの意図せずに出た問いに、彼女はにっこり微笑んだ。
ゆっくりと開いた艶のある唇からは――、
「礼儀知らずな子だなあ」
刺々しい言葉が出た。
鈴が転がったのかと聞き違うほど澄んだ声で、がっかりしたと言わんばかりに盛大なため息をつき、
「クテンから連絡が来て引き取ってみれば……都心部は倒壊寸前、当人は三日三晩、昏睡状態。目が覚めれば恩人への礼儀もなし。ホント、物を知らない残念な脳みそだ。状況把握なんて、周りを見るだけでしょ? 子供でもできるよ。それなのに、『助けてくれたのはあなたですか』と、訊ねもしない。おまけに第一声が『誰』だ? 君はいったい今までどうやって生きてきたの?」
まくし立てられているが、彼女の言う通り、ユウは残念な思考回路しか持ち合わせていなかった。当然、現状が把握できていないユウの頭にほとんど入ることはない。
「えっと……?」
棒立ちで応えられない態度が、彼女の苛立ちを増長させた。
「君のせいで街は災害級の被害と大混乱が起きたんだよ? アヤカシと一戦交えるなら、結界くらい結びなよ! 魔力を持つ者なら、魔法士じゃなくてもまず学ぶべき基礎の基礎の基礎の初級編でしょう! 街にどれだけの損害が出たと思ってるの! 君一人がどう謝罪しても済まないよ!」
「…………それは、あの、ごめんなさい」
考えに考えた末、正座をして丁寧にぺこりと頭を下げるユウ。
「謝罪じゃ済まないって言ってるでしょーが! バカなの? 君はバカなのかっ!?」
「ば、バカじゃないです」
謝罪が彼女の怒りを煽ってしまったようだ。ユウは、怒涛の口調に対し、怯みながらも否定をした。
「いやもうダメだ。もう最っ悪!」
眉根を寄せて絶望に俯く彼女。先ほどまでの笑顔はどこへやら。
美しい顔は、口の端をへの字に曲げ不機嫌を隠しもせずに、ベッドで居心地悪そうに正座をしているユウを見た。
「はあ……なるほどなるほど……それが、君のしつけられた礼儀というわけか。なんとも世間知らずな子供がやってきたもんだね。ねえ、木戸?」
嫌味より恨み成分の強い言葉だ。
女性は、後ろに控えた大男を、木戸と呼んだ。彼は、頷くこともせず、ただ立っている。
無言無動を是と判断したのか、彼女は、満足そうにニヤリとする。
『口に針あり』とはこのことである。
初対面にも関わらず、悪意のある物言いに刺々しい言葉。見た目の美しさと違い、かなり――いや、とてつもなく性悪だった。
ユウに向き直り、さて、と腕組みをして考えるそぶりをする。すぐに思いついたのか、「そうだ」と手のひらを打ち、
「よし、君ももう動けるようだし、出てってもらおう」
いきなりユウを追い出す提案をした。
「クテンからの頼みだから助けたけれども、これはすぐ放り出してもよさそうだ」
「ちょ……ちょっと待って! ……ください! 出ていくのはいいです! けど、その前に訊きた――」
「そう、その前に挨拶だよね?」
食い気味に彼女の怒気が遮った。
「忘れてはいけないことだよね。君がどういう状況であれ、理解できていないでも、目の前に相手がいたらまずは挨拶をしなきゃだよね」
よほど礼儀に厳しいのか、彼女には当たり前なのか。とにかく有無を言わせない迫力があった。
勢いに押され、反射的に頭を下げるユウ。
「す、すみません! はじめまして! ボクは春日ユウですっ! 助けてくださり、ありがとうござい……痛ぁっ!」
ピキリッ、と軋む音がユウの身体から飛び出す。
ユウが妙な格好で動きが止まったのを見て、彼女は思い出したように「あーごめん、言い忘れてた」と苦笑した。
「そういえば君、土手っ腹に穴があいてる上、肋骨が折れているらしいよ。動いたり、大声出したりすると、身体に響くから気をつけなきゃ」
「……早く……言ってほしか……った」
痛みに耐えて半分頭を下げた体勢から動けないユウ。かろうじて胸元を抑えるくらいはできたが、痛みが体中を激走するのはしばらく止まらないだろう。
肋骨以外にも負傷を、しかも結構な深手を負っているとユウは察した。
胸、両腕、両足あちこちにガーゼや包帯が巻かれて、ごわごわ動きにくい感触がする。
特に、腹部はガチガチにきつく固定されていた。
女性が、ユウの額をチョンッ、と小突いた。
「うわっ!?」
ただ、軽く指で押されただけなのに、強い力で押し倒される勢いで、ユウの身体はベッドに沈む。
彼女は、不思議に目をぱちくりさせるユウの頭を撫でながら、にっこり微笑む。
間近に見る彼女は、きめ細かな肌に、顔のパーツ一つ一つが丁寧に作りこまれていて、本当に人間なのかと疑ってしまう綺麗さを持っていた。
黒霞の瞳に自身が映りこんだ瞬間、ユウはその異様な黒さに違和感を感じた。
「ちゃんと挨拶できたじゃないか。えらい、えらい」
ぽんぽんと頭を撫でる手は優しく、正しいことができた子供を誉める仕草だ。
彼女の優しげな笑顔と、ゆっくりと撫でる手のぬくもりが頬へと移動していくのを感じ、ユウの顔はあっという間に蒸気が立ち昇り赤くなった。
「次はこちらの番だね」
彼女は、ユウの寝ているベッド脇で足を揃える。さほど高くないが、ヒールがカツッと小気味よく鳴り、その音に合わせ姿勢を正す。
右手を後ろに、左手は腹部の前に当てて、女性はゆっくりと頭を下げた。動きの一つ一つが洗練されていて優雅であり、彼女の美貌がさらに引き立つ。
今更だが、彼女の名前をまだ知らない。
「じゃあ、初めまして」
ユウの心に応えるかの如く、女性は自己紹介を始めた。
「僕の名は、東条ミサギ。君のことは、ヒスイから聞いて知っているよ。春日ユウ君」
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