第41話
目が覚めた時、俺は未だ保健室のベッドで横になっていた。
ふと顔を向けると、紫雨が椅子に座って直ぐ傍に居た。彼女は俺が起きた事に気付くと、心配そうな顔で話し掛けて来た。
「お早う。…調子はどう?何処か痛む?」
俺は自分の身体を視界に収める。右手には管が刺さっており、目で追うと輸血パックがあった。左手には大きな傷痕が残っており、指は動かそうとしてもびくともしなかった。
「…痛みは無いけど、左手が動かない、かな」
「そう。先生の魔力が切れたから、明日もう一度治癒魔法を掛けるそうよ」
傷痕が残っているのは、そういう理由か。魔力不足で完全に治癒する事が出来なかったようだ。ならば不自由だが一日の辛抱だ。
其処へ会長が近付いて来た。
「起きたか。話をしたいのだが、大丈夫か?」
「ええ、それなら問題無いです。…よっ、と」
俺はベッドの上で上半身を起こす。流石に横になったままでは話を聞き難い。
起き上がって気付いたが、反対側には亮とエリスも居た。二人とも心配そうにしている。
「では話をさせて貰うが…先ず遭遇した魔物だが、下層では今までに見た事が無い種類だった、という事で間違い無いか?」
「はい。…そうだ、リュックを開けて見て貰えませんか?それで判る筈です」
俺の言葉に、亮がリュックを開ける。中から出て来たのは件の魔物の魔石だ。人間の顔程の大きさがある。
「うぉっ、デケぇな…」
「…成程。下層にこの大きさの魔石を落とす魔物は居ないからな。間違い無いようだ」
会長はそう言うと、表情を引き締める。
「先ず結論を言おう。この学園の異界には、下層の更に下…最下層が存在する。遭遇したのは其処の魔物だろう」
「…前に貰った地図では、下層から更に下に行く階段は無かったと思いますけど」
「壁で封鎖しているからな、見た事は無い筈だ」
其処まで聞いて、俺は疑問が湧いた。
「でもそうすると、魔物が下層に上って来るルートも無いですよね?」
「そうだな。だが条件によっては、強い魔物が上の層に発生する。それが今回の事例だ。その条件とは、その層が魔物で飽和状態になる事だ。すると魔素が魔物に変換されず、上の層に流れ込む。そうして強い魔物を生み出すそうだ」
「魔物が飽和するって、そんなに長い間封鎖されていたんですか?」
「ああ、およそ5年程になる。封鎖された理由は、最下層で死者が出たからだ」
会長のその言葉に、全員が息を呑む。
「異界について公表する事も出来ないから、学園は異界特務庁と協力して事実を隠蔽したのだ。表向きには校舎からの落下事故として処理された。そして再発を防ぐべく、最下層を封鎖したという事だ」
其処まで話すと、会長は頭を押さえた。
「…実は飽和するまでは、未だ時間があると計算していた。私達三年の進路が決まった後、挑戦するつもりだったんだ」
「それが、早まってしまったって事ですか」
「そうだ。直ぐに下層が強い魔物で埋まる事は無いが、出現するペースは今後早まるだろう。なので森川女史と連絡を取り、対応方法を検討する。結論が出るまでは、下層攻略は念のため控えて欲しい」
「判りました」
俺がそう答えると、会長は真新しい制服を差し出して来た。
「これが新しい制服だ。破れた制服は、此処に置いて行ってくれ。では、解散」
会長はそう告げると、保健室を出て行った。そして一年だけが残った。
俺はベッドに腰掛け、着替え始める。だが片手が動かないというのは想像以上に不自由だった。上着を脱ぐのも手一杯だ。
すると紫雨が立ち上がり、手を貸してくれた。助かるのだが、同級生の女子に手助けされるのは正直少し恥ずかしい。
亮と代わって貰おうとするが、彼女に遮られた。
「…三人で話し合って、私が介助する事に決まったわ。だから大人しく受け入れて頂戴」
そう言われては、断るのも気が引ける。俺は大人しく着替えを手伝って貰った。
既に俺の鞄は保健室に持って来てあった。亮は魔石を提出しに生徒会室に向かったので、紫雨とエリスと三人で帰宅する。
そして普段は紫雨と別れる所をそのまま素通りし、彼女は俺達に付いて来る。
「…もしかして、介助って」
「ええ、家でもよ。…既に決まった事だから、断るのは禁止ね」
流石に困ってエリスに視線を向けるが、彼女はにやにやしているだけだった。
結局、大人しく一緒に家に向かう。
エリスが「また明日ね」と言って隣の部屋に入ると、改めて二人きりだという事実に緊張する。
俺は何とか鍵を取り出し、扉を開ける。当然、紫雨も後を追って入って来る。
「…普段はどういう流れなのかしら?」
「あ、えっと…夕飯を作って食べて、その後に風呂に入って洗濯、かな」
「そう。じゃあ夕飯を作るわね。座って待っていて頂戴」
彼女はそう言うとキッチンに向かう。自信ありげなので、任せても大丈夫だろう。
俺は床に座り、深く息を吐く。今日は色々な事が起こり過ぎた。
こうして落ち着くと、命の危険に晒されていた事を実感する。一歩間違えれば死んでいたのだ。思わず動かない左手を押さえる。
だがこうして助かったし、皆を危険に晒す事は無かった。自分としても、リーダーとしての責務を果たせたのだと思う。
そんな事を考えていると、キッチンから良い匂いが漂って来た。もう直ぐ夕飯が出来上がるようだ。
テーブルに置かれたのはご飯と味噌汁、それに肉じゃがとサラダだ。
「冷蔵庫の材料で作れる物を作ったのだけど、味は大丈夫な筈よ」
俺達は同時に「いただきます」と告げ、料理に手を付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます