第7話 王都へ

 ディープウッズ家を後にした俺は、下僕を伴い、自宅に帰ってからすぐに屋敷の使用人たちへと指示を出した。


「出来るだけ早く王都へと向かう、皆準備を頼む」


 俺のその言葉に、使用人たちがすぐに動き出す。


「ベルトランド、悪いが護衛を連れていきたい、そうだな……ジュリアンで頼む。あと、出来るだけ目立ちたい、一番いい馬車を準備してくれ」

「畏まりました。ですが、護衛はパーカーのが安心ではございませんでしょうか?」


 確かに実力的にはパーカーが良いだろう、ジュリアンはまだ年も若く、経験も浅い、その点パーカーは実績も経験も十分に積んだ護衛騎士だ。

 だが今回の目的は目立つことだ、だとしたらジュリアンがベストだろう。

 何故ならジュリアンは背も高く、顔も整っている上に、珍しい真っ青な髪の色をしている、立っているだけで十分目立つのだ。


「いや、ジュリアンで頼む、それからグラッツアを呼んでくれるか?」


 ベルトランドは頭を下げてその場から離れた。

 俺は自室へ戻り王都行きの準備を始めた。暫くするとグラッツアが部屋へとやって来た。俺の顔を見て嬉しそうに微笑んでいる。


「グラッツア、悪いが護衛に連れていくジュリアンに、似合う上に出来るだけ良い服を準備してくれるか?」

「ジュリアンにでございますか?」

「そうだ」


 俺はララから貰った魔法鞄から、オルガさんに仕立てて貰ったスーツを出し、グラッツアに見せた。


「俺はこの服を着る、それに釣り合うだけの護衛服を準備して欲しい」

「まぁ……これは……なんと素晴らしいものでしょう……」

「ああ、王でもこんな良いものは着ていないかもしれない。時間が足りないと思うが、急いで頼む」


 俺がそう言って頭を下げると、グラッツアは 「お任せください」 と言って部屋を出て行こうとした、俺はそれを慌てて呼び止める。

 ララから貰ったキーホルダーに魔力を軽く流し、ブレイデンを呼び出す。

 ブレイデンは犬型の魔道具で、俺と似た毛色をしている。


「これはララから貰った魔道具で、ブレイデンと名付けた。今後屋敷の中を自由にさせるので皆に紹介してやって欲しい、ブレイ、ここは俺の家だ。家族の皆に挨拶をしてきてくれるか?」

(はい、ごしゅじんさま、ぼくあいさつします)


 グラッツアは嬉しそうにブレイを連れて部屋を出て行った。



 何とか夜中には全ての準備が整い、翌朝の早い時間には屋敷を出発できることになった。

 ララに出発を知らせる手紙を送り、俺達はブルージェ領のアズレブの街を出発した。

 王都への行き道は順調だった。馬車の中で緊張気味の俺たちを、ブレイが可愛らしさで癒してくれた。

 下僕のジョンはすっかりブレイのファンになってしまい、時間があれば撫でては可愛がっていた。


 金の日の午前中には王都のユルデンブルク領に着くことが出来た。本来ならばこの日はゆっくりとしたいところだが、俺は早速知り合いの店に行くことにした。


 鞄持ちとしてジョンと、護衛のジュリアンも一緒だ。


 その店は俺が10歳の頃から修行していた店で、学校に行きながら通う中途半端な俺を、文句も言わずに商売のいろはを叩き込んでくれた店でもある。

 ララから預かった品を一番に見せるなら、この店だと決めていたんだ。


 俺はアポも取らずにその店へと足を運んだ。店の名は ”ワイアット商会” と言って、王都でも有名な店だ。

 勿論俺の実家の店はもっと有名だが、店主の人柄や、商品にもに対する心遣いなど、実家には無い良さに惚れて俺はここで修行させてもらったのだ。


 店の前に立つと、あの頃の想いが蘇る。俺は扉を開けて、店に入った。店員がこちらを見て近づいてくる。顔に覚えが有った、少し年上のゲイリーだ。

 ゲイリーは顔には出さないが、俺の頭から足の先まで観察しているのが分かった。

 着ている物に一瞬目を見張った様だが、そこは有名店の店員だ、すぐに自分を取り戻していた。


「ご無沙汰しております。リアム・ウエルスです。覚えておいででしょうか?」

「勿論でございます、ウエルス様。ようこそお越しくださいました。本日はどういったご用命でしょうか?」

「店主のワイアット様は、本日お店の方にいらっしゃいますでしょうか?」

「はい、勿論でございます」

「突然で申し訳ないのですが、お会いできますでしょうか? 私の雇い主から商品の販売を委託されまして、是非ワイアット様に一番にお話しできればと思い、参った所存でございます」


 ゲイリーは俺の服をもう一度確認する様に見た後、後ろに控えているジョンとジュリアンにも目をやった。


 勿論、二人にも俺ほど派手ではないが、身分不相応な程の良い服を着せている。商人が見ればすぐに分かるだろう。

 ゲイリーは儲け話だと分かったのだろう、本当の笑みを浮かべて店主を呼びに行った。


 その間に俺達は、見習いらしい店員に応接室へと通された。

 この店で一番いい部屋の応接室だと、この店を知っている俺にはすぐに分かった。

 俺たちが出されたお茶を飲みながら一息ついていると、店主のジョセフ・ワイアットがゲイリーを伴いやって来た。

 俺はすぐに立ち上がり挨拶をするーー


「ワイアット様ご無沙汰しております。リアム・ウエルスでございます。その節は大変お世話になりました」

「これは、これは、ウエルス様、随分とご立派にならて、見違えるようでございますなぁ」

「ワイアット様どうか、以前のようにリアムとお呼び下さい」

「さようでございますか? では、是非、私の事もジョセフと気軽に呼んでいただけますでしょうか」


 俺は礼を言って握手をするために、ララがくれた腕時計をはめた方の手を敢えて差し出す。金色に光る魔道具が見えて、ジョセフもゲイリーも目を見張るのが分かった。


 どうやらここまでは順調に進んでいるようだ。


「それで、本日のご用件はどういった事でしょうか?」

「実は私の雇い主が新しい商品を開発致しまして……あ、貴重なものですので、護衛を先に出させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「護衛でございますか?」


 ジョセフとゲイリーは俺の後ろにいるジュリアンを見た後に、意味が分からないながらも顔に出さず頷いた。


 俺はわざとキーホルダーを皆に見えるように手のひらに起き、二人の目の前で魔力を軽く注いだ。するとブレイがキーホルダーから飛び出し、俺の足元にピタリとくっついた。


「ブレイ、俺はこれから大事な商談をする。しっかりと護衛を頼む」

(はい、ごしゅじんさま、ぼくがんばります)


 ブレイは扉の方へ近付き、ピタリと止まると俺を守ると言って、番犬の仕事を始めた。

 ジョセフとゲイリーはその姿を見て、もう驚きを隠さずに目を見開いていた。


 俺はジョンに指示を出し、テーブルの上に魔法鞄を広げさせた。鞄の中が見えて、二人の目は見開いたままだ。

 俺は鞄から先ずはあのララ特製の生地を取り出した。生地は5色あり、全て二反ずつ預かってきた。

 俺が次々と生地を出す様を、二人は口を開いたまま見入っている。ゲイリーは立っているのが辛そうなほどだーー


「先ずは、こちらの商品を見て頂けますでしょうか?」


 ジョセフは頷くと、生地にそっと手を触れた。そしてピタリと動かなくなってしまった。


「これは……なんと……素晴らしい……」


 ジョセフに促され、ゲイリーも生地に触る。ゲイリーは遂にジョセフの横の席へと腰かけてしまった。


「いかがでしょうか? 良さが分かって頂けましたでしょうか?」


 2人が頷くのが見えたので、俺はララがこの生地を使って、作った服を取り出して見せる。俺も貰ったのと同じシャツが5着と、ドレスが5着、ドレスにはララが作ったレースもふんだんに使われている。二人はそのレースにも触っては驚いていた。


「こちらは、今出しました生地で作ったドレスとシャツでございます。標準サイズで作られておりますので、大抵の方に合うものとなっております。勿論仕立ての方がよろしければ、こちらの生地を使って頂ければよろしいかと思いますが、こちらのドレスは我が雇い主が作り上げた一級品となっておりますので、ここまでの仕立てが出来る者がどれだけ居るかはわかりかねます……」


 2人がごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。どうやら素晴らしさが伝わった様だ。


「こちらをお売り頂けるのですか?」

「勿論でございます。私がお世話になりましたジョセフ様に、一番に見て頂きたくてこちらに参ったのでございますから」


 俺は遠回しに、まだ実家にも見せていない代物だと教える。

 勿論実家になどララが作った大切な品を持っていくつもりは微塵もないが。


「是非! 我がワイアット商会に売って頂けますでしょうか?」

「如何程でしょうか?」

「出来ましたら、ここに有るもの全て売って頂けないでしょうか?」

「こちらは構いませんが、宜しいのですか?」


 遠回しに金はあるのか? と聞いているが、ジョセフは勢い良く頷いた。こんな商機を一流の商人が見逃すはずは無いのだ。どうやっても手に入れる気だろう。


「リアム様、因みにこのレースは手に入らないのでしょうか?」

「流石ジョセフ様ですね、お目が高い。このレースは今現在作成中でございまして、夏ごろにはお売り出来るかと思います」

「夏ごろでございますか?」


 俺は次回も販売しても良いと笑顔で頷く。勿論今日の値段次第となるが、それはジョセフならばわかるだろう。


「そうですね……あと、本日お売り出来るとしたら、魔法袋などになりますでしょうか……」

「魔法袋でございますか? ぜ……是非見せて頂けないでしょうか?」


 俺は渋々といった様子で、鞄から魔法袋を取り出す。

 巾着型の魔法袋を10個、魔法リュックが5個、そして、魔法鞄が4つである。

 次々と出される魔法袋に、二人は啞然となっていた。声も出さずに一つ一つ触って確かめていく。

 その収納容量にまた驚いた様だった。


「本日は、少しだけ持ってまいりました。王都以外の店とでも、取引しても良いかとは思っております」

「こ、こ、この量で少しでございますか?」


 俺は当たり前だろうと、分かるように頷いて見せる。

 そして2人が十分に商品を確認したのを見計らって、鞄にしまうふりをした。


「お……お待ちください、是非そちらも、我が店へお売り下さいませ!」

「いや、しかし……」

「お支払いは、充分にさせて頂きます!」


 ジョセフが生地やドレスも含めての金額を提示してきた。ほぼ売値に近い金額だ。どうやら俺との繋がりを作りたい様だ。俺は頷いて見せた。


 ジョセフはホッとしてやっと普段の笑顔に戻った。

 俺は魔法鞄からララから預かった、商談先へのお土産を取り出してテーブルの上へと置く。


「こちらは、雇い主からのジョセフ様へのお土産でございます。どうかお納めください」


 それは、キレイな紙で包まれており、中には丈夫な紙で作った箱の中に、タオルセットとララが言ったものが入っている。

 ジョセフはその美しい紙にまず驚き、恐る恐る封を開けた。そして中の箱にまた驚き、箱を開けると目を見開いた。


「これは……」

「これは、タオルセットというものです。色違いのフェイスタオルが2枚と、バスタオルと言う大きめのタオルが1枚入っております。どうかお使いになって、この商品の評価を教えていただけましたら、我が主も喜ぶことでしょう」

「これを無料で頂けるのですか?」

「勿論でございます。これはお近づきの印で御座いますので」


 ジョセフはそっとタオルを手に取ると、頬擦りを始めた。

 気前のいいララの所業に驚くとともに、タオルの柔らかさにウットリとしている様だ。


 ジョセフの様子を見て、ゲイリーが羨ましそうに見つめている。そこで俺はララから貰った、ハンドタオルを数枚取り出した。

 ララから 「欲しい人が居たらあげてね」 と何でもない風に貰ったものだ。


「良かったらゲイリーさんも、こちらをどうぞ、これは、ハンドタオルと言いまして、ハンカチの代わりになります。何枚か御座いますので、お店の皆様でお分けください」


 ララにとってはなんでもないことかもしれないが、見たこともない商品を気軽に上げるなど、商人の世界ではありえないことだ。

 それも店主だけでなく、従業員にまでもだ。俺でも驚く行為だと思う。


「リアム様のオーナーは、なんと気前のいい方なのでしょう。今後も是非、我がワイアット商会と親しくお付き合いをお願い致したいと思います」


 ジョセフとゲイリーが、深々と頭を下げた。どうやら無事に俺の任務は成功したようだ。


 是非昼食をと誘われて、ワイアット商会で食事を取ることになった。ララの自宅の食事と比べてはいけないが、あの旨さを知ってしまってからは、どんな食事も味気なく感じる。


 俺達は夕方にやっとワイアット商会を出ることが出来た。これでも散々引き留められたのを、何とか振りほどいての時間だ。

 俺達は違う意味でその日はぐったりとし、宿で早めに休んだのだった。


 明日は俺にとっての戦いがある日だ。絶対に負けるわけにはいかないんだーー


 次の日、俺は身支度を整えて、実家の店へと向かった。


 ジョンとジュリアンを連れて馬車ではなく、歩いて店へと向かう。勿論ララに貰ったスーツを着て、街中に見せびらかすためだ。


 王都に住んでる奴らは、流行に敏感だ。見たこともないスーツ姿の人間がいれば、すぐにでも噂になるだろう。

 俺たちが道を歩けば、男女問わず振り返る。俺は目が合う奴には笑顔を振りまいた。

 俺のこの顔も、こんな時には大いに役に立つ。勿論、高価な物を狙う不審な奴らも居たが、背の高いジュリアンの睨みにおののいて、手は出しては来なかった。


 ある程度街を歩き、宣伝を終えると、目的地の実家の店に着いた。数ある店の中でも、ここは自慢の一号店だ。

 俺は気合を入れて、店の扉を開けた。

 相識のある店員が、俺を客だと思って近づいてきた。


「リ……リアム様……」

「久しぶりだな… …悪いがランスロットを呼んでくれるか」

「はっ… …はい、すぐに… …」


 店員は店の奥へと慌てて入っていた。俺は自分の胸の鼓動が、いつもより早くなるのを感じた。

 背中には暑いわけでもないのに、汗が流れるのが分かる。

 別の店員に応接室へと促されたが、俺はそれを断り、その場でジッとまった。手にも汗が出ているのが良く分かった。

 暫くすると、さっきの店員がランスロットを連れて戻ってきた。何故か長兄のロイドまで付いてきている。


 まあ、この店に来るからにはいるのは覚悟してたがな。


「リアム様… …」

「… …リアム……おまえ… …」


 ロイドは俺の顔を見た後、厭らしい視線で俺を頭から足先まで見て、言葉を失った。こんな兄でも商人の端くれだ、俺の着ている物の価値ぐらいは分かるだろう。


「ランスロット、待たせたな。お前を迎えに来た。どうか俺と一緒に来て、俺をささえて欲しい、頼む!」


 俺はそう言って頭を下げた。正直、ランスロットがどんな顔をしているのか、見るのが怖かっただけなんだが。


「リアム、お前… …何を勝手に… …」

「申し訳ございません」


 俺はハッとして顔を上げる。ランスロットは満面の笑みを浮かべていたーー


「ロイド様、私は本日をもってこの店を辞めさせて頂きます」

「なっ、ランスロット、そんなことは… …」

「申し訳ありませんが、会頭にもリアム様がお見えになりましたら、その場で店を辞めさせて頂くことは前以ってお話してございます」


 そう言うと、ランスロットは上着の内ポケットから辞表を取り出した。そしてサッとカウンターにそれを置くと、俺の方へと振り返った。


「リアム様、お待ちしておりました。さあ、この不詳ランスロット、何処へなりともお供いたしますよ」


 俺は頷くと、ララから実家へと渡されたタオルの入った手土産を兄貴に押し付け、店を後にした。後ろでは、ロイドの蔑むような言葉が聞こえたが、耳には入らなかった。


 宿への道を歩きながらランスロットが訪ねてくる。


「リアム様、そのお召し物はどこで?」

「これは俺が出会った女神に貰ったものさ。ブルージェ領に着いたら、ランスにも紹介するからな」


 俺がそう言ってランスロットの肩を叩くと、ランスロットは 「それは楽しみですね」 と微笑んだ。俺はララのお陰で、どうやら昔の自分を取り戻せそうだ。

 いや、違うな……


 必ずそれ以上になってやるからな! ララ!

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