第50話
俺は身体強化の魔力を展開しつつ、魔物へと近付こうとした。
その瞬間、魔物は身体が沈み込んだかと思うと地面を思い切り蹴る。
「!?」
「っ、盾よ、遮れ!」
俺は紫雨と魔物との直線上に割り込み、魔法の盾を展開する。それは何とか一撃を耐え、魔物は飛び跳ねて距離を置いた。
問答無用で連絡中の紫雨を狙って来た。魔物にしては知能が高いのだろうか。
だが考えている余裕は無い。俺は直ぐに着地した魔物に杖を向けた。
「氷結風(フリーズ・ウィンド)!」
冷気を纏った風が吹き抜けるが、その時には魔物は空中に居た。落下点は…俺か!
俺は横方向に飛び退き、蹴りを躱す。轟音と共に着地した地面が抉れた。
そのまま魔法を放っても当たらなさそうだ。ならば着地の瞬間を狙うしか無いだろう。
「氷結槍突(フリーズ・ランス)!」
氷の槍が当たる前に、魔物はやはり空中に回避した。槍はそのまま先の地面に突き刺さる。
今度は着地のタイミングを見測り、次の魔法を放つ。
「氷結風(フリーズ・ウィンド)!」
魔物の足が冷気に晒される。だが魔物は瞬時に再度跳び、更なるダメージを回避した。少しだが跳躍が鈍っているようだ。
俺は紫雨と魔物との線上に立ち、距離を更に空けた魔物と相対する。この状態での攻撃は牽制にしかならないだろう、なので待ちに徹する。
またも魔物が地面を蹴り、一気に間合いを詰めて来る。俺は放たれた蹴りを屈んで躱し、杖を向ける。
だが魔物は勢いを殺さず回転し、上半身の突起を振り下ろして来る。
俺は堪らず後方に飛び退くが、其処へ更に魔物が追い縋る。
その瞬間、魔物に切っ先が振り下ろされた。その攻撃は魔物を掠め、その勢いを殺した。
横を見ると紫雨が薙刀を構えていた。皆への連絡が終わったのだろうか。
「有難う、助かった。…連絡は?」
「済ませたわ、返事待ちよ」
俺は体勢を整え、魔物を見やる。すると魔物はやけに紫雨から受けた傷を気にしているようだった。落ち着きが無いように見える。
その直後、お互いから電子音が鳴り響く。返事が届いたようだ。
「私が引き受けるから、確認をお願い」
そう言い、今度は紫雨が魔物と俺との間に立つ。
俺は直ぐにスマホを取り出し、LINEを開く。其処には、
『こちらも戦闘中 早期討伐を頼む』
との久遠寺先輩からのメッセージが記されていた。他の2グループからのメッセージは無かった。
俺はスマホをポケットに入れると、前を向く。紫雨は魔物と斬り結んでいた。
その接近戦は、紫雨の近接戦闘技能が俺よりも数段上だと認識させられた。受けや回避が上手く、攻撃も当たり前だが詠唱のラグが無い。見るところ魔物と互角に渡り合っていた。
こうなるとお互いの距離が開くまで、俺は手を出し難い。なので彼女の背中に声を掛ける。
「会長達も戦闘中!他のグループからの連絡は無かった!」
「そう…何か指示は?」
「早期討伐とあった。他に被害が出る前に、倒し切れって事みたいだ」
俺はそう答えながら、割り込むタイミングを計る。距離を置いた時が狙い目だ。
やがて紫雨の斬り払いを、魔物が跳躍で後方に躱した。俺は直ぐに杖を向け、魔法を放った。
「水刃多層旋陣(カッター・ウォール)!」
魔物の着地点を無数の刃が襲う。魔物は躱せず体勢を崩し、地面に転がる。魔法はそのまま後方の木々も斬り刻み、倒れて地面を震わせた。
かなりの大きな音だったので、何事かと外に出て来る人も居るかも知れない。俺は即座に次の魔法を放つ。
「氷結連槍陣(フリーズ・ファランクス)!」
地面から飛び出した氷の槍が、魔物の身体を次々と貫く。そして魔物は氷と一緒に塵となって消え、サッカーボール大の魔石だけが残された。
俺は魔石をリュックに無理矢理押し込むと、紫雨に告げた。
「人が来る前に此処を去ろう」
「ええ…でも、何処に向かうの?」
「位置的に会長達の所が近い筈だ。そっちへ行こう」
俺達は、急いでその場から走り去った。公園の惨状は隠蔽出来ないが、魔物は倒せた。最悪の事態は回避出来た筈だ。
そうして遭遇までの移動時間を考慮し、予測地点へと向かう。その道中で電子音が鳴る。他のメンバーからの連絡だろうか。
矢吹先輩(弟)とエリスの双方から『そちらへ向かいます』とのメッセージがあった。向こうは魔物とは遭遇しなかったようだ。
俺は走りながらメッセージを書く。
『討伐完了 今向かってます』
これで全員が会長達の所へ向かうだろう。
やがて人影が二つ見えた。会長達のようだ。魔物の影は見えない。
「来たか。そっちは怪我は無いか?」
「大丈夫です」
俺はそう返し、辺りを見渡す。アスファルトの地面のあちこちが一直線に斬られ、その片隅に魔石が転がっていた。どうやら討伐直後のようだった。
「何とか騒ぎになる前に倒せたからな、後は皆を待つとしようか」
会長はそう告げると、深く溜息をついた。
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