第30話

 月一回の特別顧問指導の日。俺は唯姉と下層に赴いていた。なお一年三人には中層に挑んで貰っている。

「じゃあ今日は、魔法使いとして上級者の戦い方を覚えて貰おうかな」

 そう唯姉が告げると、前に出た。すると前方から魔物が近付いて来ていた。身体全体が岩で覆われた、ゴーレム型の魔物だ。

 なお唯姉の手は何も武器を持っていない。

「私の動きを、ちゃんと見ていてね」

 そう言うなり、敵の間合いに飛び込む。どういう戦い方をするのだろうか。

 すると唯姉は魔物の周囲を廻りながら、攻撃を回避し続ける。僅かな動きで避け、常に死角を取る動きを続ける。

「これが拘束魔法が効かなかったり、敵の数が多かったりした時の戦い方。自らが回避盾となって攻撃を躱すの。そして隙を突いて魔法を放つ。どう?」

 攻撃を躱しつつ唯姉が説明する。その様子に緊迫感は無く、余裕綽々だ。

「遠距離の間合いで倒し切れない場合、タンクが居ないと間合いを詰められちゃうの。近付かれたら負け、じゃあ力不足なの」

 身体能力は大分伸びているし、俺自身は身体強化の魔法で上乗せも出来る。問題があるとすれば、模擬戦に混ざり始めたのが最近である事か。正直言って回避に自信はあまり無い。

「魔法の鎧も使っているでしょ?じゃあ交代ね」

 そう言うなり、ひとっ跳びで俺の隣まで間合いを取る。そして俺の背中をぽんと押した。

 止む無く俺は前に出て、杖を構えつつ魔物に近付く。

「回避しながら魔法を放って、しっかり倒してみてね」

 俺は唯姉に言われるがままに間合いを詰める。実戦訓練の始まりだ。

 ぶおん、と音を鳴らしつつ振られる腕を伏せて躱す。直撃すれば魔法の鎧も一撃で破られるだろう。

 俺は後ろに回り込み、後頭部に向けて魔法を唱える。

「槍よ、貫け!」

 魔法は狙い違わず直撃し、破片を吹き飛ばす。だが魔物は健在だ。やはり下層の魔物は硬い。

 唯姉の動きを基本とし、敢えて間合いを空けずに回避し続ける。上下左右に躱し、後ろには下がらないスタンスだ。

 正直言って胴体などは狙い放題なのだが、致命傷となるまでに時間が掛かり過ぎる。やはり頭部を狙うのが確実だ。

 その後も幾度か魔法を放ち、その数倍回避し続けた。やがて放った魔法が頭部を内部まで穿ち、魔物は倒れ塵となった。

 俺は回避し続けた事と緊張とで、呼吸が荒くなっていた。改めて後衛は体力を使わないのだと実感した。

「お見事。初めてでこれなら大したものよ。じゃあ続けるから、先に進みましょう」

 そう言うと唯姉はどんどん歩いて行く。俺は数度深呼吸をすると、後を追った。

 その後も色々な種類の魔物を相手に、間合いを詰めて戦った。

 実感としては、大型の魔物は力は強いが動きは遅い。なので回避も幾分余裕があった。

 苦戦したのは素早いタイプの魔物だ。それも複数体となると、避け続ける為に周囲の確認が煩雑となる。目線の動かし方や回避の仕方など、次手を考えた行動が求められるのだ。

 実際何度も攻撃を受け、魔法の鎧を幾度か掛け直す事になった。中層なら大丈夫そうだが、やはり下層の魔物相手は厳しかった。

 戦闘が終わった後、俺は膝を付いて息を荒げていた。流石に辛い。随分鍛えられたつもりだったが、体力不足を痛感した。

「流石に複数、それも素早い敵は厳しいみたいね。でも上手く戦えていたわ。その調子で続けて行けば、仲間の為に敵を引き付ける事も出来るわ」

「あ…有難う、ございます…。ぜえ…、はあ…」

 俺は何とか呼吸を整えつつ立ち上がる。見方を変えれば、それだけ伸びしろがあるという事だ。前向きに考えよう。

 すると唯姉はあっさりと話を切り替えた。

「今年の一年生はどう?リーダーとしての戦力評価を聞きたいわ。何かアドバイスも出来るかも知れないし」

 俺はその質問に対し、素直な考えを述べた。

 近接では圧倒的に紫雨の力量が優れている事。亮はもう一歩。エリスは命中精度は高いが、魔力銃の威力が足枷になる事。その辺りを説明した。

「魔力銃ね…。日本だと使う人が居ないから、難しいわね」

「そうなの?」

「それなら普通の銃の方が威力があるしね。…あ、実銃を使っているのは内緒よ。そうね…同じ射撃技術を活かすなら、ボウガンとか良いと思うけど」

「ボウガンって、確か日本でも普通に買えるんだよね。そんな威力あるの?」

「勿論買ったままじゃなくて、強化はするわ。でも元々魔力銃と比べて、貫通力に優れてるから。魔物によって使い分けるのも手だと思うわ」

「成程ね…。強化は唯姉の所でやってくれるの?」

「既に強化済みのものがあるわ。後で送るから、試しに使ってみて」

「有難う。じゃあちょっと使わせてみるよ」

 本人がどう思うかは判らないが、俺が必ず同行する訳ではないので、俺の弾込めは非現実的だ。ならば是非試して貰おう。

「あと龍ヶ崎君だけど…こればかりは実戦あるのみね。もう少し腕力が付けば、剣を片手持ちにして盾を持たせるのも良さそうだけど」

「まあ現状タンクの役割も担ってるからね。試しに本人に提案してみるよ」

「そうね。…御堂さんは完成されてるわね。月日が経てば自然に成長するわ。何も心配無いでしょ」

「俺もそう思う。現状でも一歩抜きん出てるからね、心配はしてないよ」

 俺の答えに唯姉はうんうん、と頷いた。

「そうよね。…で、どっちが好みなの?」

「…え?」

「二人とも違う方向で可愛いものね。琴線に触れないの?」

 何を聞いているのだろうか。それを聞いてどうする気なのだろう。

「…ノーコメントで」

 俺はそう答えておいた。

 だが彼女はにやにやと笑みを浮かべ、言葉を返された。


「その答えって、どっちかが好みだと言っているようなものよ」

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