第7話

 生徒会の先輩達との挨拶を終えた俺達は、また異界の小部屋を訪れていた。

 なお御堂さんは2年生の2人と一緒に、上層で魔物討伐をするそうだ。

 同級生が先に進んでいる事に若干の焦燥感を抱きつつ、それでも割り切って訓練を開始する。

 訓練のやり方は昨日と同様だ。亮は隣で変わらず素振りを続けている。

 …さて。暫くして単純に狙いを定めるコツは掴んだ。一点を集中して見ていると、不意に周囲がぼやけて見えなくなる時がある。其処まで集中すると的を外す事が無かった。

 だが、それでは戦闘に向かないのだ。周りの動きが把握出来ないのでは、突然の攻撃を避ける事も出来ない。それに仲間が動いて的に重なった時なども対処出来なそうだ。

 なので視界は俯瞰しつつ、的を集中して見る。そして周囲の動きに視線を奪われない事。そう慣れさせる事が求められるのだ。

 これを習得するには、繰り返し訓練するしか無いだろう。そう考え黙々と訓練を続ける。

 暫くして俺は横の動きを加える。必ず一つ所に留まって魔法を放てるとは限らないからだ。

 小部屋の端から端を駆け、風船の隙間を狙って的を撃つ。訓練し始めの頃のように風船を何度も割ってしまうが、訓練なのだから当然だ。俺は気落ちせずに黙々と続ける。

 亮は自身を動画で撮り、動きを修正する事を繰り返している。素人の俺から見ても、振りが綺麗になっているのが判る程だ。

 そんな友人に触発され、俺も訓練し続ける。そして気付くと外が暗くなる時間になっていた。

「ふう…。そろそろ良い時間だ、帰ろうぜ」

 亮に促され、俺も訓練を止める。集中していて気付かなかったが、恐らく御堂さん達も引き上げた後なのだろう。

 準備室に戻った俺は生徒会室に行き、残っていた会長に尋ねる。

「あの…、土曜に訓練するのは可能ですか?」

「ん?ああ、部活動で校舎も開いているからな、問題無いぞ。但し無理はするなよ?」

「判りました。ではお先に失礼します」

 そう告げ準備室に戻る。すると亮が話し掛けて来た。

「なあ、明日も訓練するつもりなのか?」

「ああ。早いとこ収入を得ないと苦しくてね。来週には確実にランクを上げたいんだ」

「そっか。俺は用事があって来れないけど、まあ頑張れよ」

 そうして俺達は帰路についた。


 翌日。今日は土曜で学校は休みだ。だが訓練のため、いつも通りの時間に登校する。

 グラウンドからは既に練習している声が聞こえ、朝早くから活気に溢れていた。

 俺は準備室に直行し、弁当持参で異界の小部屋に入った。

 昨日の後半から始めた駆けながらの訓練は、思ったよりも身になりそうだった。なので今日も同じ訓練を始める。

 俺は訓練しながら、一つ気になった事があった。訓練中はずっと魔法を使っているが、魔力が切れた事が無い。勧誘時に魔力量が多いとは言われたが、どの程度かは把握出来ていないのだ。

 魔力が切れると突然気絶したら困るし、唯姉に詳しく聞いておけば良かった。まあ今日の訓練で、一日保つかどうかは判るだろう。

 そうして訓練を続け、ふと空腹を感じて時間を見ると丁度昼時だった。持ってきた弁当でも食べようと訓練を切り上げると、小部屋の入口に人影が見えた。

「精が出るな、順調か?」

 其処に居たのは会長だった。手にはパンを2つぶら下げていた。

「折角だし、一緒に昼にしようじゃないか。私も仕事が一段落した所だ」

 そう告げるとこちらに近付き、もう片方の手にあった2つのパイプ椅子を広げる。

「あ、有難う御座います」

 俺は感謝を告げ、椅子に座る。そして持参した弁当を広げた。ラップに包んだおにぎりと、幾つかのおかずだ。

 会長がパンを千切りながら尋ねて来る。

「桐原君は確か一人暮らしだったな。その弁当は自分で作ったのか?」

「ええ一応。春休みのうちに最低限は出来るようになりましたので」

「そうか…。実は私は料理が全く駄目でな、どんなに頑張っても暗黒物質が生成されるのだ」

 …暗黒物質とは何だろう。ダークマターだろうか。

「それはまた…。でもその分、他の面で優秀だから良いじゃないですか」

「そうは言うがな。女性が料理を作るもの、という価値観は未だに残っている。将来に不安を抱くのも当然だろう?」

「なら料理をしてくれる男性を探せば良いんじゃないですか?会長は美人だし、直ぐに見つかりそうですけど」

「…桐原君、それは私を口説いているのか?」

 見ると会長は、にやにやと笑みを浮かべていた。自炊アピールと美人発言をそう拾われるか。

「…会長が相手ならやぶさかでないですけど、俺は自分にそれ程自信がありませんので」

「ふむ、つれないな。慌てる姿を見たかったのだが」

 彼女は心底残念そうだが、俺自身かなりドキドキしているのは内緒だ。

 そしてパンを食べ終わると彼女は立ち上がった。

「その椅子は此処に置いておくと良い。では私は戻るよ」

「はい、お疲れ様でした」

 俺はそう告げ、食べ終わった弁当を片付ける。

 何やら気分が高揚している。美人と会話出来てこれなのだから、俺も大概単純だ。

 そうして気合いを入れて訓練を再開する。

 徐々に命中精度が上がって行く事に達成感を感じる。運動部での達成感もこんな感じなのだろうか。

 やがて日が暮れる時間になり、引き上げる事にする。

 生徒会室を覗くと誰も居なかったので、会長はもう帰ったようだ。俺も準備室の鍵を閉め、帰路につく。


 明日の家事の予定を考えながら、俺は家路を急いだ。

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