第14話

 水曜の放課後、今日は特別顧問…唯姉の来る日だ。

 今日はどんな事をやるのかと思ったが、一緒に中層に行く事となった。

「じゃあ私は基本的に手を出さないから、かーくんだけで魔物を倒してみてね」

 唯姉は随伴という事のようだ。俺達は早速異界を進み始める。

 二年の先輩達と一緒に行った時に色々と魔物の特徴は教わっているので、問題無く倒して行く事が出来た。

 特に動きの遅い魔物相手では阻害魔法も使わず、直接攻撃魔法のみで倒してみた。魔力の節約にもなる筈だ。

 動きの早い魔物や急所を狙い難い相手には、確実に倒す為阻害魔法を先ず使う。

 そうして暫く魔物を倒していると、唯姉が口を開いた。

「…会長から話は聞いていたけど、本当に安定しているわね。下層でも活躍出来たそうだし、流石は魔法使いね」

「…魔法使いって、そんなに人数が少ないの?」

「そうね。魔法専門で戦うには相当の魔力量が必要なんだけど、そんな人は滅多に居ないわ。せいぜい補助として強化魔法だけを使う人が居る位ね」

 そうなのか。先輩の中にも魔法使いは一人も居ないし、やはり希少なようだ。

「そんな訳で、かーくんは今日からAランクね。会長と話し合った結果よ。実際、単独でも中層は問題無いしね」

「…経験は全然なんだけど」

「それは後から付いて来るものだから、気にしないで。寧ろ、この短期間でそれだけ評価されてる事を少しは誇って欲しいわ」

 それは…善処した方が良いのか?自分としては、何をどう誇れば良いのか判らないのだが。

 あまりその方向に話が行ってもどうかと思うので、俺は話を変えた。

「そう言えば、こないだ会長から唯姉の事を聞いたけど。要するに国家公務員って事?」

「その認識で合ってるわ。私はその中でも現場…異界での戦闘を担当してるの。此処の下層よりも怖い所よ」

 そうか、異界があるのは此処だけじゃないものな。敵の強さにも違いがあるのも当然だろう。

 しかし、そうすると唯姉は会長よりも強いという事か。見た感じ、そんな雰囲気は感じないのだが。そもそも、実際に戦っている所を見た事が無い。

 元々どちらかと言うとおっとりした性格だし、今の恰好も戦闘に向かないスーツ姿だ。それで戦う姿を想像するのは難しかった。

 折角なので、俺は思い切って尋ねてみた。

「話を聞く限り、唯姉って強いの?想像し難いんだけど」

「あら、私は云わばエージェントよ。学生に遅れを取る事は無いわ」

「じゃあ…見せて貰っても良い?」

「…そうね。じゃあ折角だし、次の魔物は私が倒すわ」

 そう告げると異界を更に進む。すると通路の先にあのマネキンが現れた。

「それじゃ見ててね」

 唯姉はそう言うと、ゆっくり魔物に向けて歩いて行く。

 そしてポケットから何かを取り出し、右手に付けた。ナックルの類だろうか。

 次の瞬間、彼女の姿は掻き消えていた。それと同時に轟音が響き、魔物が粉々に砕け散る。

 其処には、拳を振り抜いた姿の彼女が居た。右拳から煙が立ち昇っている。

 …恐らくは魔物を殴ったのだろうが、全く目で追う事が出来なかった。動きが素早いというレベルでは無い。

 しかし何よりも、拳で殴るという姿が彼女のイメージに合わなかった。まさかステゴロとは。

 俺が茫然と見つめていると、彼女は恥ずかしそうに「てへっ」と舌を出した。ギャップ萌えに昇華するには、あまりにもインパクトが強過ぎた。

 俺はその後、大人しく魔物を倒し続けた。

 あの拳で殴られたら、人間は簡単に死ぬだろう。俺はその事実ばかりを想像し、恐怖していた。その拳はボクサーよりも危険だった。

 上層の小部屋に戻ると、残りの魔法を教えて貰った。

「魔法として解明されているのは、これで最後よ。使える人自体が少ないから、研究するのにも凄く時間が掛かるのよね。かーくんが私の所に就職してくれると、凄く助かるんだけどなー」

「流石に青田買いが過ぎますって」

「人材が慢性的に不足しているのよ、仕方ないでしょ。まあ良いわ、じゃあ教えるわね」

 そうして教わった魔法の一つ目は、「剣よ、薙げ」だ。杖の先に魔力の刀身を生む魔法で、魔力量で刀身の長さが変わるようだ。

 次の魔法は「鎧よ、纏え」だ。文字通り魔力の鎧を纏う魔法で、盾と違い仲間にも掛ける事が出来る。魔力量を増やせば強度も上がるそうだ。

 新たな魔法を覚え終わった所で、唯姉が口を開いた。

「これで私の主な役目は終わり。今後は週一回から月一回に頻度が変わるわ。まあ呼ばれれば直ぐに来るけど、かーくんがリーダーなら大丈夫そうね」

「経験は実戦で積め、って事?」

「そう。ちゃんと仲間の育成も考えつつね。でも何かあれば私もご両親も悲しむから、無理だけはしないでね」

「それは勿論。安全第一で頑張るよ」

「なら良し。じゃあ戻りましょうか」

 そうして異界を出て、二人で会長の所へ行く。

「確認の結果、正式に彼をAランクとして認定したわ」

「有難う。…さて桐原君、これで君達は一年だけで中層に挑めるようになった訳だ。今後は上層と中層を交互に攻略してくれ」

「それは構いませんが、何か理由が?」

「その間に私達は矢吹姉弟を下層に挑ませ、ランクを上げさせる。まあ世代交代の準備の一環だな。私達三年は受験もあるのでな」

 それもそうか。運動部でも夏には三年は引退だ。それを見越しての事だろう。

「判りました。次回は早速中層に挑みたいと思います」

「宜しく頼む。中層なら肉体的成長も早いだろう」

 一年だけで中層への初挑戦。仲間を怪我させないよう、リーダーとして頑張らないと。

「じゃあ私は来月から中旬頃に来るわ。その度に一応、一年と二年の成長を見させて頂戴ね」

「判りました。魔石買取の方も定期的にお願いします」

「了解よ。担当にはちゃんと念を押しておくわ」


 そうして唯姉は帰って行った。俺は一年での中層挑戦に少し緊張していた。

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