おいしいです、先輩

湯藤あゆ

おいしいです、先輩


「じゃあ、…今日も、いただきます」

「…う、うん」

波多野先輩のお腹に顔を埋める。暖かくて、枕に埋まっているみたいにふわふわしている。そして、そのまま舌を這わせる。熱がじんじん伝わっていく。生糸のように舌から垂れ下がる唾液が淫靡だ。

波多野先輩は私の憧れの人。そして同時に、私に身体を食べさせてくれる唯一の人なのだ。

「…どう?倉井さん、…美味しい…?」

「はい…とっても、いい匂いと味です」

そのまま身体中を舐め回す。味がする。先輩の味、先輩の使っているボディソープの残り香。日光の部屋。そこらじゅうに散乱する全ての事象が、私の「食事」を彩る。

口から受け取る、女の子のすべてが好きだった。甘い味、口腔を介して鼻に透き通る香り。

そのまま「食事」は本番に遷移してしまうことが多い。今日もそうだった。

「波多野先輩、明日は太腿を舐めさせてください、ね」

去り際に先輩に一言声をかける。


汗やらなんやらで曖昧になった私と波多野先輩の裸が並んで寝そべっている。

「波多野先輩」

「あ、はい、なに…かな?」

「結婚って…親の許可要りますかね」

「えっ、…要るん、…じゃないかなぁ…?」

しどろもどろで話す先輩。可愛いな、と思ってお腹を撫でる。

「ひゃんっ」

声が可愛いんだな、また。

「それじゃあ2年ぶりくらいの電話ですかね」

「え?…ぁ、あの、大学受かってから一人暮らしなんでしょ…?」

「そうですね、その間ほとんど電話してないです」

「私立医大で寮付きって相当お金かかるはずだし…、ちょっとはお母さんとも連絡しておいた方が、…いいと思うな。…心配するかもしれないし」

先輩に促され、電話をかける。

波多野先輩との結婚話はその時はしなかった。

いずれするつもりだったけど、すごく恥ずかしかったからだ。


偶然の出会いだった。それは一冊の本。しかし、私の人生を大きく変えてくれた。

先輩とひとつになれる。

「…すごい、…こんなこと」

私は興奮のあまり、失禁してしまった。


私は燻製機を買った。そして、波多野先輩の部屋のベランダでバーベキューを催した。

「先輩、妊娠させても良いですかね」

「えぅ!?…い、いや、そういうのは…まだ…してないから」

「ですよね。私のためだけの清廉な処女でいてください」

私は先輩に微笑みかける。困ったような笑顔も女神のようだ。

「そういえば、食べることって最大の愛慾の表明だと思いませんか?…来てください、良いもの見せてあげます」

私は先輩の手を引いて、手術室へと向かった。


「波多野先輩…、今度こそ、ちゃんと食べますからね」

本の通り、私は裸の波多野先輩を椅子に括り付けた。縄の食い込みが叉焼を思わせる。食欲と性欲が入り混じる波多野先輩の様子に思わず体がゾクゾクと震える。

「な、…何をするの…?」

「なにって…」

美味しそうな身体が眼に入った。


「食べるんですよ♪」


事前に調達しておいたお薬を、波多野先輩の動脈に正確に注射する。陰唇にも別の液体を入れておいた。薬が全身に回ったのか、先輩はだらしない表情でくたりと体を麻痺させる。

「…やめ…ぁ」

「早速…ひとくち」

メスで波多野先輩の腕の肉を切り取る。でも波多野先輩は麻酔のせいでほぼ痛みを感じていないようだ。ただこそばゆい感覚とさっきまであったはずの部分に「何もない」という空虚さだけが、波多野先輩の脳には伝わっているはずだ。

その肉を、フライパンで焼いて一口いただく。試し食いから、すでに贅の極み。

「ん…ん…❤︎美味しいっ❤︎」

脂が甘い。禁断の蜜の味だ。誰も触れたことのない、新しい領域。先輩を取り込み、快楽を享受する、人間の情慾が到達する至高の領域。

「ひ…ひどいよう…っん…」

「ふふ、ひどい、じゃなくて嬉しい、でしょう?先輩は私の身体の中で生き続けられます、私と永遠に二人っきり。こんなに嬉しいこと、ありません…❤︎」

ほう、と熱い息が漏れ出る。顔が火照ってきた。まるで私が自慰の時決まって飲む媚薬のように、私を濡らしてくれる。

「次は…ふとももかな」

太もも。肉の引き締まった贅沢な部分。これも、メスで切り取って豪快に焼く。溢れる血潮も余さずソースに仕立てる。我ながら贅沢すぎるディナーだ。東○喰種に感謝しないと。

メスで切り裂くと、骨にぶつかってしまった。その骨までしっかり切断して、出汁を取ってスープに仕立てた。

「できたっ、太もも料理」

スープに、ステーキ。美味しそうなソースまで添えられている。鮮血が見目良い波多野先輩の体を彩る。先輩はというと美しくも恐怖に歪んだ顔を覆い隠している。その様が、私の嗜虐心に訴えかける。

「次はホルモンですね」

お腹を割く。腸や膵臓が顕れた。それを素手で千切り、挽いた腕肉に先程のスープを少し混ぜて腸に詰める。そして、この前買った燻製機に吊るす。いわば先輩ソーセージだ。女陰に挟んでふたな…いや、やめておく。盛り付け方としては大いにアリだが…。

そういえば、あそこの様子はどうなったか。子宮を取り出して確認してみる。

「お、もう産まれるかな?」

大量の粘液が子宮口から排出される。小さな卵細胞との子供を作らせて、妊娠したという感覚のみを与える。そうすることで…。

「ぁ、あ、…なんか、出てる…っ、ちく、ちくびからなんか…出てるぅ…❤︎」

「母乳ですよ」

溢れ出す乳液をスープに回しかける。濃厚な香りが漂うスープへと変貌を遂げたそれは、もはや先輩を全て詰め込んだ、夢のような食べ物だった。


「おっぱいも目ん玉も脳みそも心臓も、全部、ぜぇえええーんぶ、味わい尽くしてあげますね、先輩。波多野先輩は私です。だいすきですよ、先輩❤︎」



私は二年もしなかった親との電話を、一週間もしないうちに二度もかけた。

二回目で、初めて、波多野先輩と結婚したことを伝えた。

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おいしいです、先輩 湯藤あゆ @ayu_yufuji

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