第37話
合宿当日、駅前には生徒会役員と対魔特別班の全員が集合していた。
会長が皆の前に出て、告げる。
「目的地までの切符は、既に全員分購入済みだ。此処から二駅分の鈍行と、その先の特急の切符だ。各々、無くさないように注意する事。…では配布を頼む」
「判りました」
会計の紬原さんから、全員に切符が配られる。
そうして俺達は電車に乗り込んだ。
目的地までの所要時間は一時間ちょっと。感覚的には然程掛かっていない位だ。
駅に到着し、其処からは徒歩だ。流石に真夏の日差しは鋭く、じりじりと肌を焼く。
左手に海の見える道を歩いて辿り着いたのは、結構立派な旅館だった。正直、合宿なので中学の林間学校をイメージしていた。良い意味で予想を裏切られた形だ。
案内された部屋は純和風の四人部屋で、其処に俺と亮、それに矢吹先輩(弟)の三人が割り当てられた。
荷物を置いたら早速大部屋へと移動し、先ずは会長から合宿の趣旨が説明された。
端的に言えば慰安…要は息抜きを目的としている事。だが学園への報告もあるので、一応真面目な内容もやる事が告げられた。
次に副会長より、今後の学園での大きなイベントの話があった。先ず10月に文化祭、次に11月に体育祭があるそうだ。基本的には委員会が発足し運営を行なうが、統括として生徒会がその上に立つ事になる。どうやら随分と忙しくなるらしい。
なお俺達対魔特別班に運営上の役割は無いが、代わりに体育祭の部活対抗リレーへの出場が義務付けられた。話によると開催以降、陸上部をも抑えて生徒会が一位を獲り続けているそうだ。つまりは俺達にも一位を獲れ、という事なのだろう。
ちなみに文化祭では完全にクラスの出し物に専念するように、とも告げられた。生徒会として何か出し物をやる余裕は無いそうだ。
そして続いて、一年の生徒会役員が紹介される。男女一名ずつで男が村居さん、女は同じクラスの東雲さんだった。典型的な委員長気質なので、合っていると感じた。
その後も生徒会に関する真面目な話が続き、昼になるとそのまま場所を変えずに昼食となった。海が近いからか、豪快な海鮮丼が出て来た。普段刺身系は買わないので、俺は有難く頂いた。
今日のメインイベントは夜との事で、それまでは体力を温存するよう部屋での待機が命じられた。要は夏期休暇の宿題を進めろ、という事らしい。
俺は合間を見て進めていたので、既に7割は終わっている。隣の亮を見ると、テーブルに宿題をうず高く積み上げていた。
俺は思わず亮に問う。
「…ねえ、どれだけやってある?」
「いや全然。今日初めて手ぇ付けるぞ」
中間・期末テストを通じて、勉強に対する姿勢が変わったかと思っていたのだが。この様子では、性根は変わっていないらしい。
「という訳でだ、見せてくれ!」
「それだと休み明けの確認テストで惨敗する未来が見える。なので見せるのは禁止。教えてくれ、なら応じるよ」
「くっ…、真面目クンめ…。仕方ねえ、やるか…」
亮は観念して宿題に手を付け始める。俺も残りを進める事にした。
先輩は無言で自分の宿題を始めている。いつも通り物静かな人だ。
そして夜。夕食は天ぷらに刺身、魚の煮付けだった。如何にもな旅館の食事に、エリスが一番喜んでいた。
食後、全員が旅館の近くにある廃校舎のグラウンドに集合した。
其処で会長が口を開く。
「此処はかなり前に廃校となった、異界の存在する学校だ。対魔特別班の皆は、魔物の間引きを頼む。階層は一層のみだが、学園での中層と下層の中間程度の難度だ。一応注意してくれ」
そう告げると、会長は生徒会役員に視線を移す。
「私を含めた役員は、廃校舎を肝試ししつつ巡回だ。魔物が紛れていた場合は私が対処するので安心してくれ。では対魔特別班の皆、準備を」
そう言い停まっていた1BOX車の後ろが開けられ、慣れ親しんだ武器が俺達を迎える。俺達は各々自分の武器を取る。
久遠寺先輩が前に出て、告げた。
「今日は私が指示を出すから、ちゃんと従ってね。じゃあ行きましょうか」
廃校舎に入り、そのまま地下への階段を降りる。
『ボイラー室』と書かれた突き当たりの扉を開くと、其処は異界だった。
雰囲気は古代の神殿のようだった。石造りの壁と柱が奥へと続き、通路は学園の異界よりも広い。
「此処の魔物は防御は脆いけど、素早くて数も多いから。特に後衛は、仲間の背中を撃たないよう注意して」
そう先輩が告げた直後、前方から多数の足音が聞こえた。
背中の赤い蜥蜴のような魔物が、10数匹現れた。
矢吹先輩(姉)と亮、前衛二人は側面に回り込む。矢吹先輩(弟)と紫雨の中衛二人は、中央で構えて迎撃。俺達後衛三人は、隙間から後方の魔物を狙い撃つ。
説明通り攻撃は通り易く、皆一撃で倒して行く。そして数分も経たずに魔物は全滅した。
其処へ久遠寺先輩が釘を刺す。
「今のはかなり弱い部類だから、油断しないでね」
そのまま暫く進むと、今度はカサカサとした音が聞こえた。そうして視界に現れた魔物は、巨大な『黒い悪魔』だった。
「うげっ、ゴキ…」
「その悍ましい名前を言わないで!さ、さっさと倒そうよ!」
亮の呟きに、矢吹先輩(姉)が反応する。しかし一匹見たら三十匹とは良く言ったもので、物凄い大群で押し寄せて来た。
其処へ久遠寺先輩の声が響く。
「動きが早くて空も飛ぶから、注意して!特に後衛が狙われ易いから!」
俺は生理的嫌悪感で吐きそうになりながらも、何とか魔法の槍を撃ち続ける。すると群れが俺ではなくエリスに襲い掛かる。
俺は間に割り込もうとするが、その前にエリスが左手で魔力銃を放つ。その命中精度は利き腕と遜色ない程だった。
やがて数が減り、そして大群を倒し切った。この時ほど、魔石を残して消えてくれるのを感謝した事は無かった。
戦闘後は、皆が青い顔をしていた。下手すればトラウマものだ。暫く夢に見そうだった。
「…気持ちは判るけど、未だ先は長いから。ほら、頑張って」
そう鼓舞する久遠寺先輩の声を背に、俺達は先へと進んだ。
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