第53話

 それから数日間で、俺達を取り巻く環境は急激に変化して行った。

 先ずSNSで謎の生命体の目撃情報が相次ぎ、世間を賑わせた。それはテレビのニュースでも取り上げられた。この時点でもう、隠蔽は不可能になっていた。

 続いてとうとう一般人に被害が出始めた。負傷者は数知れず、遂には死者が現れた。

 此処で政府は緊急事態を宣言、各地への自衛隊派遣を決定した。また国民へは事態が沈静化するまで、外出の自粛を呼び掛けた。

 国会での野党からの追求に対し、内閣はとうとう異界特務庁の存在を公表。併せて異界と魔物についても情報公開した。これは隠匿したままでの自衛隊との連携が困難だった為だと言われる。

 これ以降は異界特務庁の指揮の元、自衛隊と協力して治安維持と異界攻略が開始された。其処には一部の学校に存在する対魔組織も、戦力として加わる事となった。

 なお外交上の都合により、在日米軍は事態を静観する事となった。


 そんな変化のあった数日後。俺達は平日なのに人気の無い学園に集まっていた。

 手元には先日までの異界発見・魔物討伐や、一般人への被害等の情報が集まっていた。これは異界特務庁から毎日送られて来る物だ。

 それとは別に、異界特務庁からの指示書も来ていた。今日の俺達の役割が記されている。

 皆で一通り目を通し終えると、会長が口を開いた。

「…新たな異界の出現ペースは変わらず、か。この状態があと一ヶ月続けば、自国のみでは対処出来る許容量を超過。その際は米軍の協力を仰ぐ事になる、と」

 自国の治安維持を他国に頼るのは国の威信に関わるし、保障などの問題もある。恐らく政府は、ギリギリになるまで頼らないだろう。

 現状自衛隊の約半数は、発電所や大きな病院等の重要施設の防衛に当たっている。残り半数が異界特務庁と一緒に、異界攻略と魔物討伐を行なっている。それは俺達も同様だ。

 発見された異界は異界特務庁によりランク付けがされ、難度の低い所が一般の対魔組織に割り当てられる。要は魔物が飽和しない為の間引きだ。

 俺達に割り当てられた異界は、魔物は弱いが数が多い。先輩達は一人で一ヶ所、俺達一年は念のため二人で一ヶ所を担当する事となった。

 俺と紫雨が訪れた異界は、その入口が民家の庭に出現していた。住民は既に避難済みだ。

 異界に侵入すると、一気に気温が下がる。此処は変わらず一定温度を保っているようだ。

「此処のランクは…3か。学園の下層と同程度かな」

「そうね。魔物の種類は違うから、慎重に行きましょう」

 俺達はそのまま先へと進む。手順は先ず俺達が異界内の魔物を一掃し、次に自衛隊が重機で入口を封鎖する。その後は飽和予定日まで放置する事となる。そうしないと手が回らないのだ。

 この状況のお陰と言いたくは無いが、結果として俺達は急激に成長していた。

 少数で一定以上の難度の異界を日々攻略しており、その密度は学園生活の比ではなかった。

 迫り来る魔物を、紫雨が薙刀で両断する。その背後の魔物を俺が魔法で打ち倒す。この程度の相手なら、作業のようにこなせていた。

 俺は地図を描きながら、先へと進む。魔石は放置だ。

 そうして昼頃には異界を攻略し終え、外へと出る。管轄の異界特務庁へ連絡を取り、自衛隊が派遣されるまでの合間に昼食を頂く事にした。

 お互い取り出したのは調理不要の糧食だ。クラッカーとジャム、チョコレートにジュース。時間に余裕がある日は、温めるタイプの糧食を食べる事もある。

 俺達は民家の玄関に腰掛け、食べ始める。

 遠くで時折乾いた音が鳴り響く。銃声だ。

 国民の安全最優先の為、自衛隊には発砲が許可されている。但し流れ弾による被害を防ぐ為、射線には色々と制約があるらしいが。

「…まるで終末世界よね。日本でこんな光景を目にするなんて」

 紫雨が食べながら呟く。

 この光景は、内戦中の国に似ていた。市民は潜み、兵が闊歩する。銃声が日常に溶け込む。

 未だ異界が増え続ける原因は不明だ。確かなのは、その殆どが日本のみで起こっているという事だ。海外では一部で数える程しか事例が無いらしい。

 俺は空を見上げる。すると自衛隊の輸送機が横切った。

 インフラを止める訳には行かず、現在も物流業界は業務を遂行している。だがその卸先は店舗ではなく、国と個人宅がメインとなっていた。

 一般市民は自宅に籠り、この状況を耐えている。外に出られる分だけ、俺達の方が幸せなのかも知れない。

 やがて大型車両の近付く音が聞こえる。自衛隊が来たようだ。

 俺達は部隊長と挨拶を交わし、状況を説明。作成した地図を渡し、業務を引き継ぐ。

 後を任せ、俺達は一度学園へと戻った。

 既に皆も戻って来ており、次の担当場所を確認していた。

 ホワイトボードに貼られた地図には、沢山の印が付いている。赤が未封鎖、青が封鎖済み。書かれた数字は異界のランクだ。

 封鎖済みの異界に別の異界が繋がる可能性を考慮し、封鎖した異界の飽和までの期間は半分程度で見積もられている。

 会長が書面を手に、昼までに届いた情報を読み上げる。

「…一部の若者が武器を手に異界に侵入、魔物に殺される事件が起きているようだ。もし異界で一般市民と遭遇したら、避難誘導を最優先にとの事だ」

「えー、拒否られたら?」

「強制執行が許可されている、要は力ずくだ。多少の怪我は許されるそうだ。面倒だろうが遭遇時は対処を頼む」

 エリスの問いに、会長がそう答える。無謀な人も居るものだが、俺達のような一般組織の協力は公開されている。ならば自分達も、と勘違いしたのだろうか。

「それと、ランク10の最高難度の異界が市内で発見された。まあこのランクは暫定で、ランク10は幅が大きいらしいが。午後から早速攻略が開始されるそうだ」

「ランク10って…どんな強さなんでしょうね」

「話によると、低威力の銃火器では火力不足だそうだ。入口が大きければ、戦車も突入させるらしい」

「それは…まるで怪獣映画ですね」

 俺は思わずそう返す。

 対外的な理由から、海上・航空自衛隊は輸送を除き異界攻略に参加していない。現在参加しているのは陸上自衛隊のみだ。

 弾薬や銃火器はアメリカから逐次入手しているそうで、自衛隊員の装備が一新される勢いらしい。

「攻略の結果は明日の朝には出るだろう。兎も角、私達は私達の役割を全うしよう」

 会長はそう言い、午後の担当が割り振られる。


 そうして午後の異界攻略も済ませ、翌日を迎えた。

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