第29話
土曜日。昨日とはうって変わって晴天が広がっていた。貴重な梅雨の合間の晴れ間だった。
準備を一通り終え、指定通りの朝10時に扉を開けた。
其処には何故か紫雨が居た。予想だにしない光景に、互いの時間が止まる。
初夏らしく涼し気なブラウスとスカートの組み合わせだった。普段とは違う雰囲気を醸し出していた。
すると隣の扉が開き、エリスが出て来た。こちらは柄物のTシャツにホットパンツの出で立ちだった。
「二人ともおまたせー!じゃあ行こっか」
それがさも当然であるかのように出発しようとしたので、俺は彼女の首根っこを掴む。
「ちょっと待って。紫雨が一緒だって聞いてなかったんだけど?」
「私もリーダーが一緒なのは初耳よ」
そんな俺達の問いに、彼女は一言答えた。
「Surprise?」
「そんな良い発音で言われてもなぁ。…まあ今更か。紫雨は?俺が一緒でも大丈夫?」
「え、ええ。問題無いわ」
「じゃあ行くか。で、今日の買い物の目的は?」
「んー、色々」
…との事だったので、俺達は市内のショッピングモールにやって来た。
エリスは物珍しそうに建物を眺めている。アメリカにもあるだろうし、珍しくは無いと思うのだが。
「日本だと、ゾンビに襲われたら此処に立て籠もるのよね!」
予想の斜め上の感想だった。まあスーパー・薬局・ホームセンターも併設しているので、籠城場所としては完璧かも知れないが。
「じゃあ先ずは、何を見る?」
「服と下着。荷物を減らしたくて、殆ど置いて来ちゃったから」
「………」
初手から俺にはハードルの高い場所だ。此処は紫雨に任せ、俺は向かいのベンチで待つ事にした。
…のだったが、エリスに無理矢理駆り出されてしまった。曰く「男性の意見も聞きたい」との事だった。服ならまだしも、下着に意見を出せるか。
仕方ないので服選びには付き合う。希望は「女の子らしい服」。夏という事で、短めのスカートやキャミソールなどを選んで行く。俺自身は女物の服の知識は皆無なので、彼女の金髪が映える色合いの物を勧めてみた。
折角なのか紫雨も色々と服を物色していた。だが選ぶのは何れもシックな色合いの物が多い。派手なのは嫌いなようだ。スタイルが良いので、多少派手なのでも似合うんじゃない?とだけアドバイスしてみた。
さて、鬼門の下着売り場。俺は同行を断固拒否した。ブラを並べて見せられて「どっちが良い?」なんて聞かれても困る。秘めた性癖を晒すような気分だ。
此処は暫く時間が掛かった。どうやら店員さんに測定して貰ってから選んでいたそうだ。最終的に幾つか購入し、紫雨も一組買ったそうだ。なおエリスから「紫雨、凄かったよ」とのタレコミを受けたが、それを聞いて俺にどうしろと。
なお紫雨は自分で荷物を持っているが、エリスの買った物は俺が持っている。まあ荷物持ちは予想していたので問題無いが。寧ろ手ぶらで歩くのが申し訳無い。
次は食器類と調理器具だ。本人によると故郷では良く皿を落として割っていたそうなので、プラスチック製の物を選ばせる。最初はお洒落な木製を希望していたが、料理によっては匂いが移ったりして扱いが難しいのだ。
その次はカーテン。寧ろ今日までカーテン無しで生活していた事に驚く。日本は安全だと信じ込んでいるのだろうか。ちょっと心配だ。
此処までで既に結構な荷物量になっている。生徒会のお陰か余裕はあるが、横幅を取り歩き難い。この状態で家電を買われたら持てなさそうだ。
そして丁度良い時間になったので、フードコートへ。俺は荷物もあるので席取りをし、食事のチョイスは任せる。
エリスはタコ焼きとお好み焼き、紫雨は月見蕎麦を選んだ。そして俺には…豚丼とパフェが来た。何だこの組み合わせ。
「豚丼は私が選んだわ。ビタミンとタンパク質は大事よ」
「パフェは私!一口頂戴ね」
エリスはそう言うなり、一口食べてしまった。…スプーンは一つしか無いのだけど。向こうの人は、そういうのを気にしないのだろうか。
取り敢えず俺は豚丼をがっつり食べ、デザートでパフェを味わう。
紫雨は音を立てずに蕎麦を食べ、エリスは足りなかったのかアイスを追加で買っていた。
「さて…もう随分と荷物が増えたけど、未だ買う物はある?」
「後は近くで買えるから大丈夫。二人は何か見たいもの無いの?」
すると紫雨が小さく手を挙げた。
「…じゃあ、本屋に寄りたいのだけど」
そんな訳でテナント内の本屋へと向かった。彼女は早速小説の新刊コーナーへと向かう。俺も興味があったので後を付いて行く。エリスは漫画の新刊コーナーに行った。
俺もついでなので、前に勧められた作者の他作品を買う事にする。後は買い損ねていた作品の続刊も見繕う。
紫雨は今度はファンタジー作品を買うようだ。ラノベなら結構幅広く読むようだ。
すると彼女は俺の買おうとしている本を見て、笑みを浮かべる。
「あら、早速買うのね。きっと期待を裏切らないわ」
「うん、楽しみだよ。…流石に荷物量が厳しいけどね」
「言えば少しは持ってくれるでしょ。あの子の荷物なのだから」
そんな訳で、気恥ずかしさのあった下着と服をエリスに渡す。そのエリスは漫画の新刊を10冊以上買っていた。代わりにそれを俺が持つ事になった。
無事に買い物を終え、家路を歩く。いつの間にか二人は仲良く話をしていた。合わないかと少し心配していたが、思ったより関係は良好なようだ。
途中で紫雨と別れ、二人でアパートに向かった。
そして彼女の部屋に入り荷物を置くと、早速カーテンの取付を頼まれてしまった。上手い事使われている気もするが、頼られるのも悪くなかった。
その間に彼女は荷物を一通り仕舞い終えたようだ。これで最低限の体裁は整ったらしい。
部屋を出ようとすると、彼女から声が掛かった。
「今日はありがとね。今度私の手料理を御馳走するね!」
「それがちゃんと食べられるものならね。じゃあね」
俺はそう言い、自分の部屋に戻る。すると何故かエリスからメールが届いた。俺は「お礼」というファイル名で添付された画像を開き、即座に頭を抱えた。
其処には、下着を試着中の紫雨の姿が写っていた。
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