第40話
未だうだるような暑さの中、夏期休暇が終わりを告げた。
再開した授業は、宿題の提出と確認テストに費やされた。一応真面目にやっておいたので、俺は特に問題無かった。亮は頭を悩ませていたようだが。
そして放課後。休み中に貯めた魔石を提出し、何時も通りの異界攻略へ。夏期休暇中にも何度もこなした下層へと向かう。
下層攻略をし続けた成果は、一年全員の実力向上として表れていた。
純粋な身体能力の向上に加え、経験による戦い方の工夫など。既に紫雨はAランクでも遜色ないだろう。亮とエリスも、来月か再来月頃にはそれに並ぶと思われた。
実際、以前よりもリーダーとして指示を出す機会は減って来ている。言わずとも皆が役割を理解し、効率良く戦ってくれるからだ。
そんな事を考えながら先へと進んでいると、新たな魔物と遭遇した。
皮膚が爛れたような姿をした人型で、両腕だけが異様に長い。そしてその顔は、引き攣った笑みを張り付けていた。
その姿を見た瞬間、背筋を悪寒が走る。理由は判らなかったが、嫌な予感がした。
俺は反射的に指示を出す。
「全員、逃げて!」
そんな俺の声と同時に、魔物が間近に迫る。俺は急ぎ杖を構え、魔法を唱える。
「盾よ、遮れ!」
生み出した魔法の盾は魔物の腕の一振りで砕け、衝撃で俺は後方に吹き飛ばされる。そして迷いながらも後退していた皆に追い付いてしまう。
下層の魔物とは何度も戦ってきたが、これ程の強さは初めてだった。
俺は何とか声を発する。
「俺が食い止めている間に、早く逃げろ!!」
皆を急がせ、再度杖を構える。魔物は腕をゆらゆらと揺らしていた。
「槍よ、貫け!」
魔法の槍が魔物の顔面を直撃する。…だが、表皮を少し抉っただけのようだ。力だけでなく硬さも異常だ。
接近して攻撃を引き付ける必要は無いので、間合いを空けた状態で回避を続ける。寸での所で躱した腕が空を裂く。その度に冷汗が伝う。
胴体に放った魔法の槍も、顔面と同様の効果しか無かった。ならば顔面に集中攻撃をし続けるしか無い。
そんな攻防を暫く続けていたが、俺の攻撃は一向に成果が見られない。そして魔物の攻撃は、一度でも直撃すれば致命傷になり兼ねなかった。
その時、魔物は左手を大きく外側から振り抜いて来た。俺は躱し切れないと判断し、魔法を唱えた。
「盾よ、遮れ!」
だが相手の攻撃が速く、その拳は既に間近に迫っていた。
その瞬間、生み出された盾が相手の腕に重なり、その腕を切断する。
「!?…何が?」
その出来事に一瞬思考が停止する。
今まで攻撃が殆ど効かなかったのに、盾の魔法が魔物の腕を切断したのだ。そんな効果があるとは知らなかったので、ただただ驚く。
その隙に魔物は右腕を振り抜き、俺の左腕に直撃する。
「ぐあっ!!」
俺は横に吹き飛ばされ、壁に直撃する。肺から空気が抜け、呼吸が止まる。
だが追撃は来ず、魔物は切断された腕を押さえて奇声を挙げていた。
俺は何とか立ち上がり、呼吸を整える。だが左腕の痛みで脂汗が止まらない。…骨は確実に折れているだろう。
追い込まれてはいるが、倒す術は得た。後はそれを確実にするだけだ。
俺は何とか杖を向け、拘束魔法を唱える。何度も、何度も。
数十回は唱え終えた頃、魔物は全く身動きが取れない状態になっていた。必死に右手で拘束を破ろうとするが、ぎちぎちと音が鳴るだけだった。
俺は魔物に近付くと、首元にそっと杖を添える。そして魔法を唱えた。
「盾よ、遮れ」
生み出された魔法の盾が、魔物の首を切断する。
落ちた頭部は床で一度跳ね、身体と共に塵となった。
俺は残された魔石を拾い、リュックに押し込む。そして立ち上がろうとすると、立ち眩みに襲われた。
左手を見ると、折れた白い骨が飛び出ていた。制服は傷口から下が真っ赤に染まっていた。
俺は何とか気力を振り絞り、道を戻る。
やがて上層に辿り着くと、正面から会長を先頭に皆が向かって来ていた。
「桐原君、大丈夫か!?…件の魔物は?」
「…何とか倒しました」
「…そうか。龍ヶ崎君、彼を背負ってくれ!他の皆は支えてくれ、保健室へ急ぐぞ!」
会長はそう告げ、先を急ぐ。俺は亮に背負われ、後を追った。
そして保健室に着くなり、俺はベッドに横たえられた。会長は保険医の胡桃沢先生を連れて来る。
制服の袖を切り、傷口を見た先生はタオルを二つ持って来る。そして一つで傷口の上を縛り、もう一つを俺に差し出す。
「このまま魔法で傷口を塞ぐと、骨が変な形でくっ付いてしまうの。だから先ず骨を元の位置に戻すわ。麻酔をしている余裕も無さそうだから、これを咥えていて」
そう言い、タオルを捻じって俺の口に咥えさせる。舌を噛まないように、という事か。
「皆は彼の身体を押さえて。…そう。じゃあ行くわよ…我慢してね」
そんな言葉の後、ごりっ、という音と共に激痛が頭の天辺にまで走る。無意識に身体が跳ね、咥えたタオルを噛み締めた。
骨が擦れる音と激痛は何度も続き、気を失いそうになる。視界の中では紫雨が全体重を掛け、俺の身体を必死に押さえていた。
…やがて激痛は通り過ぎ、魔法による暖かさが傷口を覆う。俺は呼吸を荒げながらも、治癒されている事を感じた。
俺はそのまま意識が遠退き、眠りに落ちていた。
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