第6話 出会い

 俺の名前はリアム・ウエルス19歳だ。ウエルス商会を営んでいるウエルス家の三男坊で、独身だ。訳あって今はブルージェ領のアズレブって街に住んでいる。


 自宅はウエルス家の別宅で、親父のものだ。いずれ俺が譲り受ける約束になっている屋敷だ。


 ある日ひょっこりやってきた俺に、屋敷の使用人たちは同情からか、良くしてくれている。


 だがそれがたまに重く感じる時があるんだ。勿論、俺のわがままなのは分かっている。



 ある日、何時ものように夜遊びをして帰る途中で、酔っ払いに絡まれている女を見かけた。フワッとした茶色の髪を後ろに一つに結んだ、素朴そうな女だった。


 荷物を持っている所を見ると、店の使いか何かだろう……


 こんな時間に女を一人で歩かせるなんて……と、どこの店主なのかも分からない、姿の見えない人物にふと怒りを覚えた。 


 相手は男三人、女は一人だ。俺は怒りを感じながらも、見て見ぬふりをする事に決めた。面倒ごとに巻き込まれるのは、もう二度とごめんだ。

 俺は静かな生活を送りたいだけなんだ。

 そう思ってその場を通り過ぎようと、背中を向けた。


「なぁなぁ、いいじゃねえーか、俺たちと遊ぼうぜー」

「やめてください……」

「くー、 素人女は恥じらいがあって可愛いなぁー」

「ほら、俺らと飯でも食べに行こうぜ、奢るからさー」

「お願いです、離してください… …」

「はん、どうせ俺たちには力で敵わないんだ、こんなところじゃ誰も助けてなんてくれないぜ、ねーちゃん怪我したくなければ、大人しく付いてきな!」


 俺は気が付いたら馬鹿な男どもとその女の間に割って入っていた。自分でも馬鹿だと思った。俺は手加減が苦手なんだ。殺すか殺されるか、どちらかしかない。俺は女を逃がし、後者を選んだ。


 俺の人生、何だったんだろうな。結局俺は何も成しえなかった。こんな短い人生なんだと分かっていたら、もっと自由に好きなことを好きなだけして生きればよかった。


 頭から、体から、血が流れて行くのが分かる、どんどん手足が冷たくなっていく。痛みはもう感じなくなった、残るのは後悔だけだ… …もっと自由に… …もっと好きなようにして生きればよかった……



 気が付くと痛みを感じないどころか気分が良い……俺はどうやら天に召されたようだ……空を見上げてみれば下界と同じ青い色の様だった。ここでは俺は自由に出来るのだろうか……

 そんなことを考えていると、声が聞こえたーー


「あの… …大丈夫ですか?」


 どうやら天使の様だ。小さな女の子の天使は金色の髪に、水色の瞳をしていて、俺のことをジッと心配そうに見つめている。


 そう… …それはまるで子どもの頃に読んだ、絵本の中にいる光の女神の様だった… …


(ああ… …光の女神様… …)


 俺が心の中でそう呟いていると、天使がまた喋った。


「あの… …これが見えますか?」


 天使は俺の前でフルフルと手を振っている、もしかしてこれは現実なのか? この子は光の女神じゃないのか?


「… …光の… …」


 俺は思わず呟いてしまった。彼女はキョトンとした可愛い顔を俺に見せる、子供の姿なのにその仕草はとても魅力的で、俺の心を誘惑する。

 まるで初めて恋に落ちる様な甘い誘惑だ。思わず彼女に触れようとすると、スッと護衛らしき少年が間に入って来た。

 紺色の髪と瞳を持ち、あからさまに俺を警戒しているのが分かる。


 さっきまでこいつは気配を絶っていた、それがこの子が危険にさらされるかもと思った瞬間に、俺に威圧を掛けて来たのだ。小さいけれど立派な騎士だと分かった。


 俺は彼女たちにお礼を言って、その場を離れようと思った。

だがそうは行かなかった。癒しだけでも高級な魔法だ。ケガをしたからって医師に簡単にかけてもらえるものではない、なのに彼女は浄化魔法まで使い、更に高級な魔法バックからどう見ても仕立ての良い服を出して、俺にホイホイと与えてきた。

 さっきまで威圧していた護衛君は、それが主の当たり前の事の様に傍観していて注意もしようとしない、それどころか高級そうな魔道具を何故か気にしてチラチラと見ている。


 オイオイ、君たちツッコミどころ満載だぞ。


 俺は見るからに世間知らずのこのお嬢様とお坊ちゃまを放っておけなくなった。

 命の恩人だ、このまま誘拐でもされようものなら、俺は夜も落ち着いて眠れないじゃないか。


「街を案内してやるよ!」


 それが俺の運の尽き… …いや、運の尽き始めだったんだ。


 天使の名前はララと言った。くるくると変わる表情がとても魅力的で、俺の心を惑わせる。俺は幼児趣味じゃない、大人の女が好きなんだ。

 そう思っていても、彼女が笑う度心が弾むのが分かってしまう。この子は思った以上に俺にとって危険な女なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、彼女が自分が作ったと言って生地を出してきた。俺に貸してくれた服と同じ、見たこともない美しく滑らかな触りの心地の良い生地だ。

 これをこんな小さな子が作ったと言うんだ。信じられなかった……


 このブルージェ領のアズレブには大した店は無いが、この街で一番大きな有名店に子供達を連れていく事にした。

 それにしても……このセオって子はなるべく存在を消して、その上で魔法を使って警戒をしている様だ。細やかな魔法の使い方だけじゃない、魔力量も半端なくなければ出来ない仕事だ。


 一体この子達は何者なんだ?



 俺が連れて行った店は最悪だった。この生地の良さが全く分からないだけじゃない、この子たちの素晴らしさが全然見えていなかった。


 俺は我慢しきれず、思わず言っちまったぜーー


 「ふざけるな!」とな。


 こんな素晴らしい品物滅多に世に出てこない。俺だったら……俺だったら……価値を高めて世に出してやるのに!


 俺の中の商人魂が疼く、もう一人の冷静な俺がダメだと警報を鳴らす。これ以上この子たちのそばに居たら、俺は離れられなくなってしまう。


 そんなことを考えて居たら昨日助けた女が話しかけてきた、どうやら無事に帰れたようだ。

 あの後また別の奴らにでも絡まれているんじゃないかと少し心配していたが、大丈夫だったようだ。


 女が礼を言って離れていくと、ララが魅惑的な笑顔を向けて俺にそっと囁いた。


 「何でやり返さなかったの?」かとーー


 俺が驚いて言葉を失ったのは当然のことだと思う、セオの奴も俺は剣が使えると言いやがる。


 一体お前らは何ものなんだ? 俺をそんなに魅了してどうしたいんだ?


 俺は冷静になるためにこの子たちの年齢を聞いたよ。

 セオとは八つ、ララに至っては14近くも離れてるんだ、どう考えたって友達になるなんて無理があるだろう。

 第一俺は成人している。子供相手に遊んでる場合じゃ無いんだ。


 そんな俺の考えに反して、俺の口から出た言葉はこの子たちを誘う言葉だった。


「俺達はもう友達だ、良かったら家に遊びに来ないか?」


 俺は本当にどうにかなっちまったようだーー


 自宅に帰り友達を連れてきたと言えば、使用人たちが浮足立つのが分かった。あの堅物のベルトランドまでもがだ。

 グラッツアに至っては、俺が昨日帰らなかった事もあり泣き出しそうな勢いだった。


 そう言えばこの街に来てもうすぐ4年になる。俺は使用人たちにとって、良い主人だっただろうか? 皆の顔も、今日になってハッキリ見えた気がする。


 俺はこの4年一体何をやっていたんだろうな……


 ベルトランド達が子供たちに挨拶をすると、ララも返答を返した。

 だがその言葉に、俺をはじめ使用人たちも青くなったのは明らかだったーー



「初めまして、私はララ・ディープウッズと申します」


 ララの言葉に皆が固まった。意味が解ってなくのんきなのはちびっ子二人だけだ。

 俺はとんでもない不敬を働いちまったかもしれない……

 下手したら屋敷中全員が打ち首になってもおかしくない。俺は家長として皆を守らなければならないのに……


 困った顔を浮かべる小悪魔が、手土産を魔法袋から出してきた。この子は自分の価値を本当に分かって無い様だ。


 あの伝説のディープウッズ家の子だぞ。それらしくしていろよ!

 

 俺達が跪いても、彼女の態度は変わらなかった。

 それどころか俺と友達だと言いやがる。本当になんて魅力のある女だよ。


 その後も彼女の家族っていう銀蜘蛛や、モデストを紹介された。作った菓子も街一番の有名店よりずっと美味しかった。


 俺の事も優しいだの素敵だのと、簡単にその薔薇の花の様な可愛らしい唇から、誘惑的な事を言ってくるんだ。


 しまいには自分の家に誘ってきやがった。いいのか? あのディープウッズ家だぞ? 秘密のベールで覆われた城に、俺が行っても良いのだろうか… …


 だが分かってる。俺はもうこの子たちと離れられない。彼らから得られる胸の高鳴りに眠っていた俺の時間は動き出してしまったんだ。


 こうなったら腹をくくるしかない。俺は彼女の家に行って頼むんだ。あの生地を俺に任せてくれと。


 俺はララとセオに会って商人の道に戻る覚悟を決めたのだった。



 子供たちが家に帰って行ってからの使用人たちの興奮はすさまじかった。そりゃそうだ、あの伝説のディープウッズ家とつながりが出来たんだ。

 俺だって興奮しているさ。


「ディープウッズ家の姫様が、我が家にいらすなんて……」

「ああ… …是非ともこの縁を大切にしなければ」

「戴いたお菓子も素晴らしい物でした」

「私が見た手紙も素晴らしかったです」


 口々に褒めたたえている。俺は使用人たちに願いをする事にした。

 深く頭を下げて… …


「お前たち……今まで済まなかった… …俺はどこか自暴自棄になっていたように思う。自分だけじゃない、お前たちの事も大切に出来ていなかった。本当に済まなかった……俺は… …俺の目を覚まさせてくれた、あの子たちがとても大切だ… …だからどうか、ディープウッズ家の事は実家には知らせないで欲しいんだ… …あの子たちの事は、俺が守りたい… …頼む… …」


 ベルトランドが近いて来て、俺を起こした。周りの皆を見ると、その目には涙が浮かんでいるように見えた。

 グラッツアに至っては、ハンカチで涙を拭いているようだった。


「坊ちゃま… …いえ、リアム様、勿論でございます。この家の主人はリアム様でございます。我々使用人一同は、リアム様の御味方で御座います。私共は主人の不利になるようなことは決して致しません!

 どのようなことがあっても、王都のご実家にはこの秘密を漏らしたりは致しませんので安心してくださいませ!」


 皆が頷いている。俺は喉の奥が熱くなるのを感じた。


 ああ、嬉しくても涙が出ることを初めて知ったよ… …


 それからディープウッズ家に向かうための準備が始まった。一番いい仕立ての服をグラッツアが準備する。閉まってあったがやっと日の目を見ることが出来たと喜んでいる。

 土産は何がいいか? リアム様の髪型は等々、皆生き生きと動いていた。


 グラッツアが立場的に夫は無理だろうけれど、愛人としてリアム様をララ様がいつか迎え入れてくれないだろうか? と半分冗談でベルトランドに相談しているのが聞こえて、俺が寒気を感じたのは本当の話である。


 そして遂にディープウッズ家に行く日になった。

 ララが言うかぼちゃの馬車とやらが俺を迎えに来た。

 俺と下僕は緊張の面持ちでディープウッズ家に向かった。


 森の木々の隙間から、白っぽい建物が見えてきた… …


(おいおい、どう見ても立派な城じゃねーか!)


 あんな小さな子の言ったことを真に受けた自分が嫌になる。緊張で胸が高まる中、立派な城へと俺は足を踏み入れた。

 待っていたのはこの世のものとは思えないような美しい人たちばかりだった。

 どう考えても人族ではないエルフに見えた。それにララが作ったと言っていたドワーフ達が、こんなにいるとは思いもしなかったぜ。

 一緒に来た下僕が青い顔をして震えているのが目の端に見えた。気持ちはわかるここはまるで別世界だ。


 挨拶を終えると俺は客用の応接室に通された。別室に向かう下僕が不安そうだったが仕方ないだろう。


 ララたちとだけの空間になり、俺はやっとホッとした。


 だがララは自分の母親は女神の様だと言いやがった。

 これ以上美しい人間がいるのかと思うと、ゾッとするのを感じた。だが会ってみた母親は本当に美しかった。あれは簡単に触れてはいけないものだ。決して手にしてはいけない幻の宝石の様な存在だとそう思った。


 ララもあの血を引いている、いずれ美しく花開けば俺なんかが口もきけない存在になるだろう。


 そんな俺の考えなども露知らず、ララは俺にお嫁さんにしてくれと言ってきた。やめてくれ、胸が熱くなるのが分かる。


 セオの顔を見ると、ショックのあまり口もきけなくなっていた。

 この子は本当に危険だ。自分の魅力も言動も、何もわかっていない。


 段々と頭が痛くなるのを感じた。とにかく俺のできることはセオのフォローしか無いのだと俺は心に誓った。


 ララが作った小屋にと案内され、俺は息が止まるかと本当に思った。


 こんな小さな子がこれを作っただと? 本当に五歳なのか? 年齢を偽っていないか? そう思わずには、いられなかった。


 その後も様々な品を見せてもらい、俺はその品々に魅了された。

 いや、ララ自身にも魅了されてしまったんだ。


 俺は勇気を持って頭を下げた。ララが作った生地を、俺に売りに行かせて欲しいと。

 だが答えは返ってこなかった。俺は諦めこの場を後にすることに決めた。少しの間とは言え、俺に商人としての熱い気持ちをララが取り戻させてくれた。


 そうだ、俺にはそれでも充分だったんだ。


 部屋を出ようとした俺の手を、可愛らしい白く小さな手が引き留める。自分も同じ気持ちだとーー


 それからは俺は浮つく気持ちを押さえるのが大変だった。俺がこの子の凄い品を担うことが出来るのだ。

 だがララは、俺の予想をはるかに超えていた。惜しげもなく俺に鞄や服を与える。その上ブレイって言う最高に可愛い相棒までもだ。


 そしてララは俺に広告塔になれと言った。目立って商品の価値を上げろと。

 勿論危険が伴う事も分かっての発言だ。本当に質が悪いぜ。小悪魔が微笑んでいる様にみえた。


 ああ、そうだ……俺はこの燃える気持ちを取り戻すのを待っていたんだ……

 良いだろう、命を掛けてお前の為に俺は働こう。


 すると小悪魔が囁いた。


「私、リアムの事好きだよ」と… …


 ああ、俺はもうお前に夢中の様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る