第8話 モディの主
私の名はモディと申します。モデスト型キーホルダーの賢獣でございまする。
我が心からお仕えいたします主は、セオドア様と申しまして、年端もいかぬ子供ながらその身には多くの魔力をお持ちで、常に私にその暖かな魔力を惜しみなく与えて下さる、心優しき立派な主でございます。
私はセオ様にお仕えできる喜びで、充実した毎日を過ごしている今日この頃でございます。
我が主がお守りしております姫様は、私を作りし神であり、主の想い人でもありまする。主が夢中になってしまわれるほどのご器量と、豊富な魔力の持ち主でございまして、その慈悲深きお心に、主だけでなく私までもが魅了される日々の毎日でございます。
私が主の元へ生れ落ちまして、すぐの事でございます。
姫様と主は街と言う所へお出かけになられました。私もお二人をお守りするべく、キーホルダーより外に出て居たかったのでございますが、何でも街と言う所では、私のような蛇が姿を現してはならぬ場所のようで、本当に口惜しい思いをしたものでございます。
もし姫様や主に害をなすものが現れでもしたら、その時は毒吹雪や瘴気の渦で撃退してしまおうと思っておりましたのに、誠に残念でございました。
街で偶然出会ったオレンジ色の頭をした少し軽そうな青年に誘われ、その者の家に参りました。そこでやっと主を守るための本来の私の姿に戻ることが出来たのでございます。
残念ながらリアムと名乗る青年は、どうやら敵では無いらしく、私の攻撃はその場では不必要となってしまいました。ですので少しでもお役に立てるよう姫様の賢獣であるココと、一緒に部屋を見回り、悪意に対して警戒したのであります。
決して探検とやらの遊びの様な気持ちではございませんでした。
ココとは友でありまして、また同じく主を守る者同士として良く話を致しまする。ココは姫様の賢獣で御座いますゆへ、姫様と同じ優しい色合いの魔力で覆われておりまする。
良く話すのが魔獣の話でございます。我々は日頃から主の為に警戒を怠らないのでございます。
(ココ、クマスキ)
(ほぉ……以前会ったと言う陽炎熊であるか?かなりの強さと聞く、ココはそれに立ち向かうとは、おなごながら、中々雄々しいではないか、流石姫様の賢獣である)
(クマ、ウマイ)
(ほぉ……牙にて攻撃したのか、ふむ……我も参考にし、会った時には主を守る為に毒牙をお見舞いして進ぜようではないか)
(ココ、クッキースキ)
(ふむ……大きくなるためにココは普段からの食事には気を使っているのであるな、なかなかに優秀であるぞ。これからも気を抜かず何でも食べるがよい)
(ココ、アルジ、スキ)
(うむ、あの美しく慈悲深い姫様である、誰もが魅力に引き付けられてしまうであろう。ココも我が主とともにしっかりと姫をお守りするのだぞ)
(アルジ、マモル)
(おお、それこそが我の永遠の課題である。共に切磋琢磨し、成長していこうではないか)
この様にココとは全てにおいて相談し、主たちが共に歩んでいけるよう、協力しているのでありまする。
暫くすると、姫様がリアム殿に賢獣を与えられました。
これこそまさに神の所業でございまする。
その賢獣はブレイデンと名付けられた、オレンジ色の犬型賢獣でございました。
我が主のセオ様も目を輝かしてブレイを見ておりました。勿論姫様もでございます。何せブレイは人懐っこくて毛もふさふさしており、可愛らしい風貌をしておりました。まるでリアム殿を犬にした様な様子で、それはそれは素直ないい子でございました。
(我が名は、モデスト、モディと呼ばれておる、あちらの聡いお子様であられるセオ様がご主人である、ブレイ殿、宜しくでございまする)
(ココ、アルジスキ、ブレイ、トモダチ)
(わーい、ブレイだよ、よろしくね!)
我々は挨拶をすますと、早速主の守り方に付いて勉強会を始めたのでございます。
(主を守るのが、賢獣の役目でございます。皆、心して使えなければなりませんよ)
(ココ、アルジ、マモル)
(ぼくも、ご主人様守るよー!)
(ふむ、良い心がけでございます。決して悪い輩を主に近づけてはなりませんぞ、毒の牙で撃砕してやるのですぞ!)
(ココ、ワルモノ、タオス)
(うん、ぼく、頑張るのー!)
勉強会はなかなかの成果を上げることが出来たのでございます。我々は主の為に、きっと役に立とうと約束し合ったのでございまする。
それから私どもには戦いの師匠が出来たのでございまする。それはアーニャ様とアルテミシオス様でございまする。お二人は姫様が作りし賢獣でございますが、我が主セオ様の剣術のマスターである、アダルヘルム様と武術師匠である、マトヴィル様の賢獣であるゆえに、生れ出た時から成熟された魔力を纏っておられました。
我々はすぐにお二人の弟子となり、悪鬼から主を守るすべを教わる事になったのでございまする。
お二人を目標に、私も、ココも、そしてブレイも鍛錬に励んでいるのでございまする。しかし、一番のお気に入りは修行の後のお風呂でございます。
我々は姫様とお風呂を共にする事が多いのでございますが、ココも姫様も泳ぎが大変上手でございまして、ココは水黽泳ぎ、姫様はカエル泳ぎなる物を見せてくださいました。
そして私の蛇泳ぎにも大変興味を持ってくださいまして、ご自身も習得してみたいと仰って頂けたのでございまする。
その旨を主にご報告いたしますと、主は決して姫様には蛇泳ぎを教えてはならぬと仰って、深い深いため息をついたのでございまする。主はなかなかに姫様に振り回されているようでございますが、それを好ましく思っているようにも感じられまする。
姫様が思い付きで何かをおっしゃられても、我が主はそれを嬉しそうに見てらっしゃいます。そしてできる限り姫様の希望が通る様にと、考え、動いてらっしゃる様に思われます。
これも全ては愛ゆえの行いでしょう、我が主はそれ程姫様を愛してらっしゃるように思えます。
その思いを表すように、我が主は姫様の為に包丁や刀を作り始めました。これは姫様を大層喜ばす事が出来ました。あの時の主の嬉しそうな顔は今でも忘れることが出来ません。それぐらいの想いの込められた品でございました。
「ララ、これプレゼント……」
主はそう言って姫様に刀の入った箱を渡されました。姫様は驚きながら箱をそっと開けると、青空の様な瞳がキラキラと輝きだしたのでございまする。
「セオ……これって……刀……?」
「うん、まだまだだけど、今の俺の精一杯の良いものが出来たんだ、ララに使ってほしくって……」
主はそう言って、頬を染められました。
「あと、これも……」
我が主は今度は姫様に小さめの箱を渡されました。その中には包丁とやらが入っておりまして、姫様はまた目を輝かせておられます。
「素敵! 包丁じゃない!」
姫様はそう言うと、それらを大事にテーブルに置き、我が主に飛びつきました。私はお二人の逢瀬を邪魔しないようにとココを抱え、私は少し二人から離れたのでございまする。
「セオ、有難う!」
姫様はそう言うと、我が主の頬に、そして唇にも口付けをなさいました。姫様はご自身の喜びを体で表現した様に思われます、ですが我が主にはいささか刺激が強すぎたのか、顔だけでなく首や耳までも真っ赤になってしまわれました。
姫様はそんなことは気にすることも無く、どこからか薪を取り出していらっしゃいました。何でも試し切りをなさるとの事でございます。
普段の主でしたらすぐに御止めになってらっしゃったでしょうが、その時の主はボーっと惚けてらっしゃたので、そのまま姫様をお止めする事はございませんでした。
姫様は刀を使い、薪をスパッと真っ二つに切り裂きました、しかしながらその勢いは収まらず、部屋の床までも切ってしまわれたのです。
勿論姫様のお力でです。少しではなくずばっと床に切れ目が入ってしまいました。
その物音を聞いて、屋敷の皆が姫様の部屋へと集まって参りました。皆驚くよりもあきれ顔でございました。
「ララ様、何があったのですか?」
アダルヘルム殿が額を押えながら姫様に尋ねます。後ろではマトヴィル殿が早速床を直してらっしゃいます。
アリナ殿や、オルガ殿は、部屋の中の散らかった物を直してらっしゃいました。皆、部屋がこの様な有様でも、とても落ち着いていらっしゃるように感じられました。
「アダルヘルム! これを見てください!」
姫様は目をキラキラさせて、アダルヘルム殿に我が主が作った刀を差しだしました。
「これは……どうなさったのですか?」
「セオが作ったのです!」
姫様はそれはそれは嬉しそうに報告をしていおられ、目の前の部屋の有様は全く目に入っていない様に見受けられます。アダルヘルム殿は我が主の方を向くと声を掛けられました。
「セオ、これは君が作ったんだね、大変すばらしい出来じゃないか!」
アダルヘルム殿は主の頭を優しく撫でられました、主はやっと覚醒したようで、その言葉に嬉しそうに頷かれました。ですがまだ頬はピンク色に染まっておられます。
「どれ、俺にも見せてくれ」
部屋を直されたマトヴィル様が主に近づいて来られました。主の頭をぐしゃぐしゃっと撫でられると、アダルヘルム殿から刀を受け取られて、じっくりと眺められました。
「セオ、お前、凄いじゃないか!」
マトヴィル殿は嬉しそうに、主に笑いかけます。主の頬は益々赤くなり出しました。
「マトヴィル、これも見てください!」
姫様はそう言って、今度は包丁を差しだしました。マトヴィル殿は包丁を見ると、子供の様に瞳がキラキラと輝き出しました。
「これは!」
「マトヴィル! 凄いでしょ! 包丁に模様が入ってるの!」
「ええ、それに、切れ味も良さそうだ、セオ、お前は本当に凄いぞ!」
マトヴィル殿はガハハハッと笑われると、主の背中をポンポンと叩かれました。いえ、ドンドンと言った方が宜しいでしょうか……主はその強さにガクッと前のめりになられました。マトヴィル殿には力加減が難しいようでございます。
その後は、アリナ殿も、オルガ殿も我が主の刀や包丁を見て褒められました。主はそれはそれは面映ゆいような面持ちで、赤くなってらっしゃいました。
私は主の賢獣となり、毎日賑やかに楽しく過ごして降りまする。これも私を作り出して出さった姫様のお陰でございます。
私はどんな事があろうとも、我が主と姫様を守ろうと思っておりまする。どの様な敵が現れようとも、この私の牙で追い払って見せまする。
今からそれが一番の楽しみでもございまする。皆様どうかその日を暖かく見守っていただければと思いまする。
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