第2話

「で?」


「で、って……もう少し興味持ってよ。陽介、恋愛小説とか好きでしょ?」


「人が幸せになるのを見て虫唾が走るのが現実で、お前ら幸せになれよと反射的に願うのが物語なんだよ」


「えぇ……情緒大丈夫?屈折しすぎてない……?」


学校にて。

僕は友人の陽介に対して近頃奇妙な様子を見せる幼馴染について相談していた。けれど一方の陽介は僕の恋路など心底どうでもいいようで、頭を抱える僕をすげなくあしらってスマホに目を向けてしまう。

だが、尚も諦める様子のない僕を見兼ねたのか、溜息を一息ついて口を開いてくれた。


「大体なぁ、確かに俺は恋愛系が好きだ。だが、だからって恋愛相談しようってのは短絡的に過ぎるだろ」


「何事にも先達はあらまほしきことなりってこの間の授業でやったじゃん」


「お前は覚えた言葉をすぐ使いたがる小学生か? つーか俺は先達じゃねえよ。彼女もちのリア充にでも相談しにいけ」


「いや……恥ずかしいし……」


「俺が知るか」


「そう言わずにさ、親友だろー」


「それこそ俺は知らん……ったく」


陽介はやや硬質な髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。そして何かを考えるかのように口元に手を当てて、再び言葉を紡ぎ始める。


「で、その幼馴染がお前を避け始めたのはいつだよ」


「……ありがとう陽介!確か、一ヶ月と少しだったと思う」


「あぁ、やっぱりか……次の質問だ。お前からそれとなく距離を取るって話だが、他にも会話の途中で席を立ったりしてないか?」


陽介が呟いた納得の声の意味を尋ねたいけれど、あくまでも僕は相談に乗ってもらっている立場に過ぎないので、その疑問の声を抑えて質問に答えた。


「……言われてみればそうかもしれない。今朝も、会話も早々に食器を取りに行っちゃったし」


「直前にはどんな会話をしてたんだ?」


「朝食作ってくれてありがとう、雅の料理は美味しいから楽しみにしてるって話を」


「……聞いてるだけでむず痒い」


「雅の料理が美味しいのは事実だから」


陽介は辟易とした顔をしているが、極めて遺憾だ。彼女の料理は本当に美味しい。栄養士の親譲りなのか、栄養価まで考えられていて、思わずお金を支払いたくなるほどだ。

雅の料理がどれだけ美味しく、見栄えがよく、食べる人の健康が考慮されているか。今一度語らねばなるまいと僕が口を開くと、陽介は勘弁しろと言わんばかりに顔を歪めて機先を制してきた。


「いちいち惚気に繋げんな、もう聞き飽きてんだよ。耳にタコができるわ」


「タコができるほど話してないよ」


「とにかく、だ」


僕の不服そうな顔を無視して、陽介はパタリとスマホを机に置いた。訝しげに視線を向けると、彼は両手を机の上で組んで口元を隠し、悪巧みをする秘密結社の幹部のようにニヤリと相貌を歪めた。

……赤ワインでも持ってたら完璧だったなと思ったのは内緒だ。


「俺に策がある」


一瞬思考の空白ができる。が、空気の振動を言語として理解するやいなや、僕は思わず身を乗り出していた。


「ほ、本当なの陽介!?」


「ああ、本気マジだよ。この作戦を遂行すればお前は幼馴染と結ばれる。俺はお前の鬱陶しい相談を受けずに済む。両者万々歳のカーテンコールだ」


「そ、それで策っていうのは……?」


ごくりと生唾を飲んだ。緊張からかたらりとこめかみから汗が垂れ、背中と手のひらにじんわりとした感触を覚える。


これが、そこいらのクラスメイトならここまで真剣になれない。


けれど、何せ彼は、四六時中恋愛系統の物語を読んでいるような男だ。

バトル漫画だろうとスプラッタ映画だろうと、完全に本懐を無視して恋愛要素ばかりに目を向けている。身体の芯まで、それこそ造血機関たる骨髄までもが恋愛に浸食されている男だ。

その知識量は恋愛のスペシャリストと称しても過言ではないだろう。


その陽介が、完璧な策があると話した。期待が否応なく高まり、僕の視線の熱気も増長していく。


陽介は僕の緊張の糸を解くかのようにふっと笑みを緩め、自信満々に策を述べたー!!!


「お前が前々から計画してた通りに事を進めて速攻告白する。以上」


おお!僕が前々から計画した通りに告白か!





……?


「ゑ、それって無策ってことじゃない?」


「成せばなる成さねば成らぬ何事も。策士策に溺れる……つまり、当たって砕けろ」


「酷くない!?」


「喧しい。んな心配しなくても問題ねえだろうよ。つーか気付けよ」


「気付けって何に、親友の白状さに!?」


「俺に目を向けてどうすんだよ、幼馴染に向けろ幼馴染に。そうじゃなくて時期に着目しろ……つっても、これ以上は不粋か」


陽介は溜息をついた。おかしい。今日だけで何回も溜息をつかれている気がする。


「まーあれだ。口を開けば幼馴染に関することばっか話やがるし、基本鬱陶しいお前だが」


「親友が辛辣だ……」


「裏を返せばそれだけ好きってことだろ。お前なら大丈夫だ、気張れよ、


▼▼▼


陽介の貴重なデレを頂戴した僕は、散々期待させておいて結局何も無かった事に対する復讐いじりを思う存分に謳歌した後、家への帰路についていた。


心の憂鬱さが身体に直結しているのか、まるで両足が石のように重い。


「……また避けられるのかなぁ……そんな状態で告白するしかないのかなぁ」


辛い。

全人類と愛する者、お主はどちらを選ぶと神様に問われたら脊髄反射的に「雅」と答えてしまうくらいには愛しているのに避けられるのが辛い。


「……よしっ!」


気合注入とばかりに自分の頬をひっぱたいた。頬はヒリヒリとした熱感を伝えてくるが、その痛みが僕のネガティブを吹き飛ばしてくれる。


どうせいつかは告白する。仮に断られても、僕が雅のことを諦められないのは分かりきっていることなのだ。それならば、陽介の話していた通りにいち早く告白してしまうのが手っ取り早い。


仮に断られたのなら修正を、自分磨きをすればいい。


そりゃあ振られた暁には、恐らく僕のテンションは台所に出没する例の黒い奴が顔面に向かって襲撃してきた時以上に失墜するだろう。けれど、うじうじ言ってても始まらないのだ。


扉に手をかけ、ひんやりと冷たいドアノブを回す。今日は一日中食事お世話になる約束をしていたからか、既に雅の靴が玄関口に礼儀正しく並んでいた。

リビングに顔を覗かせると、ソファに座った雅が笑顔を向けてくれる。

……嗚呼、癒される。


「おかえり、透。随分遅かったけど今日バイトの日だった?」


「ただいま。ちょっと陽介と話し込んでたら遅くなっててさ。外見たら真っ暗だったから驚いたよ」


「本当に。秋はつるべ落としって言われるだけあるよね」


「水道がひかれてもう随分経つんだから、いい加減引退してくれても全然構わないのに」


「透、日差しと水道は関係ないでしょ? 鶴瓶と掛けてるのは分かってるけどさ」


「公転が恨めしい……」


「ふふ…、そうだ、さっきお隣のおばさんから林檎貰ったの。切るから一緒に食べよう」


制服からゆったりとしたルームウェアに着替えたらしい雅は平安の貴族みたいに口元を上品に覆ってクスリと笑った。


その所作に思わず見惚れるが、今は彼女の可愛さに浸っている場合ではない。


ふんすと改めて奮起をしてから、台所へと向かおうとする雅の手を取った。


掴んだ手からは少女特有の滑らかさと柔らかい感触が伝わってくるけれど、ひとまずそれは無視をする。


雅は戸惑ったように「透……?」と声を掛けてきた。


「……雅、明日の土曜日なんだけどさ、なにか予定あったりする?」


「……特には、ないよ」


「そっか、それならさ。ーー僕と、遊園地に行かない?きっと、 最高の一日にしてみせるから」


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