第49話

 最下層を攻略している合間の放課後。今日は特別顧問の唯姉がやって来ていた。

 だが見る限り様子がおかしい。何だか凄く疲れているようだ。

 俺は思わず声を掛ける。

「唯姉…大丈夫?」

「んー、あまり大丈夫じゃないわね。…ふぅ」

 などと溜息をつく。顔色もあまり良くないように見える。

「…何かあったの?」

「そうね…まあ、かーくんなら良いかな」

 唯姉はそう言うと、顔を上げた。

「実はね…最近、次々と新たな異界が発見されているの。直ぐに手を打たないと魔物が地上に出てきちゃうんだけど、機密組織だから少数精鋭…要は人手不足なの。なもんで最近は残業続きでねー」

 それって、相当にヤバい話では無いだろうか。魔物が一般人の前に現れたら、大騒ぎになるし下手すれば死人も出る。

「日本全体で月に一ヶ所程度だったのが、ここ最近は管轄内だけで新たに四ヶ所よ。流石に異常だって事で原因究明もしているけど、そもそも異界発生のメカニズムが判ってないんだもの。その場凌ぎしか出来ないわ」

 彼女はそう言うと、再度溜息をつく。

 唯姉が忙しいという事は、俺の両親も同じ状況なのだろう。情報統制も必要だから、現場とスタッフの両方が多忙な筈だ。

「後で宮前さんには言う予定だけど、学園内の噂話には注意して。発見出来ていない異界の存在や、魔物の目撃情報があったら直ぐに連絡してね」

「…判ったよ」

 そんな噂話が出回っていたら、その時点で相当後手に回っているだろう。異界特務庁の手が回らなくなれば、それはもう大災害の予兆だ。

 そんな俺の表情を読み取ったのか、唯姉が付け加えた。

「もしもの時は、手遅れになる前に自衛隊を派遣する事になるわ。今も既に特殊部隊の支援は受けているのだけど。本格的な派遣となると、バックストーリーが面倒なのよねー」

 そう言うと机に突っ伏す。傍目には残業終わりのOLだった。

 そして唯姉は会長に必要な事項を告げると、帰って行った。やはり忙しいようだ。

 最下層攻略は順調だし、何か手伝えないものか。そう考えていると、会長から提案があった。

「桐原君は話を既に聞いているそうだが、今現在異界が増加している。異界特務庁は手一杯で余裕が無い状況だ。そんな中で学生の安全を守る為、我々も協力したいと思う」

 そう告げると、ホワイトボードに何かを書き始める。

「…先ず新たな異界の発見だが、これは我々では難しい。異界が放つ魔素を検知する機械は異界特務庁にあるが、数に余裕が無い。流石に足のみで探すのは非現実的だ。其処で地上に出た魔物の早期発見と討伐の為、パトロールを行なうのが現実的だと考える」

 其処まで説明すると、今度は街の地図が貼られる。それには既に複数個所、赤い印が付いていた。

「これが学園を含め、現時点で異界の存在する場所だ。パトロールは異界の存在しない区域、要は異界特務庁の目が届いていない場所を重点に行なう」

 すると会長は、地図の中心を通るように縦線と横線を書き加えた。

「街を大きく四分割した場合、学園のある南東地区と異界特務庁のある北西地区に他の異界が集まっている。そうすると、パトロールすべきなのは北東地区と南西地区だ。異界攻略の無い火・木曜に、この地区のパトロールを行いたいと思う」

 会長はそう告げ、俺達に視線を向ける。大変ではあるが、状況が状況だ。誰も不満の声は挙げなかった。

「…うむ。では今日から早速開始する。人目の減る夜間の午後9時、先ずは北東地区からだ。武器はトランクに収納して持ち運ぶ事。所持許可の書類は用意済みだ。集合場所は、中心部に近いこのコンビニにしよう。では解散だ」

 それで今日の学園での活動は、一先ず終わりとなった。集合時間までに食事を含めたプライベートを済ませておけ、という事だろう。

 皆が武器をトランクに仕舞う中、俺は考える。杖は銃刀法には抵触しないので、トランクに入れる必要は無い。だが剝き出しの状態で持ち歩くのは、周囲の視線が気になる。なので手近にあった布で包む事にした。これでも奇妙なのには変わりないが、まあ未だマシだろう。

 いつも通り一年の皆で一緒に帰る。トランクを持っているのは亮とエリスだ。紫雨の薙刀は専用の鞘と袋があり、それに入れた状態で持ち運んでいる。傍から見ると奇妙な集団だろう。

 途中で皆と別れ、最後はエリスと一緒に帰る。

 家に帰るなり、集合までの予定を考える。風呂と洗濯はパトロールを終えてからの方が良いだろう。ならば済ませるべきなのは夕食だけか。

 窓から外を見ると、未だ陽は暮れていない。仮眠を取るのも有りだろうが、中途半端になりそうだ。

 俺は仮眠は諦め、夕食までの時間を読書で潰す事にする。

 そして夕食を済ませ、少し早めに家を出る。恰好は制服のままだ。するとタイミングを図ったように、隣の扉が開く。

「じゃあ行こっか」

 エリスはそう言い、トランク片手に付いて来る。

 待ち合わせ場所のコンビニに到着すると、既に皆が集まっていた。

「良し、では大通りは避けて巡回する事にしよう。二人一組で行動し、巡回範囲を分ける。もし魔物に遭遇したら片方が接敵、もう片方がグループのLINEにて連絡だ」

 さて、一年は四人なので二つに分ける事になる。今は紫雨を副リーダーにしているので、俺達は別々になった方が良いだろう。そう思っていたのだが。

「じゃあリーダーは紫雨と回ってね」

 真っ先にエリスがそう組み合わせを提案して来た。誰も異論は無さそうなので、その提案に乗る事にする。

 会長の指示で巡回範囲が決められた。俺達は東方向に真っ直ぐ向かうルートだった。

「では再集合は二時間後、同じくこの場所だ。遅れる場合も連絡するように」

 そう会長が告げ、パトロールが開始された。

「じゃあ行こうか」

「ええ、そうね」

 そうして俺達は東に向け出発する。

 異界は一定温度なので気にならないが、この季節に長袖の上着は厳しい。特別に通気性も考慮されているらしいが、涼しくなる訳ではない。思わず水属性魔法を使いたくなる程だ。

 大通りから少し外れると、直ぐに住宅地が辺りに広がる。一定距離に置かれた街灯に道路が照らされ、車の音も遠くなって行く。

 こんな時間に怪しい物を持った学生が二人。俺が警察なら、確実に呼び止めるだろう。パトカーに出会わない事を祈る。

 やがて住宅地の切れ間に、大き目の公園が広がる。金網に囲われた其処は、一部のみがライトに照らされていた。半分が広場と遊具、残り半分が木や植込みのエリアになっている。

 その広場にふと目をやると、何かの影が見えた。こんな時間に公園に人が居るのか、と一瞬驚く。浮浪者だろうか。

 目を凝らすと、人間にしては輪郭が歪に見える。俺は紫雨に声を掛けると、もう少し見易い位置に移動する。

 やがてその姿がはっきりと視界に収まる。二足歩行だが、上半身から奇妙な突起が幾つも生えている。明らかに人間では無い…魔物だ。

「紫雨、皆に連絡を」


 俺はそう告げ、魔物に近付いた。

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