第51話

 会長が異界特務庁へ連絡をしている間、俺は改めて周囲を見渡す。この地面の切断痕は、戦闘の痕跡なのだろう。

 俺は久遠寺先輩に声を掛ける。

「すみません、どんな魔物でしたか?」

「えーと、角の生えた猪みたいな姿だったわ。大きさも車ぐらいはあってね」

「そうですか、こちらとは違う種類みたいですね」

 だが落ちている魔石の大きさを見る限り、同程度の強さだったようだ。ならばお互いの魔物遭遇場所の間辺りに、異界が存在するのかも知れない。

 すると丁度、会長が連絡を終えたようだ。

「…ふぅ、連絡は済んだぞ。場所は教えておいたから、その周辺をこれから調査するそうだ」

「既に魔物が外に出て来ているのって、相当危なくないですか?」

「まあ異界は突如こちらに繋がるし、其処に扉など無いからな。その近くに居た魔物が出て来る事もあるのだろう。少なくとも、その異界が魔物で溢れている訳では無いと思うぞ」

「そうですか。でもこの強さの魔物は、相当危険ですね」

「ああ。一般人が遭遇すれば、確実に逃げる事も出来ず殺されるだろう。これが日本全体となると、魔物の存在が表に出るのも時間の問題かも知れないな」

 もしそうなったら…どうなるのだろうか。魔物と遭遇する危険を孕む日常。生活に支障が出るのは確実だろうし、死傷者も常に発生するだろう。

 そんな事を考えていると、他のメンバーがやって来た。全員無事のようだ。

「皆、お疲れ。異界特務庁への連絡は済ませたし、遭遇した魔物も討伐済みだ。今日はこれ位にして、私達は引き揚げるとしよう。だが念のため、帰路でも注意をしてくれ…では解散」

 そう告げられ、各々が家路に向かった。


 翌日の放課後、対魔特別班のメンバー全員が準備室に集まっていた。

 早速とばかりに会長が口を開く。

「昨夜の件だが、異界特務庁から連絡が来た。異界は一ヶ所を無事発見、既に攻略を開始している。また周辺に魔物は居なかったそうだ。それと戦闘の痕跡だが、何物かの大掛かりな悪戯として処理された」

 其処まで告げると、会長は回収した魔石をテーブルの上に置く。その隣に、俺も魔石を置いた。

「この魔石の大きさだと、やはり最下層よりも強い魔物だったようだな。次からは、組み合わせを変えた方が良いのかも知れない」

 そうなのだ。もし亮とエリスがこの魔物と遭遇していたら、討伐出来なかった可能性が高い。俺達か矢吹先輩の方に組み入れるのが良さそうだ。

「今の状況だが、弱い魔物しか居ない異界は一先ず入口を封鎖する処置を取っている。逆に強い魔物が居る場合、人員を割いて攻略を行なっているそうだ。魔物が溢れて外に出て来た場合、危険なのは強い魔物の方だからな」

「それで、自分達の行動に変更はありませんか?」

「うむ…悩みどころだな。学園の異界攻略は魔物が溢れない程度に留め、パトロールを増やすのも良いかと考えている。新たな異界の出現というこの状況の方が、危険度は高いようだからな」

「なら、曜日を入れ替えますか?火木を異界攻略、月水金をパトロールという感じで」

「…そうだな。当面はそのようにしよう。状況が逼迫したら、再度見直す事とする」

 そうして今後の方針が決定した。当面はパトロールの回数を増やす事となった。

 今日はその方針に則り、今度は南西地区のパトロールを行なう。昨日と同様に一度解散し、夜に再度集合となった。

 今日は3グループに分ける事となり、一年四人が1グループとなった。あの強さの魔物が居るのだから、当然の判断だろう。

 俺達は早速、道を逸れて西方向へと向かう。

 トランクを二人が持ち、残り二人は長物を抱える。傍から見るとかなり怪しいだろう。面倒なので通報されない事を祈る。

「…しっかし暑いな。これから夏本番になったら、流石に耐えられねーよ」

 亮が歩きながら愚痴を言う。気持ちは良く解るが。

「ねー、昨日のbeastって強かったの?」

「そうね、一対一だと抑え込むので精一杯だったわ。後衛が距離を詰められると危ないでしょうね」

 エリスの問いに、紫雨がそう答える。確かにエリスが間合いを詰められたら、回避は困難だろう。昨日のは知能も高そうだったし、後衛を狙って来る可能性は充分にある。

 やがて周囲に大きな建物が立ち並ぶようになる。この辺りは工業団地のようだ。その多くはこの時間でも稼働しているらしく、各所の窓からは明るい光が漏れていた。

 この道路の更に先は壁がせり上がっている。地図からすると、その先は大き目の川のようだ。壁のようなものは土手だろう。

 工場からの機械音、それに待機しているトラックのエンジン音が響く。駐車場などを照らす街灯も多く、この時間にしては周囲は明るい。

 皆で周囲を見ながら進む。今の所、魔物らしき姿は見られない。

 そこでふと俺は、妙な感覚を感じる。これは…魔法を使う時の魔力の流れに似ている。方向は、土手の方だった。俺は引っ張られるようにそちらへ向かう。

 近付いてみると、其処には横穴があった。魔力のような流れは、此処から感じる。ひんやりとした空気が、こちらへと流れている。

 中を覗くと、広めの通路が先へと伸びている。石積みの床に壁、天井。この人工的な構造は、どうやら異界のようだ。

「なあ、どうしたんだ?いきなり先へ行っちまって」

「…異界だ。悪いけど、会長達へ連絡を頼むよ」

 俺はそう亮に言い、慎重に異界へと足を踏み入れる。

 学園の異界よりも広い通路と天井。光源が無いのに先まで見通せる。

 この先は異界特務庁の仕事だが、魔物が出て来たら早急に対処が必要だ。俺は警戒しながら周囲を見渡す。

 すると通路の奥から、振動が響き始める。一定のリズムを刻むそれは、徐々に近付いているようだった。

 俺は後ろに声を掛ける。

「紫雨、エリス。恐らく魔物だ」

 やがて通路の先から、何かがゆっくりと向かって来る。

 岩のような体表に四つ足、長い尻尾。それに赤く光る眼。

 それは大きな蜥蜴のような姿をしていた。その体勢で俺達よりも目線が高い。体長もトラック程度はあるだろうか。

 それは振動を響かせながら、更に近付いて来る。この大きさは、学園の異界では見た事も無い。

 俺は皆に告げる。

「迎撃準備!攻撃は下手に受けないで!」


 俺は杖を構え、魔物と相対した。

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