第55話

 確かに今の日本は大変な状況に置かれているが、それを世界の危機と称するとは。何が起きているのかを知っているという事だろうか。

 そんな俺の考えを汲み取ったのかは判らないが、女神と名乗る女性は言葉を続けた。

「貴方達の世界から私達の世界へと、不定期ですが何人もの人達が転移されています。その目的は、地球の神による魂の間引きです。私の世界はそれを受け入れております」

 先ず語られたのは、異世界転移の話だった。現実にそんな事があるのか、正直信じられない。

「地球への未練の無い方が選ばれるのですが、その結果日本人が多く今まで選ばれました。その代償として、人と入れ替わりに魔物の住処が異界として地球に繋がります」

「…じゃあ、今はどんどん日本人がそちらに転移していると?」

「いいえ。多くの日本人が今までに私の世界へと転移した結果、日本という地域と私の世界との繋がりが強くなってしまったのです。それでも本来なら神が制御すれば問題無いのですが、地球の神はこれを放置しております」

「それが原因、ですか」

 話半分に聞いているが、もし本当だとしたら。原因が神だとすると、正直お手上げじゃないだろうか。

「制約により、私はそちらの世界に直接干渉する事は出来ません。ですがこのまま放置すれば私の世界にも影響が出ますので、解決策を提示したいと思います」

 彼女はそう言い一度目を閉じると、再度口を開いた。

「地球の神に直接謁見し、私の世界との繋がりを一度断って貰って下さい」

 …まさか神に会え、とは。実際に居るのかも不確かなのだが。まあこの人が女神だと言うのが本当なら、地球に神が居てもおかしくないかも知れないが。

 横を見ると、紫雨と目が合う。内容は理解しているが、納得は出来ていない感じだ。

 俺は女神に尋ねてみる。

「どうすれば神に会えるのかも、教えて貰えるのですか?」

「はい。私の世界と同様に、光の塔を踏破すれば会う事が出来ます。…そうですね、今の貴方でしたら見る事が出来るでしょう」

「光の塔とやらを見るには、条件があると?」

「そうです。一定以上の魔力量が条件になります。貴方が塔に触れれば、他の人にも見えるようになるでしょう」

「…では、その場所は?」

「日本でしたら八丈島の直ぐ西、八丈小島が近いでしょう。島中央部の山頂を目指して下さい」

 …流石に此処まで具体的な地点を示されると、あながち嘘では無いように思える。まあ何の手掛かりも無い現状だ、試してみる価値はあるだろう。

「判りました。では其処を目指してみます」

 俺はそう言い踵を返そうとすると、呼び止められた。

「お待ち下さい。今のままでは塔の踏破は出来ないでしょう」

「?…何か足りないのですか?」

「純粋に実力が不足しております。挑戦し続ければ何時かは踏破出来るかも知れませんが、あまりに時間が掛かり過ぎます。ですので間接的に手を貸したいと思います」

「間接的…ですか?」

「ええ。先程も言った通り、私は直接手を出す事は出来ません。なので私の世界の者に手を貸して頂き、貴方達を鍛えて貰おうと思います」

 成程、それだと手を出した事にはならないのか。しかしわざわざ鍛える必要があるとは、そんなに光の塔とやらは危険なのだろうか。

「もう直ぐ、最適な者が此処に訪れます。それまでお待ち下さい」

 彼女がそう言った直後、後方から足音が聞こえた。

「久しぶり…って程でも無いか」

 其処に立っていたのは男性だった。見る限り俺達と同じ日本人に見える。年齢は二十歳位だろうか。腰には日本刀のような刀を差している。

「ようこそ、侑人さん。ご足労頂き、有難う御座います」

「いや、故郷の危機って話だったからな。未練は無いが、妹が危険に晒されるのは困る」

「そうですか。…こちらの方々を、侑人さんに鍛えて欲しいのです」

 彼と目が合う。女神とも良く似た、強い魔力が吹き付ける。

「じゃあ一先ず連れて行くが…猶予は?」

「一月程度でしたら、時差無く向こうと繋ぐ事が出来ます」

「判った、じゃあ目安は一月だな。終わったらまた来る」

「はい、宜しくお願いします」

 彼はそう答えると「こっちだ」と言い、外に向かって歩き出す。俺達は顔を見合わせ、訳も判らず後を付いて行く。

 見えない壁を抜けると、眼下に青空が広がっていた。明らかに少し前に居た異界とは違う場所だ。階段が下へと続いている。

「じゃあ早速戻るか。じっとしていてくれ」

 彼は立ち止まると、そう告げた。何かをするつもりなのだろうか。

「…黒よ、仄き黒よ。我が身を呑み、虚空を跳べ。疾く駆け、道標となれ」

 彼が呪文のようなものを唱えると、地面から黒い触手が何本も伸び、俺達を包んだ。全て覆われ真っ暗闇になった直後、身体が後方に引かれる感覚が襲う。前に進んでいるのだろうか。

 やがて引かれる感覚は無くなり、黒い触手が地面へと戻る。

 すると眼前には家が幾つも立ち並んでいた。だが家の造りに違和感を感じる。あるのは木造か煉瓦造りだ。見覚えのあるような住宅は見当たらない。

「…此処が俺達の村だ。君達には、一ヶ月程此処で生活して貰う。宜しくな」

「は、はい。…えーっと、何て呼べば良いですか?」

「ああ、自己紹介が未だだったな。俺は紬原 侑人。君達と同じ日本人で、こっちの世界に転移した者だ。名前は好きに呼んでくれ」

「はい。えと、俺は桐原 茅人って言います。彼女は御堂 紫雨。お互い高校一年です」

 俺がそう紹介すると、紫雨は思案顔になっていた。

「…何か気になる?」

「紬原…。もしかして、栞先輩のお兄さんですか?」

 彼女がそう告げると、彼は一瞬驚いた顔をした。

「…成程な。偶然だろうが、妹に随分近しい存在らしいな」

 彼はそう言い、笑顔を浮かべた。そして改めて俺達の方に向き直り、口を開いた。


「これから、俺がしっかりと鍛えさせて貰う。宜しく頼む」

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