第58話

「はっ!」

 紫雨の薙刀が魔物を真っ二つに斬り上げた。

「…良し、今日はこれで終了だ」

 紬原さんの言葉に、俺達は思わず床に座り込む。

 曜日の感覚などとっくに無くなり、今は日数の経過を壁に刻んでいた。今日はこれで60日目の訓練を終えた所だ。

 10日を過ぎた辺りから感情の起伏が希薄になり、それ以降はただ黙々と魔物を倒し続けた。自分達の世界を救うという目的も忘れかけていた所だ。

 結果として二人だけで過ごす夜にも慣れ、互いに遠慮も無くなっていった。気を回す元気も無くなったとも言えるが。

 洗濯物による仕切りは取り払われ、人としての感情を繋ぎ止める為に会話を重ねた。互いを良く知るという意味では、良い時間だったとも言える。

 そんな俺達を見て、彼が口を開く。

「これで現実世界では一日目の夜を迎えた訳だ。今日は屋敷で食事を摂り、来客用の寝室で寝て貰う。まあ多少の気分転換にはなるだろ。先ずは此処で風呂を済ませてから、屋敷の方に来てくれ」

 彼はそれだけを告げると、その場を後にした。

 残された俺達は顔を見合わせ、紫雨が立ち上がる。

「じゃあ先に頂くわ」

「ああ」

 彼女は真っ直ぐ風呂場へ向かった。俺はそれを見送り、床に寝転がる。

 そして無意識に風呂場から聞こえる音に耳を傾け、目を閉じる。

 もし休み無しで続けるのなら、この60日間をあと29回繰り返す事になる。想像するだけで頭に霧が掛かる程だ。

 この期間だけでも大分強くなった筈だ。魔力量も増え、魔法の威力も増した。紫雨も身体強化を使いこなしている。段階的に魔物も強くなるので殲滅速度は変わらないが。

 なお夜は別行動とは言え、紬原さんには全く疲れが見えない。それどころか魔物を召喚した後は、自分の訓練を始める程だ。本人は明言を避けていたが、訓練が趣味に違いない。

 やがて彼女が風呂から上がり、入れ替わりに俺が風呂に入る。あまり待たせるのも気が引けるので、湯船には浸からず頭と身体を洗うに留める。

 そして風呂から上がり、一緒に屋敷へと向かった。

 屋敷に入るとメイドが待っており、そのまま案内される。扉を開けると其処は食堂のようだった。

 席まで案内され、椅子に座る。左手には紬原さんと一人の女性、そして向かいには5人の女性が座っていた。

 紬原さんが立ち上がり、話し始める。

「事前に話はしてあるが、改めて紹介する。こちらが日本から来ている桐原君と御堂さんだ。女神からの依頼で鍛えている。その間は執務や訓練は任せきりになるが、宜しく頼む」

 そして彼は今度は俺達の方を向いた。

「俺の隣が第一婦人のアルト、そしてそっちが第二から第五婦人のアンバー、萌美、楓、桃華だ。最後に客分の澪だ。名前の通り、4人は君達と同じ日本人だ」

 紹介された皆が、俺達に向けて頭を下げる。

 …聞き流しそうになったが、第五婦人とか言っていた。こっちの世界に来て良くて数年だろう。その間に屋敷を持ち、妻を5人も娶っているとは。

「じゃあ食事の前に、レベルを確認しておくか。アンバー、頼む」

「ん…、判った」

 第二婦人と紹介された人が立ち上がり、俺達の方にやって来る。そして俺の額に手を翳した。僅かに頷くと、今度は紫雨に同様の事をやってから席に戻った。

「どうだった?」

「…彼は429、彼女は386」

「結構高いな。流石は向こうでも魔物を相手にしてただけはある、か」

 基準が判らないが、そこそこ高いらしい。

 俺は何となく尋ねてみる。

「そのレベルって、どれ位あれば俺達の目的を達成出来そうなんですか?」

「んー。二対一だが、5千は無いと心配だな」

「…今の10倍以上、ですか…」

 そう言われると、一ヶ月という訓練期間もあまり余裕が無く感じる。仮に1日300レベルの上昇として、20日間で6千だ。ゲームならレベルが高くなる程に上昇ペースは落ちるのが定番だ。

 そんな俺達の表情を読んだのか、彼が言葉を続ける。

「そう心配するな、恐らくは大丈夫だ。それに最悪の場合は最終手段もある。敵わない状態で送り出したりはしないから、安心しろ」

「…判りました、信じます」

 どの道、他に頼る伝手は無いのだ。信じるしか無いだろう。

 そうして話は終わり、食事となった。

 久々の暖かい食事に、感動を覚える。何より欠乏していた野菜や果物に美味さを感じる。

 気付くと、少々みっともない程にがっついてしまっていた。だがその手を止める事が出来ない。

 そして落ち着いた頃には、数人前を平らげていた。

 その後はお茶を頂きながら、主に質問に答えた。やはり日本人が多いからか、今の日本の状況を皆知りたがったのだ。俺達は包み隠さず質問に答えた。

 多少不安にさせてしまったようだが、最終的には俺達に後を託してくれた。ならば期待に応えるべく、頑張るしか無いだろう。

 食事を終えると、俺達は来客用の寝室へと案内された。

 その部屋にはベッドが2つ置かれており、紫雨と同室だった。

 だが特に疑問も言わずに、お互い受け入れた。既に2ヶ月も一緒に寝ていたのだ、今更だろう。

 久しぶりの柔らかい布団に身を沈め、天井を見上げる。やけに非現実的な光景に見えた。

 訓練続きで心身共に摩耗していたが、改めて目的とその為の訓練である事を認識出来た。次の60日間は、もっと頑張ってやろうと思えた。

 俺は紫雨の方を向き、告げる。

「お互い、折れずに頑張ろうな」

「ええ。何にせよ負けるのは癪だもの」


 そうして、俺達はこの世界に来て初めて、安らかな眠りに付いた。

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こちら生徒会 対魔特別班 龍乃 響 @hibikisa

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