第54話

 学園に集まった俺達の前で、会長は書類を片手に表情を曇らせていた。

 全員が集まると会長は立ち上がり、口を開いた。

「先ず報告だ。昨日発見されたランク10の異界攻略だが…失敗したそうだ」

 その言葉に皆がざわつく。今まで後手に回る事はあっても、失敗した事は無かった筈だ。

「多様な敵に対処する為、マシンガンやショットガン、対戦車ライフル等を投入したそうだが。結果は10人中6人が死亡、4人が負傷しつつも逃げ延びたそうだ。大型の魔物に超速で接近され、一気にやられたらしい」

「…外には出て来ていないんですか?」

「入口が然程大きくないらしくてな、遭遇した魔物は物理的に通れないそうだ」

「…そうですか」

 最悪の事態は免れたみたいだが、状況は厳しそうだ。魔物の速さに付いて行けないのでは、どんなに強力な銃火器があっても無意味だろう。

「当面は入口を装甲車で塞ぎ、様子を見るそうだ。場合によっては、入口から直接ミサイルを打ち込む案もあるらしい」

「異界特務庁は?」

「只でさえ人不足だからな、投入は見送られている。仮に速度に付いて行けても、火力が足りない可能性が高いそうだ」

 ならば両親や唯姉が危険に晒される心配は、当面無さそうだ。今後の判断次第では判らないが。

「…では、これが今日の割り振りだ。道中でも魔物と遭遇する可能性があるから、注意してくれ」


 俺と紫雨は、駅前のテナントビルの最上階を訪れていた。

 通路の先を見ると、突き当たりに異界への入口が現れていた。相変わらず次元を超えた繋がり方をしている。

 異界へと足を踏み入れると、広大な空間が広がっていた。其処には幾本もの太い柱が立ち並び、まるで古代の神殿のようだった。

「…通路じゃないのね」

「進み難いな。囲まれないように慎重に行こうか」

 紫雨の呟きに俺はそう答え、歩き始める。

 いきなり中央に進むのは危険だと考え、右側の壁に沿って進む。今の所、視界内に魔物は見当たらない。

 やがて壁に沿って二度曲がった後、先へと続く通路を見付ける。左右対称だとしたら、この空間は学園のグラウンド程の広さがありそうだ。

 通路の先を見るが、其処にも魔物の気配は無かった。普段ならとっくに遭遇していてもおかしくないのだが。極端に魔物の発生密度が低いのだろうか。

 通路をそのまま先へと進む。暫く行くと突き当たりとなり、上へと続く階段が現れた。

「…上に行くなんて、初めてじゃないかな?」

「そうね。今までは多層の場合、下に続いていたもの」

「魔物は出ないし何か違和感あるな、この異界」

 俺はそう呟き、階段を登る。その先は、同じような通路が先へと続いていた。やはり魔物の気配は無い。

 此処まで来ると、他の異界とは明らかに違う可能性が浮上する。魔物が居らず、上へと進む。危険は無いのだが、不安を覚える。

 その後、階段を登り通路を進む事を幾度も繰り返した。景色は変わらず、魔物も現れない。

 そして階層にして10層へと到達し通路を渡り切ると、入口に似た空間が広がっていた。

 同様に石柱が立ち並ぶ中を、壁に沿って進む。

 そして通路の正面に当たる所まで来ると、其処は祭壇のようになっていた。10段程の階段の先に、石像が立っている。

 それは女性を模した像で、背丈は俺達と同じ位だった。

 異界自体が人工的な造りではあるが、明らかに人為的な物があるのは珍しい。

「宗教的な施設なのかしら?」

「恐らくね。神殿の類だとは思うけど…」

 俺はそう答え、石像に触れてみる。

 その瞬間、視界が暗転した。



 気が付くと、周囲の雰囲気が変わっていた。

 同じく神殿のようだが、石柱が遥か先まで続き、天井が見えない。周囲も空間が続いているようだが、先に何があるのかが目視出来なかった。

 横を見ると、紫雨も上を見上げていた。状況を理解出来ていない顔だ。

「ようこそ、地球の住人よ」

 不意に声を掛けられ、思わずその方向を向く。すると真正面に女性が立っていた。

 俺はその姿に直ぐに思い当たる。あの石像にそっくりだった。

 純白の衣にウェーブの掛かった金髪。少なくとも日本人では無さそうだ。

 俺は杖を構え、紫雨も薙刀を抜き放つ。異界の最奥に一人で居る時点で、相当怪しい。

 だがその女性は俺達の動きに動じる事も無く、言葉を続けた。

「まずは自己紹介を。私の名はエフィール。皆様が暮らしている地球とは別の世界の女神です」

「………」

 俺は思わず無言で返してしまう。何を言っているのだろう。別の世界?女神?

 異界を別の世界と呼ぶのなら、まあ判らなくも無いが…。女神というのは納得しかねる。そんな常識外の存在を理解しろと言われても、それは無理な話だ。それは紫雨も同様なようで、不審な眼を向けていた。

「…同然の反応だとは思います。ですが、先ずは私の話をお聞き下さい」

 彼女は全く表情を変えずに言葉を続ける。

 見る限り武器の類は持っていないようだ。気になるとしたら、やけに魔力の流れを感じる所だろうか。彼女の側から、常に魔力が吹き付けている感じだ。

 俺達の無言を承諾と捉えたのか、彼女は一度頷くと続けた。


「貴方達の世界の危機、その解決をお願いしたいのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る