第5話

「じゃあ次、魔力を杖に移してみましょう。ちょっと杖を貸して貰えるかしら」

 俺が杖を渡すと、唯姉がその杖を構える。すると先端の水晶が輝き出した。

「これが魔力が杖に移った状態。丹田にある魔力が、血液と一緒に腕を通って杖に行くイメージよ。じゃあやってみて」

 杖を返されたので、俺も同様に構えてみる。

 先程感じた魔力が血管を通るイメージか。…丹田から上半身へ、そして右腕へ。ぞわぞわした感触が移動して行く。其処から杖へと血管を通す。

 …すると水晶が鈍く明滅し始めた。

「未だ安定していないけど、何とか成功ね。それじゃあ水晶の輝きが安定するまで頑張ってみて」

 水晶が明滅するのは、魔力が断続的に送られているからだろう。今は丹田からの流れを追っているから断続的になるらしい。川のように常に流れているイメージが必要だ。

 其処で丹田から杖までの経路を作り、魔力を流し続けるイメージをする。ぞわぞわした感触が常に経路上に感じる。

 すると水晶が常に輝き始めた。この感覚か。忘れないように強く意識する。

「…一応言っておくと魔力感知で一週間、魔力を杖に移すのに一週間、魔法を実際に使えるまで更に一週間を予定していたわ。此処まで優秀な子は初めてよ」

 優秀だと言われてこそばゆい。だがこれで早めに稼げるようになる。俺としては其処が大事だ。

「…そのまま魔力を流し続けててね、最初の魔法を教えるわ。私に続いて唱えてね…『盾よ、遮れ』」

「…盾よ、遮れ」

 俺が唱えると、杖の先に光の円盤みたいなものが現れた。大き目の鍋の蓋くらいだろうか。杖を動かすと一緒に動くようだ。

「これは敵の攻撃を防ぐ防御魔法。杖に込めた魔力量に応じて、強度と持続時間が増えるわ」

 そう言うなり彼女はナイフを抜き、光の円盤に斬り掛かる。

 ぎいん、と耳障りな音が響く。見ると光の円盤にはヒビが入っていた。

「私の攻撃だと2回まで防げるみたいね。上出来よ。…今度は杖への魔力供給を止めてみて」

 言われるがままに魔力供給を止めてみる。すると光の円盤がすっと消えてしまった。

「この魔法は維持にも魔力を使うから、同時に他の魔法を使う事は出来ないわ。注意してね」

「判ったよ、唯姉」

「それじゃあ次の魔法よ。同様に魔力を流して、杖の先を自分に向けてみて」

「…こう?」

「そう。そのままこう唱えて。…『肉体よ、滾れ』」

「…肉体よ、滾れ」

 唱えた瞬間、身体全体の熱量が増す。力が沸き上がる感覚がある。

「それが身体強化。純粋に身体能力を増す事が出来るわ。但し注意事項が一つ。身体が慣れないうちに多めの魔力量で唱えると、効果が切れた直後に良くて極度の筋肉痛、悪ければ身体全体が痙攣を起こすわ。徐々に慣らしていってね」

 それは冗談抜きで怖い。気を付けないと。

「さて…じゃあ最後に攻撃魔法よ。呪文は『針よ、穿て』ね。あそこの壁に向かって唱えてみて」

 先程までと同様に杖に魔力を流し、壁に杖を突き出す。

「針よ、穿て」

 直後、杖の先から光の矢のようなものが放たれる。それは壁に当たると数センチ程の穴を空けた。

「それが初歩の攻撃魔法よ、だけど注意して。この魔法が一番扱いが難しいわ」

「…何処が?」

「想像してみて。魔物の前には前衛の仲間が居る。確実に敵のみを狙い撃たないと、仲間を傷付けてしまうわ」

「ああそっか。照準は杖で?」

「杖の向きは補助よ。術者の視線が照準になるわ」

 視線か。試しに壁の一点を見ながら魔法を放ってみる。すると丁度その位置に魔法が当たった。

「成程…視線を集中する事が大事なんだな」

「そういう事よ。じゃあ魔力量にも余裕があるし、暫く壁に向かって撃ってみて」

 そう言われ、暫く壁の一点に集中して魔法を放ち続ける。魔法は寸分違わず同じ場所に当たり続けた。

 これなら大丈夫そうだ、そう思った時。視界の端で何かが動いた。

「あっ」

 気付いた時には魔法が放たれ、狙いを逸れて何かを撃ち抜く。

 それは床を数度跳ねて止まった。良く見るとカラーボールだった。

「今のように、人の視線は動くものを追ってしまうわ。そんな動きに惑わされない為の訓練が必要なの。理解した?」

 今のカラーボールが仲間の身体だったら、そう考えるとぞっとする。確かに一番扱いが難しいようだ。

 それから暫く、たまに唯姉が視界を邪魔する形で訓練を続けた。やっぱり邪魔されると、そちらを狙ってしまう。精進が必要なようだ。

 すると通路の方で話し声が聞こえる。

「他の皆も戻って来たようね、じゃあ一緒に戻りましょうか。かーくん、此処で一人で訓練する許可は貰っておくから、来週まで頑張ってね」

 ああそっか、本来なら此処でも先輩か顧問の随伴が必要なのか。一人で訓練出来るのなら、気を遣わなくて済む。

 俺達は合流し、一緒に戻る。それぞれロッカーを割り当てられたので、俺は杖とショートソードを仕舞う。

 俺はロングソードを仕舞っている亮に尋ねた。

「どうだった?」

「あのカニだっけか?一体だけ倒したぜ。でも剣の振りが素人過ぎるって言われちまってな。その点、あいつは凄かったぜ」

 亮はそう言い、御堂さんを指差す。

「何の躊躇も無く、どんどん魔物を倒して行ってな。生徒会長も経験者かと思った程だぜ」

 家が道場だとか言っていたが、其処まで優秀なのか。本人は全くの無表情だが。


 俺達は扉を抜け、生徒会室へと戻った。

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