第56話
紬原さんの「付いて来い」との言葉に従い後を追うと、村のある一角へと案内された。
入口を潜ると、闘技場のような広場が広がっていた。
「此処は兵達が使っている訓練場だ。君達はこっちだ」
そう言い、広場を抜けた先へと案内される。其処にはレンガ造りの四角い建物があった。
中に入ると天井は高く、広い空間になっていた。
「…さて。君達は此処で俺が鍛えさせて貰う。期限内に神霊よりも強くなって貰わないといけないからな、密度を上げて行く。具体的には、時空魔法で1日を60日に延ばす。向こうに戻る頃には明らかに年齢を重ねてしまうが、まあ我慢してくれ」
「…そうは言われても、不安しか無いんですが」
ざっくり頭の中で計算してみるが、約5年だ。途中に休みが入ったとしても、4年は経過する事になる。つまり戻る頃には二十歳になってしまう。
流石に躊躇してしまう話だが、状況が状況だ。これを拒否すれば、日本がどんどん危険に晒される中で自らを鍛え、光の塔とやらを踏破しなければならない。
…つまりは、選ばれた時点でその辺りは諦めるしか無いのだろう。死なないだけマシというものだ。
俺は紫雨の方を向き、目を見て頷く。彼女も一応納得したのか、頷き返して来た。
「…良し、それじゃあ早速訓練を始める。先ずはレベルを上げるのが先決だからな、俺が呼び出す魔物を全力で倒してくれ」
そう言うなり、悪魔のような姿の魔物が突如現れる。
「遅速鎖(スロウ・チェイン)」
そして幾重もの鎖が現れ、魔物を絡め捕る。
「…準備完了だ。二人一緒で構わないから、倒してみてくれ」
その言葉に従い、先ず紫雨が魔物との間合いを詰める。薙刀が鋭く振られ、連撃を繰り出した。
「水刃螺旋陣(カッター・スパイラル)!」
連撃を終えたタイミングを計り、俺も魔法を放つ。それは幾つもの傷を魔物に与えたが、未だ健在だ。
その後も同様の攻撃を幾度か繰り返し、やがて魔物は地に伏した。
「…こっちの魔物って、消えないんですか?」
俺は率直な疑問を口にする。
「ん?逆にそっちでは消えるのか?世界が違う影響なのかも知れないが、こっちでは死体は残る。冒険者ならこの後に魔石と素材を剥ぎ取る所だな」
そう言いながら、彼は魔物の死体に手を翳す。
「火炎爆砕(フレア・バースト)」
魔物は一気に炎に包まれ、やがて火が消えると灰だけが残っていた。
「…とまあ、こんな感じで当分は魔物を倒し続けて貰う。気が滅入るかも知れないが、我慢してくれ」
彼はそう言うと、再度同じ魔物を呼び出した。
「桐原と言ったな、お前は魔力が切れそうになったら教えてくれ。その時は不得手かも知れないが、武器で戦って貰う」
それからは、合間に休憩は挟むものの四時間程ずっと戦い続けた。流石に途中で魔力も切れ、俺はそれ以降は剣を振るっていた。紫雨も疲労が色濃かった。
するとそのタイミングで誰かがやって来た。ローブを着た男性だ。明らかに日本人だが、随分と顔が整っている。
「兄貴、水と食料を持ってきましたよ」
「ああ、有難う。部屋の角に置いといてくれ」
「了解、っと。…へーぇ、本当に日本人なんすね」
「そうだ、お前にも手伝って貰う予定だからな、挨拶だけしといてくれ」
するとその男性は、俺達に近付いて口を開いた。
「名前は畑本 祥、兄貴の部下っす。属性魔法のエキスパートっすよ!」
「あ、どうも。桐原 茅人です」
俺は思わずそう返し、紫雨も自己紹介をして返した。
彼は満足そうに頷いてから部屋を出て行った。
「良し、じゃあ飯にするか。…ほれ」
そう言って渡されたのは、パンに干し肉、それに水だった。空腹だったので早速パンを口にする。…思ったよりも硬い。ごわごわしている。
気を取り直して干し肉を口にするが、こちらも負けず劣らず硬かった。それに物凄く塩辛い。保存期間優先なのだろう。
何とか水で流し込みつつ食事を進める。糧食よりも侘しい食事だった。
暫くして皆食べ終えると、彼が口を開いた。
「俺は良く知らないんだが、昔から魔物が居たのか?」
「そうみたいです。具体的に何時からかは判りませんが」
「そっか、しかも学生が日夜魔物と戦っているとはな」
彼はそう言うと、水を飲み干す。
俺は其処で、気になった事を尋ねてみた。
「あの、紬原さんって凄く強いんですか?」
「ああ、一応な。大半は成り行きだった気がするが…」
「光の塔とやらにも、凄く強い魔物が居るんですか?」
「そうだな。真っ当なやり方で鍛えていたら、一生涯掛かるんじゃないか?こっちの世界でも、数える程しか踏破できてないみたいだしな」
「…そうですか」
中々不安になる解答だ。俺達が其処まで強くなれるのだろうか。此処まで来たら、彼を信じるしか無いのだけど。
すると彼は立ち上がり、口を開いた。
「そろそろ食事休憩は終わりだ、訓練の続きをするぞ。回復した魔力は身体強化に充てておけ」
彼の言葉に、俺達も立ち上がる。
そうして、先の見えない訓練は続くのだった。
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